第37話 魔の債権

「おや――、みなさんお揃いでお出かけですか?」

 


 それは、グレイブとアニーがここを訪れる前に契約を交わした、錬金術師の弟子であった。

 錬金術師は、室内に集まった面々を前に、不気味にニヤリとわらう。



「あなたは――」

「こ、こいつだ! 僕らにあの弓矢をくれた錬金術師は!」



 どなたですか? と尋ねようとしたリーンの言葉をグレイブが遮る。

 そうして、グレイブが指差した先を、全員が一斉に目で追った。



「ああ、その節はどうも。奇遇ですね。あなたもこの村に用があったなんて」



 もこの村に用があったんですよ、と。

 少年なのか青年なのか――はたまた少女なのかも判別つき難い容姿の錬金術師が、得体の知れない笑みを浮かべる。



「あなた方は――、僕の契約者ではないようですね? どうです? 何か願い事があれば、なんでも叶えて差し上げますよ?」



 リーンやレナードたちをぐるりと眺めた錬金術師は、そう言ってこちらに向かって、なんでも願いを叶えると宣ってきた。



「は――? なんだお前……?」

「待ってレナード」



 不審げに錬金術師に食ってかかろうとするレナードを止めるのはリーンだ。



「あれは――、魔族だ」



 しかも、完全に人と相違ない姿形を取れているということは、かなりの高位魔族になる。



「あれ? なんでわかったんですか? けっこううまいこと擬態できてると思ってたんですけど」



 正体を見破られた魔族は、おかしいなあと、一見すると可愛らしくも見える仕草で首を傾ける。

 なぜ、と問われてもリーンにもわからない。

 ただと直感的に感じただけだ。



「まあいいや。時間的にもちょうどいいし、観客がいるならおあつらえむきだ。これから、皆さんに素敵なショーを見せて差し上げますね」



 着いてきてください――、と。

 警戒心というものを全く見せずに、魔族はすたすたとリーンたちに背中を向けて外へ向けて歩き出す。



「ああ、いいですねえ。逢魔時おうまがときってやつだ。まさにうってつけ。さて、これからみなさんに僕から、すてきなマジックをお見せしましょう」



 そう言って、外に出るなりこちらを振り向き語り出した魔族は、ぱぁん! と大きく手を打ち鳴らし、楽しげにつぶやいた。



「魔の債権――、回収」



 ざわり……、と不穏な空気にあたりが包まれる。

 何が起こるのかと身構えていたリーンたちは、次の瞬間、道を歩く人々や周囲の家屋にいる人々が、うめき声や悲鳴をあげ苦しみ出す姿を目の当たりにする。



「な――」



 おののくリーンたちをよそに、苦しみ出した村人たちが、次々に魔物へと姿を変えていく。



「ゔ……あ……」



 リーンたちの後ろにいたグレイブも、現れだした症状に苦しげに呻き声を上げる。



「グレイブ……?」

「ふふ……、面白いでしょう? 分不相応な願いを叶えたものほど、変化の時の苦しみが深いんだ」



 苦しそうに涙を流しながら魔物へと姿を変えていくグレイブを、その場にいる全員が青ざめながら見つめることしかできず。



「待てよ……。この辺の村から村人がひとっこひとりいなくなったのは、全部お前のせいだったってわけかよ……!」

「そう。人間ってほんとうに欲深いよね。願いを叶えてあげるよって言ったらすぐに乗ってくるんだから」



 僕はね。この、人から魔物に代わる瞬間が大好きなんだ――。



「グレイブ……!」



 魔物に代わりゆくグレイブにリーンが呼びかけるが、呼ばれた方にもはや答える余裕などなく。

 どうするべきかと逡巡している最中、別の場所から聞き覚えのある、甲高い叫び声が聞こえてきた。



「この声は……」



 アニーの声だ。

 まだそんなに離れていない場所にいたのだと、リーンは声のした方に顔を向ける。



「おい! ここは任せて、お前はあっちに行ってこい! 多分いるだろ……!」



 あそこに、ノアが――。



 そう言って、レナードがリーンに向かって、ノアの元に行くように背中を押してくる。

 レナードの言葉をうけて、リーンは決意を固めたように口を引き結び、「うん」とレナードに向かってうなづく。



「ありがとう! レナード!」

「礼は無事に旦那を連れて戻ってきてから言えや! いいから早く行け!」



 その言葉を背に、リーンはアニーの声がした方に向かって駆け出す。



「……あれ、いいの? 女の子を一人で放り出しちゃって」

「あいつは……、あれで俺とそんなに変わらないくらい……、いや。俺よりもむしろ全然強いからいいんだよ」



 状況を静観していた魔族は、駆け出していったリーンを目で追いながらレナードに向かって問いかけるが、そんな魔族に対して、レナードは不敵に笑った。



「ふぅん。じゃあ、僕の相手はあなたたちがしてくれるってことだね。でも」



 どっちかというと、戦いがしたいんじゃなくて、元人間の魔物と人間が殺し合うところなんだよね、と。

 戦いを避けるように、魔族が体を宙に滑らせる。



「あっ、ちょま、お前逃げんな!」

「逃げる? そんなわけないじゃない。ただの見学だよ」



 そう言って、ケタケタと笑いながら魔族が手を振ると、家々のドアから魔物と化した元人間と思われるものたちが次々と姿を表す。



「げっ……」

「どうすんだこれ……!? 倒しちまっていいのか!?」



 思わず呻き声を上げるレナードに、ライナスが戸惑うように声を上げる。



「さ、楽しいパーティーの始まりだね」



 そう言って、魔族が空に浮かんだままにやりと笑みを浮かべた。

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