第28話 消えた村人

「人がいないな……」



 村の様子を見て、レナードがぽつりと呟く。

 魔物と戦っていた場所から村の中の方へと様子を見に行ってみると、そこには全く人の気配が感じられなかった。

 その呟きを聞いて、あれ? と思ったリーンは、思った疑問をそのままレナードに問いかける。



「レナードたちは、この村に寄ってからあの魔物と戦っていたんじゃないの?」



 いつのまにかレナードに対して敬語を使うことを止めていたリーンだったが、それはここに来る道中レナードと話しながらふたりが同い年だとわかったため「同い年なのに敬語を使われるのはこそばゆい」と言われたためだった。



「いや……、俺たちも、この村に入ろうとしたところであの魔物たちに襲われたんだ。普通こんな村近くであんなに魔物が出るなんてあり得ないだろ。だから油断してたってのもあって」

「えーなに言い訳? カッコわるー」

「うっせえ」



 話の途中で野次ってくるノアを軽く流しながら、レナードが言葉を続ける。



「それにしても……、人っ子一人いないってのはどういうことだ……?」



 リーンたちは不審に思いながらも村中を回ったが、結局一人として村人を見つけることができなかった。

 それどころか、村にはまだ生活の匂いが残っていて、人がいなくなったのはそんなに前のことではないことを感じさせられる。



「気味悪りぃな……。まるで突然村中から一斉に人が消えたみたいな……」

「ああ。さっきの魔物に襲われたんだとしても、血の匂いがしないのも、どこにも遺体がないのもおかしいしな。魔族の仕業だと、こういうこともあったりするのか?」



 全員で村中を見回った後、レナードとライナスが言葉を交わしながらリーンに尋ねてくる。



「……私も、魔族全部を知っているわけじゃないから、なんとも言えないけど。無いとは言い切れないと思う」



 少なくとも、今までリーンが会ってきた魔族には、そんな芸当ができる者はいなかったのだが。

 ただ、いなかったというだけで断定はできない。

 高位魔族になればなるほど、その魔族が持つ力というのは唯一無二のものになる。

 リーンが会っていないだけで、それが魔族の手によらないとは言い切れない。

 そうして、もしそれが魔族の手によるものだったら――、出てくるのはまず間違いなく、高位魔族だ。


 

「……大丈夫?」



 リーンが考え込んでいたところに、心配そうにノアがリーンの腕を取り声をかけてくる。



「……ああ、うん」



 暗い表情になっているところを見咎められたのだろう。

 こういう時、考えていることがすぐに顔に出てしまう自分は良く無いとリーンは自分を自重する。



「とりあえず、今日はここで一泊するかあ。ひょっとしたら魔物に襲撃されて、慌てて逃げた村人たちが戻ってくるかもしれないしな」



 それに、この村でもう少し調べられることもあるかもしれないし、と提案するレナードに反対する者はいなかった。



「部屋割りはどうするか。男女で分けた方がいいか――」

「は? なんで今日会ったばかりのやつらと一緒の部屋で寝なきゃなんなきゃいけないんだ?」



 信頼できるかどうかもわかんないのに、と。

 レナードの提案に、ノアが即答で否定する。



「ノア。私は別に、男女で分けても構わないけど……」

「リーン」



 ノアの発言をたしなめ、レナードたちに向けて取り繕おうと言葉を繋いだリーンだったが、それも不機嫌そうなノアの一言に遮られる。



「まっ、兄さんの言い分も一理あるわな。こっちとしては寂しいが、警戒心は持つことに越したことはない。正しい選択だと思うぜ」



 ノアの頑なな態度に気を悪くした様子もなく、あっけらかんと答えるレナードは、「ほんじゃ、ヘレナも俺たちと同室でいいか?」と仲間のヘレナにも意見を問うた。



「そんなの、いつものことでしょ。今更聞くほどのことでもないわよ」



 それに、普通の街での宿泊ならともかく今日みたいになにが起こるかわからない状況で一人部屋にさせられる方が不安でしょうに、とヘレナが答えたことで、部屋割りはすんなりと決められることとなった。



「じゃあねリーン。せっかくの女子会がなくなったのは残念だけど。信頼してもらえるようになったら、ぜひ私とも一緒の部屋でお願いしたいわ」



 そう言ってヘレナがにこりとリーンに笑いかけ、レナードたちが宿泊すると決めた家屋へと入っていったので。

 残されたリーンはじろりとノアを睨みつけた。



「……ノア」

「なに」



 睨みつけてくるリーンに特に堪えた様子もなく、手近にあった家屋のドアをがちゃりと開けたノアは、そのまま中の様子を見るためにすたすたと室内へと足を運ぶ。



「いくらなんでも、もっと言い方があったんじゃないの?」



 追いかけながらノアを責めるリーンに、ノアは寝室に見つけたベッドに腰掛けながら小さく嘆息する。



「言ってることは間違ってなかったと思うけど? 俺は、何かあった時にすぐリーンを守れる場所に身を置いていたいし。女二人の部屋にするより、お互い見知った者同士で固まってた方がいいだろ」

「それはそうだけど……」

 


 ノアの言っていることは確かに正しい。

 それはわかっているが、わざわざ敵を作るような言い方をしなくてもいいのに、と思いながらノアの前を横切ったリーンを、力強い腕がぐっと引き寄せてくる。



「それに」

「なっ……」



 そのまま、なすすべもなくベッドに押し倒されたリーンは、またかと思いながら自分を押し倒してきたノアを見上げた。



「ねえ、自覚ある? 自分がどんどん、綺麗になってきてるってこと」

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