第27話 共同戦線

「ああ……、そうだな、そのとおり。俺が勇者だ」



 リーンの問いかけに、レナードはこともなげに答える。



「で? そんな勇者の俺に、あんたみたいな美人さんが何か用でもあるのか?」

「わ……」

「俺たち、今回の依頼の助太刀に入るよう頼まれたんだ」



 レナードの問いかけに答えようとしたリーンだったが、背後にいた(というかずっと後ろから抱きついたままだった)ノアがすかさず片手でリーンの口を塞いだ。



「助太刀?」

「ああ。今回の件は魔族絡みの可能性が高いって聞いた。お前らがどんだけ対魔族との戦いに慣れてるかは知らないが、俺らも少しは役に立てるんじゃないかと思ってね」



 そう言いながらノアは、リーンの胸元からちゃり、とソードマスターの証である資格証を抜き出す。



「それは……」

「キルキス王国騎士団のソードマスター証。そしてこれが、うちのソードマスターのお姫様だ」

「ソードマスター……!? この美人さんが?」



 話題の当人であるリーンを置いて、ノアがどんどん話を進めていく。



(いや、まあ、確かに考えてみれば、勇者査定このしごと自体もノアが請け負っている仕事だし。ノアが矢面に立つのが正当か)



 よくよく考えてみるとそういえばそうだ、と黙ってことの成り行きを見ながらリーンは思った。

 思ったのだが。


 それにしたってよく口の回る男だな、とも思う。

 口も回るし頭も回る。



 当初から薄々感じてはいたが、このノアという男は、言葉巧みに相手を説得する術に長けているのだ。

 今もそうだし、リーンがこの旅に進むと決めた時もそうだった。

 羽交い締めにされているリーンからは見ることは叶わないが、実に麗しいそのご尊顔で自信に満ちた笑みを浮かべるノアは、その顔面力だけでも説得力を持たせるだけの力を有していた。



「ああ、わりい。人を見た目だけで判断しちゃいけないよな……。確かに、さっきの戦いを見てても、美人さんが只者じゃないってのは分かりすぎるくらい分かってはいたけど」



 それにしてもソードマスターか……、と独りごちながら、レナードが感心するようにリーンを上から下まで眺め回した。



「うん。俺としては、確かに魔族討伐戦に助太刀してもらえるなら心強いことこの上ない。実力の程は、さっきので十分分かったしな」



 な? いいよな? と。

 レナードは、背後でじっと様子を見ていた仲間たちに承諾を得ようと声をかける。



「ああ。俺ぁ構わないぜ」

「私もよ」



 問うたレナードに対し、仲間の二人の答えは肯定的なものでかつ友好的に思ってもらえているようだった。



「決まりだな」



 二人の答えを聞いたノアが、満足げににやりと笑う。



「そういや、あんたの名前は聞いてないが――、なんて呼べばいいんだ?」



 ノアにそう尋ねたのは、レナードの仲間の一人、ライナスと呼ばれていた方の男だ。



「ああ、そうだな――、ノアで」



 家名を伝えず端的に名前だけ答えたノアに対して、特に気分を害した様子もなく、レナード以外の二人も快く挨拶してくれた。

 

 

「俺はライナス」

「私はヘレナ・ローズウッドよ。よろしくね」



 場も和んできたせいか、拘束の緩くなったノアの腕から抜け出したリーンは、二人に向かって握手を求めた。



「リーンです。よろしく」



 そう言って、ヘレナと握手することは許したノアだったが、ライナスと握手しようとした時には分かりやすく遮って阻止された。


 それに対して「おい旦那ぁ……、あまりにも狭量じゃないか……?」とレナードが呆れた様子を見せたが、そんな言葉にも全くどこ吹く風のノアなのであった。




■■



 

「それで、どんな魔族かは目星がついているんですか?」



 挨拶を終えて、とりあえず村に入ろうと足を向けながら、リーンがレナードに尋ねる。



「いや……。正直、俺たちも魔族と戦うのは初めてなんだ」



 いままで、冒険者ギルドの依頼を受けて、脅威度の高い魔物を倒してきたことは多々あったが、魔族に遭遇したことはまだないのだと言う。



「そもそも、普通に生きていて魔族に会うことの方が稀だからな。絶対数が少ないって話だし」



 ちょっとした魔物と遭遇することならありはするが、魔族――ましてや高位魔族と呼ばれる存在と会うことなど、ほとんどないと言っていい。

 まあ、会ったとしても、ほぼ間違いなくほとんどの人間が生きて帰ってくることなどできないと言うこともあるが。



「リーンはあるのか? 魔族と会ったこと」

「ええ……。私は、師匠がそういうことに強かったので」



 レナードの言葉に、リーンが伏し目がちに答える。

 


 リーンの師匠である剣聖ヒルデガルドは、一時期リーンを連れて魔族討伐の修行に回っていたことがあった。

 なんでそんなことをさせられていたのか、未だ理由は聞かせてもらえていないが、とにかく大変だったという記憶だけうっすらある。



 うっすら――、と言うのは。

 正直、その当時のことをリーンがあまり良く覚えていないのだ。

 


 行ったこと自体は間違いない、のだと思う。

 修行を終えて帰る道のりはぼんやりと覚えているからだ。

 ただ、修行中のことをあまりよく覚えていない――のは、自分でも忘れたいくらいよっぽどしんどかったからではないだろうかと、リーンは勝手にそう思い込んでいた。



(大体、当時12歳だった女の子を、よくそんな修行に連れ回したよなあ)



 師匠に弟子入りしたのは10歳を少し過ぎた頃。

 それから師匠のもとで鍛錬を積み、修行の旅に出たのは12歳。

 よくよく考えると、武芸に秀でた家に生まれたとはいえ、子爵令嬢であるリーンが旅に出ることをよく家族も許したものだと思う。



 いや――違う。

 あの頃は確か、弟が生まれて、後継者のお鉢が弟に回った時期だったのだ。

 家族全員の意識が弟に行き、それまで後継者として据え置かれていたリーンは、突然お役御免となった。

 師匠への弟子入りは、通いではなく住み込みで、それもリーンが後継者のままであったら許されなかったであろう。

 もちろん、魔族討伐修行に出るなどということも。



 師匠はとにかく――、なぜかリーンに魔族の倒し方のノウハウを叩き込んだ。

 対人と、対魔族に有効な技術を徹底して。



 今となっては、こうなることを予測していたのではと思えるほどだ。



「すげえな……。リーンの師匠は、魔族討伐のエキスパートかなんかなのか?」



 感心したように言ってくるレナードに対して、リーンは曖昧に笑って誤魔化した。

 リーンの師匠が、かつて『対魔剣聖』と呼ばれた人物であると知ったら、また大事になりそうだと思ったからだった――。

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