第2話 美形賢者はまさかの王子

 グレイブとアニーが去った後。

 残されたリーンは、気持ちを切り替えるために小さくため息をつき、それからもう一人の残留者に向かって問いかけた。



「……一体、どういうこと?」


「どういう、と言うと?」


「あなた、勇者パーティーに入りたくてうちに来たんじゃないの?」


「えっ、そっち?」



 てっきり、『リーンが好き発言』のことを追求されるのだと思っていたノアは、リーンの質問の矛先が予想と違っていたことに拍子抜けした。



「そっちじゃないほうは後で聞く。あなた、『勇者のいるパーティーに興味がある』って言ってこのパーティーに入ってきたのに。どういうつもりなの?」


「どういう……、と言われても……」

 


 リーンの言葉に、ノアが困ったようにぽりぽりと頬を掻く。



「まあ、端的に言うと……、あいつは俺の探してた勇者じゃなかった、ってことかなあ」



 だからもう、それは別にいいんだとノアがさらりと言う。



「それよりもむしろ今は、リーンに興味ある」


「……近い、気安い」



 そう言ってリーンは、己の肩に手を乗せてきたノアの手を軽く払い除け、くるりと距離をとってノアに向かって対峙する。



「……正直、残ってくれたのは助かるし感謝もしてる。私一人でこの森を抜けるのは流石に少し厳しかったし。回復できる人がいてくれるのは心強い」



 4人でパーティーを組んでも、ここまでくるのに丸一日かかったのだ。

 帰りは単純に外を目指せばいいだけだとしても、場合によっては野宿も必要になる。



 そう考えると、戦力としては数えられなくても、回復してくれることができる人物――、それだけじゃなく、交代で見張り番ができる相手がいてくれるだけでも心強かった。



「……あのさ」


「なに?」


「……森、抜ける必要ある?」


「……は?」



 ノアの質問の意図するところが分からず聞き返す。



「いや、この森に、まだ用があるのなら抜けていくのも付き合うけども」



 無いなら無駄に体力使う必要もないかなあ、とノアが言う。



「どういうこと? もしかしてノア、転移石を持ってるの?」


「いや、転移石はない。でも」



 こういうことならできるよ、と。

 ノアが再びリーンの肩にぽん、と手を置いた瞬間。



 ふっ……、と。

 何の前触れもなく、周囲の景色が変わった。


 

 ――周囲が、緑に満ちた森ではなく、人工的な建造物に変わる。

 ――静寂に満ちていた森から、人間の気配溢れる人の地へと。

 

 

「――転移?」



 リーンが、信じられない面持ちでノアを見上げる。

 


 転移が使える術者なんて、世界中数えてもおそらく片手にも満たない。

 そもそも、攻撃・回復魔術の両方が使える、賢者という職種の時点で只者ではないが――。



(これはちょっと、規格外すぎでは――?)



 一体どういうことなのか。

 リーンが、ノアに向かってさらに詰め寄ろうとした時だ。



「……殿下!」



 周囲からわらわらと――、リーン達を目掛けて集まってくる人の気配を感じた。



 ――殿下?



 未だ状況が掴めていないリーンは、警戒しながら周囲の状況を理解しようと努める。



「おかえりなさいませ殿下! とうとう、見つけられたのですね! 花嫁を!」


「………………は?」



 目の前で、にこにこと微笑むノア。

 周囲には、ノアに向かって平伏する兵士らしき人たち。



 そして――。

 その中心にいるのは、私だ。



 は……、花嫁!?



 窮途末路きゅうとまつろ

 急転直下。



 あまりに急展開すぎる話に、心の中でリーンはあらん限りの驚愕の声を上げた。




 ■■




「――それで。ノアゼス・ザルツ・アル・キルキス第三王子殿下」


「……なんだかやたらと含みと圧を感じるんだけど……。なに? リーン」



 ここは、キルキス王国王城にある第三王子の部屋。

 いまそこでまさに、リーンとノアはソファに向かい合わせに座っていた。



「……なんで、王子殿下が冒険者なんてやってるんですか」

 


 そう言って、リーンはノアをじとりと睨む。

 言いながら、自分にも自問自答する。



 ――果たして、王子が冒険者をやって良いか良くないか――。

 別に、悪いことはない、と思う。

 ただし、自分が仲間だと思っていた相手から突然王子だと驚かされなければ、だが。



「不敬罪とかで罪に問われたりしませんよね」


「しないし、別に俺の立場がどうだって、リーンとの関係は変わらない。だから、むしろ敬語とかやめてほしいんだけど」



 そうは言われても。

 王族だって分かった時点で、反射的に敬語になってしまう。

 二人だけの時ならばまだいいが、第三者がいる時に聞かれたりでもしたら、それこそ不敬だと怒られるのでは? とリーンは思う。



「やめてくれないなら、別に今すぐにお嫁さんにしてもいいんだけど」

「だから、なんなんですかそれは」



 嫁だの、なんだの――。

 大体、嫁に来てほしいと言われるほど、こっちはまだノアとの関係値がないと思っているのだ。

 そもそもノアも、もといた僧侶を追い出しあのパーティーに入ってきたばかりだった。

 ノアがパーティーに入ってきてからまだ一月足らず。

 突然言われたって困惑しかないではないか。



「ひとめぼれしたんだ」


 ――軽い。


「軽い」


 心の中だけで思っていたつもりが、つい口にも出てしまっていた――。



「心外だなあ。リーンは、運命とかそういうの、信じないタイプ?」



 何が運命だ。

 さきほどから、ふざけた言葉しか吐かない男を反目で睨む。



「まあいいか。信じてもらえないなら、これから時間をかけて口説くしかないね」


「時間をかけて口説くと言われましても」


「うん?」


「私とあなたで、どう時間をかけると?」



 一介の子爵令嬢出の冒険者と、国の第三王子。

 どう考えてもこれ以上接点があるとは思えない。



「え? だって俺たち、パーティーでしょ?」


「え?」


「いや、パーティーというよりは、二人になったことだし、バディ? コンビ? あ! カップル!?」


「あの、何を仰っているのか、さっぱり……」

 


 さっきから話が噛み合わなさすぎて、全然進まない。

 要領を得ないノアの言葉に、リーンは少しずつ苛立ちを募らせていく。



「……まさかリーン。俺が王子だって分かったからって、パーティーを解消しようと思ってるの――?」


「思っているのというか……。いややっぱり全然わからないんですけど」



 解消も何も。

 こっちは、つい先ほどもといたパーティーから追放されたばかりで、これからどうするとかも全く考えるに至っていないのだ。

 ノアも「リーンについていきたいから」と一緒に抜けては来たが、その後どうするかとかも何も決めていなかったし、まして相手が王子だなどとは思ってもいなかった。



 何も決まっていない状態で矢継ぎ早に言われたとて、こちらも答えようがないではないか、とリーンは思う。



 そんな、理不尽な思いを募らせていたところに、ノアが「まあ、冗談はほどほどにして、ちゃんと説明しようか」と言い出した。



 そうしてノアは――、その無駄に整った顔に嫣然と笑みを浮かべながら、こちらに向かってゆっくりと説明を始めた。

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