第32話 レナードとヘレナ

「総括すると、特に情報はない、と」



 時刻はまだ日暮れ前。

 村の聞き込みを一通り終えて、宿の食堂で全員が集めた情報を聞き終えたレナードが、はあ、とため息をつく。

 多大な期待をしていたわけでもなかったが、それでも何かしら情報が得られるのではないかと思った面々は一様に肩を落とす。


 

 聞いた話をまとめると、近隣の村とやりとりするのも週に1、2回程度で、一番近い村に最近行った時には特に異変はなかった。

 一番近い村、というのは、ここにくる前にリーンたちが立ち寄った村のことで、つまりリーンたちが訪れた直前に村人たちに異変が起きたのだと思われると言うこと。



「っかー! ふっつーに手詰まりじゃねえかー!」



 わしわしとレナードが頭を掻きむしる。



「でも見て。ほら」



 そう言って、ヘレナがテーブルに広げた地図を指差していく。



「ここと、ここ。ここが私たちが行った無人になっていた村。この近辺に他に村はないから、そうすると次に何かが起こるとしたら今いるこの村の可能性が高い」



 危険だし、リスクも高いけど、この村にとどまって様子を見た方が良さそうじゃない? とヘレナが提案してくる。



「まーそうだなあー。下手にあっちゃこっちゃ行くより、一旦この村にとどまって様子見すっかあ。リーンたちもそれでいいか?」

「うん。私もそれがいいと思う」



 レナードのいう通り、今現在この村が無事なのであれば、この村にとどまって何かあった時に守れるよう備えておくのが良いとリーンも思った。



「それにしてもよ。今更だけどお前ら、ソードマスターと賢者っつっても大概じゃねえか? 正直、一緒に戦ってても規格外としか思えねんだけど」



 と、運ばれてきた酒を煽りながら、レナードがそう絡んでくる。

 リーンの動きや剣技も並はずれているし、ノアは防御結界などの基本的なサポート系の術が使えるだけでなく転移まで使えるという破格の術者だ。



「むしろお前らが勇者だって言われた方がよっぽど納得するわ」



 レナードの発言に、リーンはぎくりと身をすくませる。

 しかし、酒が入り始めていた男たちはそれには気づかなかったようで。



「ま、キルキスの勇者は男って噂だから、そりゃねーか」



 とレナードがケラケラと笑い声を上げたことでリーンはほっと気を緩ませる。



「レナードは、他国の勇者のこともちゃんと知っているんだ」

「そりゃ同業他者がいるってなったら、ちょっとは調べるだろーよ」



 遊びや趣味でやってんじゃねーんだからよ、とレナードが続ける。



「でもま、正直。ほんとに魔王がいるかどうかもあやふやなこの状況で、必死こけっていうのも微妙な話だよな」



 確かにレナードのいう通り、現在この世界で、魔王の存在を示す神託はくだされているが、実際に魔王を目の当たりにした話はついぞ聞いたことがなかった。

 魔族を見たものはいても、魔王が魔族を率いて人間の国を襲おうとしたり、魔族に指示して人に害をなしたという話もない。



「下手に藪を突いて蛇を出してもな、って俺だったら思うが、国や教会はそうじゃないみたいだしな。まあだから、冒険者やりながら力蓄えて、いざという時の手札を増やすために色々調べてるっていうのが俺たちの目的かな」



 本当は、リーンも仲間に加わってくれると心強いんだけどなー、とレナードが苦笑いする。



「リーンにはリーンの役目があるのよ、無理言わないの。困らせちゃうでしょ?」



 そう言ってヘレナが、リーンに向かって気遣うように微笑みかけてくれた。



(ヘレナは、気遣いも良くできて優しいし、本当にいい人だな……)



 そう思いながらリーンがヘレナを窺い見ていると、ヘレナが「ね、リーン。そろそろお風呂に行かない? せっかくだから、たまには一緒に入りたいわ」とリーンを湯に誘ってきた。



「あ、う、うん……」

「じゃ、行きましょ。あとよろしくね」



 ヘレナは、まだ食堂にいると言う男たちにそう言い残し、リーンの腕をとってすたすたと食堂を後にした。

 リーンはヘレナに手を引かれながらちらりとノアを振り返ったが、相変わらずのへらりとした様子で、こちらに向かってひらひらと手を振るだけだった。



 ■■



「ああ〜、気持ちいい……! やっぱり広いお風呂はいいわねえ〜」



 そう言って、ざばりと湯船に浸かるヘレナの隣に、リーンもちゃぷりと湯に浸かった。



「あの、ヘレナ。……ありがとう」

「なにが?」

「いろいろ、気遣ってくれたでしょう? 私のこと」



 ちゃぷ、と湯船に顔をつけながらリーンはヘレナにそう告げる。



「そう? まあ、リーンがそう思ったのならそうかもね」



 あくまでもこちらを気遣わせないその言葉の選び方に、ヘレナは大人だな、とリーンは思った。



「ヘレナは、レナードたちとは長いの?」

「そうねえ。かれこれ2、3年にはなるかしら」



 もともと、冒険者としてパーティーを組んでいたところに、レナードに勇者として神託がおりたのだと、ヘレナが説明してくれた。



「ということは、15歳くらいの時から冒険者をやってたってこと?」

「ええ。私もレナードも、元々親が冒険者を稼業としてやっていたのだけど。どちらも親が冒険者としてやっていけなくなってしまってね。代わりに家計を支えるために私たちが後を継ぐことになったの」

「じゃあ、レナードとヘレナは、幼馴染なんだ」

「まあ、そうなるわね」

「……」



 ヘレナの言葉を聞いて、幼馴染同士でもうまくやっていけている二人と、それができなかった自分をつい比較してしまって、リーンはふと黙り込む。

 そこから、出会い頭にレナードから結婚を申し込まれた経緯を思い出し、ふと気になってヘレナに尋ねてみた。



「ヘレナは、レナードのこと……」



 言葉の最後まで言い切ることができず、言い淀んだリーンの目線を受けたヘレナは、これまでみた笑顔の中で一番慈愛に満ちたような笑みを浮かべて「ふふっ」と笑った。


 

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