番外編 顔見せと舞踏会そして嫉妬2

「え……、せ、背中、こんなに空いてていいんですか……?」

「ええ。とってもお似合いですもの。素敵ですわ」



 舞踏会当日。

 使用人たちにドレスを着せてもらった自分の姿を鏡で見て、リーンは思わずそう尋ねた。



 仮縫いの時に一度袖は通しているが、その時は鏡を見て確認していなかったのだ。

 改めて、当日になって着せられたドレスを見て。

 前もって自分でもっとちゃんと、どんなドレスなのかよく見て口出しすべきだった――、と後悔した。



 背中がほとんど肩甲骨の下――腰の辺りまで露わにされ、覆い隠すものが何もない。

 デコルテの部分は、ごく薄いレースで申し訳程度に覆われているが、遠くから見たらほぼ素肌と同じだ。

 白銀から紫水晶にグラデーションしていく色合いはノアに合わせてのもの。

 それが膝に達したところで、サラリと流れるように布地が左右に分かれ、すらりと細いリーンの足が覗き見えるようになっていた。


 

「あの……、これ、肌がだいぶ見えすぎなのでは」



 王侯貴族たちが集まる場に、こんな露出多めで現れてはしたないとか言われないだろうか?

 もしかして今、使用人たちのなんらかの嫌がらせを受けている……?

 と、一抹の不安を感じたリーンが、おそるおそる自分の身支度をしてくれている女性たちに尋ねると、

 

 

「姫様。姫様には大変申し訳ないんですけれどもわたくしたち。どうしてもあの方……、第三王子殿下を、ギャフンと言わせてやりたいんですの!!」



 と、突然リーンを姫様呼びしてきた女性が、闘志に燃えた目で握りこぶしをぐっとリーンに向かって力強く掲げ、そう宣言してきた。



「え……?」

わたくしたち――、というか、王城に出入りする妙齢の女性たちのなかで、第三王子殿下に憧れなかったものなどおりません。なにせあの容姿ですし。でも殿下は、わたくしたちがこれまで数々の令嬢方をどんなに着飾って送り出しても、まったく見向きもしないのですよ!?」



 淡い憧れを抱く貴族の娘も。

 一晩だけでもと強気で立ち向かう美しい女性も。



 一瞥もされれば良い方で、されたところで全く興味もなさそうにすいっと顔を背けられる。



「本人に悪意がないのだとしても……! 私たちは密かに悔しく思っておりました。せめて、社交辞令でもいいから何か一言言ってくださればと……!」



 散っていった乙女たちが浮かばれないと、悔しげに訴える。



「そこに、姫様が現れたのです! 誰にも興味を示さなかった第三王子殿下が見染めた、私たちの星!!」

「ほ、星……?」

「我々は思ったのです。殿下の想い人をこれでもかというほど飾り立てて、他の男性が放っておかないほどに美しい姿で人前に出したら――、一体殿下は、どんな顔をするだろうと!」

「は、はあ……」



 ここに集まった使用人の中の、一番の中心人物であろう女性の熱く語る言葉に、周囲の使用人たちもうんうんと同意の様子を示していた。



(な……、なんだろうこれ……。嫌われてはいないみたいだけど……)



 要するに、自分が意趣返しに使われようとしているのだということは理解できた。

 ノアに対する、王城に勤める女性たちからの意趣返しに。



「もちろん、姫様に対してはけっして悪いようには致しません。確かに、露出は多く見えますが、ちゃんと品格も見えるよう計算されて作ってあります。このドレスを着て、周りが姫様を誉めそやしこそすれ、非難されるようなことなどありません」



 ですので。

 どうか私たちに代わって、第三王子殿下をギャフンと言わせてきてくださいませ――、と。

 使用人全員が一丸となってリーンに頼み込んできたので、人の良いリーンは断ることなどできなかった。



 そうして、使用人たちの熱い思いと執念によって着飾られたリーンは、定刻を迎え、会場へと向かう。

 事前の段取りでは、ノアがエスコートして会場入りする手筈になっていた。のだが。

 しかし――。



「おお……、見事に化けたな」



 待ち合わせ場所で待っていたのは、いつもの騎士服ではなく、社交界用の礼装に身を包んだディグレイス団長だった。



「……団長?」



 てっきり、ノアがいるものだと思ってやってきたリーンは、意外な人物が待ち受けていたことに驚きの声をあげる。



「ああ、わりいなあ王子様じゃなくて。でもなあ、俺も今回はあの第三王子殿下様への意趣返しに一口買ってる方だからよ」



 嫌じゃなければ、お前も乗ってみろよ――、と。

 団長がニッと笑って、リーンに向かって腕を差し出してくる。



 団長の言葉に呆気にとられ一瞬ぽかんとしたリーンだったが、それでも確かに、このまま予定通りノアを待って一緒に入場するよりも、団長と一緒に入場してノアの度肝を抜いた方が楽しそうだということはリーンにもうっすら理解できた。



「……一応確認ですけど。後から不敬だって怒られたりしませんよね」

「もちろん。そんときゃ俺がフォローしてやるよ」



 その言葉にリーンは腹を据え、にっこりと笑いながら、団長の腕をとった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る