【完結】剣聖令嬢は屈しない 〜「非力な女剣士はいらない」と婚約者からパーティー追放されたら、美形賢者がついてきました。おまけに私への執着がすごいです〜
遠都衣(とお とい)
本編
第1話 リーン、追放される
「リーン。このパーティーはもう、君みたいな非力な女剣士じゃ力不足なんだ」
――だから、悪いけどここでパーティーから抜けてくれ――。
勇者グレイブがリーンに向かってそれを告げてきたのは。
冒険者ギルドから受けた難易度Aの仕事を達成したまさにその瞬間で――、これからまた危険な【魔の森】を抜けて帰ろうという、その時だった。
「それは……、今すぐに抜けろってこと?」
グレイブの宣告に、リーンが問い返す。
ここでパーティーを抜けて一人で戻れと言うのはつまり、リーンに死ねと言っているも同然だ。
――いや。
本気を出せば、なんとか死なずに抜けられはするだろう。
ただし、相当大変だしかなりしんどい道程になるが。
「そぉよぉ! あなたもう、このパーティーにとってはお荷物なの! ここまで来るにも、自分がどれだけ足を引っ張ってきたか気づいてないの?」
そう言って話に割って入ってきたのは、魔術師のアニー。
アニーはグレイブに近づくと、彼に腕を絡ませ「そうよね? グレイブ?」と言って、グレイブにしなだれかかりながら彼の同意を得ようとする。
「そうだ。僕は――、僕らには、魔王を倒すという使命がある。だからこのパーティーには、君よりももっと強い戦士を雇い入れることにしたんだ」
この仕事が終わったら紹介してもらう手筈になっている、とリーンに向かってグレイブが言う。
(ああ……、そういうことか)
リーンは、自分の目の前で腕を絡ませながら立ち並ぶ2人を見て、大体の事情を理解した。
目の前の二人にとって、リーンが邪魔な存在になったのだという事実を。
リーンとグレイブは、小さい頃からの幼馴染であり、親同士が決めた許嫁でもあった。
その事情が大きく変わり、今のように冒険者としてこうして2人が旅をするようになったのは、グレイブが神殿から勇者として神託を受けたからだ。
「リーン。君は、この【魔の森】に入ってから何体魔物を倒した? 1体も倒していない。倒したのは全部僕じゃないか」
「……そうね」
グレイブの言葉に、リーンは短く答える。
確かにリーンは――、グレイブに言われた通り、この森に入ってから自分で魔物にとどめを刺したことは一度もなかった。
しかしそれはただ、許嫁の親である、グレイブの父に頼まれた通りにしていたからだ。
『魔物と戦う時――なるべく出来るだけグレイブにとどめを刺させて、グレイブの魔物討伐数が増えるようにしてほしい――』と。
冒険者のランクは、倒した魔物の脅威度と討伐数で決まる。
リーンは彼の父と約束したその内容に従い、これまでずっとグレイブに魔物を仕留めさせ、彼の冒険者ランクが上がるように行動してきた。
剣の技術の及ばないグレイブでも倒せるように、適度に弱らせてからグレイブに魔物を仕留めさせるよう立ち回ってきたのだ。
それは、口で言うよりもずっと大変なことだった。
リーンの出自はセルヴィニア子爵家といって、昔から優秀な騎士を多く輩出し、武功を立ててきた家だった。
対するグレイブの実家であるコリントス伯爵家とは所領が隣同士で、そういったこともあって昔から交流の多い間柄でもあり。
コリントス家の子息たちは、ある一定の年齢になると皆セルヴィニア家に剣術を習いに来る、と言うのが習わしだった。
年が近かったリーンとグレイブは、自然一緒に剣の稽古をするようになり、それをみていた親たちが「将来二人が一緒になれば安泰だな!」と勝手に婚約を決めたのだが。
それが、グレイブが勇者の神託を受けたことで、大きく変わることとなる。
『リーン。お前はグレイブの婚約者なのだから。彼と共に旅立ち、彼を守ってやりなさい――』
そう、父に言われ。
『リーン、グレイブはお前よりも魔物退治の経験が少ない。だから、お前がグレイブを支えて、助けてやってくれ』
とグレイブの父に頼まれたのだ。
「――私、父からもあなたのご両親からも、あなたのことを頼むと言われているのだけど」
「はぁっ!? 何が頼むよ!? 足引っ張ってるくせによくそんなこといけしゃあしゃあと言えるわね!」
グレイブに向けた言葉だったのだが、アニーが息巻いて反論してくる。
「……あなたもそう思ってるの? グレイブ」
リーンはそう問いかけたが、グレイブはこちらを一瞥することもなく、ただ「ああ」とだけ短く答えた。
(……大丈夫なのだろうか)
そんなグレイブを見つめながら、リーンは口には出さずに、内心で彼のことを案じた。
これまでの戦いの中で、グレイブは一度も前衛に出て戦うことがなかった。
常にリーンが一人で前衛に立ち、そこでグレイブに相手をさせても問題ないくらいに弱体化させた魔物だけを後衛に流して仕留めさせる、という立ち回りをしてきたのだ。
(新しく入る、その剣士の人が、果たしてそれを許してくれるか……)
「……その、新しく入る人は、前衛を自分1人で立ち回るこのパーティーのスタイルを承知してるの?」
「そんなこと、パーティーを抜ける君には関係のない話だろう」
リーンの問いかけを、グレイブがばっさりと切り捨てる。
さらにはアニーが「そうよそうよ! パーティーに残りたいからって、そうやって取りすがろうとするのは惨めだと思わないのぉ?」と言って嘲笑してくる。
(これはもう、何を言ってもダメか――)
グレイブの様子を見て、リーンは諦めのため息をついた。
恐らく、これ以上はリーンがどう言葉を連ねても考えを改めることはないであろう。
昔からの付き合いで、リーンはグレイブの性格を嫌というほど知っていたのだった。
(仕方ない。グレイブが腕の立つ戦士を紹介してもらうと言うのだから、それを信じよう)
そう思って、でも念のために、自分はまだ幼馴染として彼を慮る気持ちはあるのだと言うことだけでも伝えておこうと思った。
「グレイブ。それでも私は、パーティーを抜けてもずっと、あなたの幼馴染だから。何か困ったことがあったら私に言ってね」
これから先の彼の旅は、ますます険しくなることだろう。
リーンがそばにいてあげられるなら。幼馴染として、婚約者として、これからも彼のことを支えてあげたいと思っていた。
しかし今、こうしてパーティーを抜けさせられてしまう以上、これからはもうどうにもすることができないのだ。
ならばせめて、今後いつかどこかで彼が困ったときに、頼ってもいい存在としていてあげたいと思った――のだが。
「はぁ!? 足手まといの弱っちいほうが何偉そうに言ってんのよ! まったく……、実力を測れないやつは空気も読めないんだから……!」
「あのさ」
リーンの言葉に対しぎゃあぎゃあと喚き散らすアニーだったが、それに対して別から、言葉を差し挟んでくる声があった。
それまでずっと沈黙を貫いていた――、賢者のノアだ。
「リーンが抜けるなら、俺も抜けるわ」
「……はぁ?」
場違いにのんきな調子で発言するノアに、アニーがドスの効いた声を上げる。
「何言ってるのよノア?」
「だって俺、リーンのことが好きだし」
ノアの言葉に、場に沈黙が生まれる。
「……は?」
「好きな子がパーティー抜けるっていうなら、着いていくのは当然でしょ」
「はぁ!? あなた何言ってるのよ!? 昨日この話をした時に、あなたもいいって言ったじゃない!」
「リーンを抜けさせること? それは別にいいとは言ったけど」
――俺が抜けないとも言ってないよね――、と。
いけしゃあしゃあとノアが言葉を連ねる。
「詭弁よ!」
「そうは言われても。俺、君たちに興味ないしなあ」
「ちょっと、あなたね……!」
「アニー」
ぎゃあぎゃあと(騒ぎ立てているのはアニーだけだが)喚くアニーとノアに、グレイブが言葉を刺す。
「もういいよ。やる気がない奴をパーティーにおいても意味がない」
「でも……!」
まだ納得のいかないという様子のアニーを押さえて、グレイブが続ける。
「魔王討伐を目指す僕らに、中途半端な仲間はいらない。彼の代わりも、また新しい人間を探せばいい」
そう言ってグレイブは「アニー」と言って、アニーに何かを指図した。
言われたアニーは、自分の道具袋からあるものを取り出す。
それは――、パーティーで唯一、アニーだけが持たされていた、高価な【転移石】だ。
「悪いけど、パーティーを抜けるというなら僕たちはここで君らを置いて帰るよ。仲間でなくなった君たちに、貴重な【転移石】を使えないしね」
グレイブの言葉に――、アニーが作動させたのだろう。
【転移石】が俄かに輝き出す。
「ふん! 役立たず同士、力を合わせて森を抜けられるといいわね!」
姿が消えかける中、アニーが舌を出しながら捨て台詞を吐く。
そうして――、眩い光を放った後。
リーンとノアを残し、二人は完全に消失したのだった。
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