第26話 一方その頃、グレイブは

 マイヤーと共に、借金返済のために宿屋に戻ってきたグレイブは、無事マイヤーに金を立て替えてもらい未払いだった宿代その他諸々を支払うことができた。



「アニー……!」



 そうしてグレイブは、暗い顔をしてじっと押し黙っていたアニーに駆け寄る。



「アニー、悪かった。待っている間、ひどいことはされなかったか?」



 隣でそのやりとりを見ていたマイヤーは、宿屋の主人のいる前でそんなことを尋ねるのはどうなのだろうと思ったが、当の主人は何も言わず呆れた様子で見つめているだけだったのでマイヤーも心のうちに留めておくことにした。



「では、私はこれで失礼しますね。ああ、お貸ししたお金ですが、道中お話しした通り毎月25日には返済をお願いしますね」



 ――返済が滞ると、国からのお尋ね者となりますからね、と。



 ここに来るまでの馬車の中で、返済計画についてマイヤーと詳細に話し合ったグレイブは、最後にマイヤーからそんな釘を刺されていたのだった。



「……え、返済って、どういうこと? お尋ね者って……」



 言うことだけ言ったらもう用はない、とマイヤーが去った後。

 アニーがグレイブに向かって説明を求めた。



「支援してもらえるって話じゃなかったの……? 結局また借金の所在が変わっただけ!?」



 一体何しに行ってきたのよ!? と責めるようにアニーがグレイブに詰め寄る。



「し、仕方ないだろう……。あいつら、僕らの実績をちゃんと調べてたんだ。Aランクの依頼を受けられていた時ならまだしも、いまの状況じゃ支援は難しいと言われて……」

「他の二人は? ヨーゼフたちはどこに行ったのよ!?」

「あの二人は……、パーティーを抜けると言って出ていった」

「……はあ!?」



 グレイブの言葉に、アニーが語気を荒げる。



「どうするのよ……!? 二人だけで冒険者なんて、できるわけないじゃない!」



 勇者として支援もしてもらえない。

 あるのは借金だけで返す目処もない。

 その上、仲間にも逃げられて……!



「また……、新しい仲間を探せば……」

「新しい仲間!? そんなの見つかるわけないじゃない!」



 状況を理解していないグレイブの言葉に、アニーが金切り声を上げる。

 国からの調査が入ったという事は、グレイブたちの状況をギルドも薄々察しているということだ。

 もしかすると、借金返済のためにそのうち報奨金も刺し押されられる可能性だってあり得る。



 そんな曰く付きのパーティーに、誰が入りたいと思うのか――。



 ふざけるんじゃない……!

 グレイブが伯爵令息だと思ったから色々手を尽くしてついてきたのに、とんだ誤算じゃない……!

 お金もないし、無能すぎて使えない、と口には出さずにアニーは腹を立てる。


 

 と、そこまで考えたところで、アニーの脳裏にふと、ある妙案が浮かんだ。



「そうだわ……。だったら、リーンを呼び戻せばいいんだわ」

「リーンを……?」

「そう、そうよ。だって、リーンはあなたのことが好きなんじゃない。あなたが本当に困ってるって必死に頼めば、きっとあの人、戻ってきてくれると思うわ」


 

 なんせ、アニーに対しても『咎めないでほしい』と庇うほどのお人好しなのだ。

 幼馴染のグレイブが泣いて頼んだらきっと断れないに違いない。



(それに……、そこでうまいことやれば、あたしがノアを手に入れる可能性も全然あり得る)



 もちろん、正攻法でうまくいかないのは既に履修済みだ。

 となると後は、前に訪れた町で聞いた、錬金術師の作る惚れ薬に頼ってみる作戦を実行する。

 しかもおあつらえむきに、その街はちょうどこれからリーンとノアを追いかけていく道程にある。



 ――アニーにとってもはや、グレイブに価値がないのは確定事項だった。


 

 頼りない。

 金もない。

 正義感だけ振りかざして自分のことを守ってもくれない男などアニーには必要ない。



 しかしならば、それを足がかりに次の目標を落とすのが建設的ではないか。



『殿下』



 その言葉が真実その通りなら、玉の輿どころの話ではない。

 正妃なんてたいそうな地位など望まない。

 妾にでもしてもらって、何不自由ない裕福な暮らしをさせてもらえればそれでいいのだ。



 そうして、あのお綺麗な顔で、愛でも囁かれた日には。

 どんなに気持ちがスッとすることだろう――!



 そう、目標を定めてしまえば。

 アニーにとってグレイブは、ただ目的地までの利害が一致した利用価値のある同行人だ。



「そうか、リーン……。確かにリーンなら、こんな状況でもきっと助けてくれるはずだ……!」



(――かかった)


 

「そうよグレイブ。あたしも一緒に謝ってあげる」



 大物を釣るためならば、口先だけの謝罪など安いもの。

 それで、グレイブをリーンに押し付けて、アニーがノアをゲットすれば、アニーにとっては百パーセント大勝利だ。



「ちょうどあなたが王都に行っている間、リーンとノアがこの宿に泊まっていったの。その時にあの二人の行き先を聞いたから、そこに向かっていけば追いつくわ」



 自分でも、本当によくこんな口八丁で上手く辻褄合わせができるものだと感心する。

 もちろんリーンとノアたち本人から行き先など聞いてはいない。

 仕掛けておいた探知アイテムで行き先を探って追いかけるだけだが、そんなことまでグレイブに教える必要はない。



「流石だな、アニー。君の機転の良さには本当に助けられるよ」



 そうやって、心底アニーに感心する様子を見せるグレイブを、アニーは心中で思いっきり罵倒する。



(なにが機転の良さに助けられる、よ……! あんたが頼りないからこんな面倒なことになってるんでしょうに……!)



 こっちの気も知らないで……! とぐらぐらと腸が煮えくり返っているのをおくびにも出さず、アニーはにこやかに「じゃ、出発の準備をしましょ」とグレイブを促した。

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