第7話 キルキス王国騎士団長
ソードマスター試験を受けることになったリーンは早速、ノアから騎士団が訓練している修練場まで案内してもらうこととなった。
そうして、その道すがら、ノアから簡単な試験についての説明を受ける。
「ソードマスターとしてのクラスを付与されるには、現在王国騎士団に所属しているソードマスターの審査を受け、全員から認可される必要がある」
もちろんそれも、誰だって受けられるというわけではない、とノアが言う。
希望者全員をいちいち試験させていたら、それだけで騎士団の業務に支障が出る。
故に、そもそも試験を受けるために【ソードマスターもしくはそれと同様の技量を持つと認められる者】からの推薦が必要となるのである。
「ソードマスターもしくはそれと同等の技量……?」
リーンが、ノアに向かって疑惑の眼差しを向ける。
てっきり、話の流れからノアが推薦者になるものだと思っていたのだが――。
ノアに類まれなる魔術の才能があることはわかるが、ソードマスターと同等の能力があるとは思えなかったからだ。
「もちろん俺にはないよ? そもそも剣とかロクに握ったこともないし。だから、俺から騎士団長にリーンを推薦してもらえるようこれから頼みに行く」
「……これから?」
すでにある程度手はずが整っているのだと思い込んでいたリーンは、ノアの言葉に思わず懸念を抱く。
「大丈夫大丈夫。団長とはそれなりに関係値もあるから。しかも俺、王族だし」
■■
「あ゛ぁ!? よくそんなのほほんとした顔でウチの騎士団の敷居を跨げるなあ!? 食い逃げ殿下どの!?」
「えー嫌だなあ。財布を忘れたから立て替えてもらっただけじゃないか。それに、飲んでるだけでほとんど食べてないからどちらかと言うと食い逃げじゃなく飲み逃げだね」
案内された先の、王国騎士団の修練場にて――。
出会い頭に騎士団長と思しき人物から怒鳴られたノアは、悪びれた様子もなくへらりとそう答える。
「っせーわ! どっちでもいーんだわそんなん! いずれにしてもおめー殿下がタダ呑みしたっていう事実は変わらないんですわこのやろう!」
「よかったじゃないか。王族に奢るなんて滅多にあることじゃないよ。貴重な経験に乾杯だね」
「はあ!?!?」
「殿下! 煽らないでください! 団長も抑えて……!」
息巻いてノアにつかみかかろうとする騎士団長を、周囲の若い騎士たちが慌てて押さえにかかる。
――ロドニー・ディグレイス。
彼が、このキルキス王国騎士団の団長であり、ソードマスターのクラス保持者の一人である。
どうやら、30代半ばほどに見えるこのロドニーという男は、王国騎士団長という肩書きから得られるイメージよりもだいぶ砕けた人物のようだった。
「――で? なんなんだよ今日は? 剣術に全く興味のないウチの第三王子殿下があ? 飲み代も返さずに一体なんの用事でいらしたんでしょうかねえ!?」
「飲み代はちゃんと返すって。そうじゃなくて、今日はソードマスター試験を受けさせたい子をひとり連れてきたんだ」
「――はぁ?」
ノアの言葉に、団長が「何言ってんだ?」と言うのを隠そうともせず、つっけんどんに突っかかってくる。
「ソードマスター試験だあ? 嫁探しに行くって出てったやつが、なんでソードマスター候補なんて連れてくるんだよ?」
「未来の嫁でもあるし、ソードマスターにもなりうる子なんだって。俺が見染めたのは」
――誰が未来の嫁だ!
ノアの言葉に、リーンは喉元まで出かかった突っ込みを寸前で堪える。
突っ込みたい気持ちは山々なリーンだったが、初対面の相手の前で迂闊な言動は控えたい。
ぐっ、と堪えているところに「ほら、リーン。挨拶して」とノアから促されたので、もろもろの感情を押し殺しながら、ディグレイス団長を始めとする騎士団員たちに向かって挨拶をした。
「リーン・セルヴィニアと申します。よろしくお願いいたします」
あと、王子の嫁としてきたわけではありませんのでその点もよろしくお願いします――、と。
ちゃんとさりげなく釘を刺しておくことも忘れなかった。
「なあんだ。嫁とか言っといて歯牙にもかけられてないんじゃねえか」
「それも含めて可愛いだろ? これから時間をかけてゆっくりと口説き落としていくところなんでね」
そう言って、ディグレイス団長がにやにやと揶揄するのを意にも介さず、ノアはにこにことリーンの横に立って肩を抱いてくる。
「けっ! ……おい嬢ちゃん。いいか、言っとくけどな、その男がいいのは顔だけだからな。顔に絆されて騙されると後で痛い目みるぞ、って……」
どうやら、そこまで言ったところで団長はリーンを見て何かに気づいたようだ。
記憶の中の何かとつながったように「ああ……!」とリーンに向けて言葉を続けた。
「なんだ、なんか見たことあると思ったらお前、ヒルデの弟子じゃないか」
リーンは、ディグレイス団長から思いもよらない人物の名が出たことに目を瞬かせる。
「……師匠をご存知なのですか?」
「あー、まあ、腐れ縁だな……。つか、ヒルデんとこに顔出した時に、お前とも一回会ったことあるぞ」
そう言われて、リーンは記憶を呼び起こそうと努力する。
会ったことが――、あったのだろうか。
師匠を訪れる人はそんなに多くはなかった。
言われてみれば、リーンが師のところで修行をしていた時に訪れた人の中に、こんな男性がいたような気がしなくもない。
しかし、はっきりとした記憶が蘇らない以上は、明言しておくのは控えておこうとリーンは思った。
「えー、あー……、じゃあまあ、そうね、ソードマスター試験ね……」
リーンを認知した途端、なぜか団長は突然煮え切らない態度になり、頭をぼりぼりと掻き出す。
おまけに「別に、あいつの弟子なら試験なしでクラス付与してもいいんじゃねえのお?」とか言い出したので、それを訝しく思った別の騎士団員が「あの、この方の師匠って、一体……?」と団長に尋ねた。
「……言っていいのか?」
「と、私に聞かれましても」
なんで確認されるのかよくわからなかったリーンは、そのまま疑問を団長に投げ返す。
それを聞いた団長は、はあ、とため息をついた後、なんとも言えない表情のままこう言った。
「こいつの師匠はな、剣聖だよ。剣聖ヒルデガルド。こいつはあの剣聖の直弟子だ」
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