番外編

番外編 一線を越える

 ――これは、”代償”との戦いが終わったほぼ直後のことである。



 村人たちへの対応もある程度ひと段落したところで、リーンはノアに引きずられ、空いていた部屋へとぽんと放り込まれる。

 


「ちょっ……! やだ……!」

「はいはい。俺はリーンの体に傷が残る方が嫌だね」

 

 

 まあ、傷が残ったら残ったでそれもそそるけどさあ――と。

 軽口を叩きながら、ベッドに寝転がしたリーンの衣服をめくりあげ、その脇腹の傷をぺろりと舐めてくるノアに、リーンはこらえきれず声をもらす。



「ん……、やっ」

「こーら。逃げるなって」



 いつも言ってるだろ、と。

 身をよじらせることで、ぞわぞわと身体中を駆け巡る妙な感覚に逃そうと足掻あがくリーンを、ノアががっちりと引き寄せる。


 

「あ……、ぅん……」



 感覚を逃そうと吐く息が、いつしか喘ぎ声と似た響きになっていることにリーンは気づかない。



「やだ……って、言ってるのに……」

「そのやだを、俺はいやだと言わせてもらう」

 


 言いながら、ノアはリーンの体についた傷ひとつひとつを舐めて、綺麗に癒していく。

 流石に、高位魔族との戦いだったこともあり、いつもよりもリーンの傷は多く。

 傷だけでなく打ち身になっているところの内部まで治療する。

 


 そうして、ひとつひとつの治療によって蓄積されたうずきがリーンの中でもちり積もっていくと、やがてリーンの漏らす息も次第に荒くなまめかしいものにかわっていった。

 

 

 そうして、そんなリーンの様子を見ながら傷の治療を続けていたノアは、はあ、と大きく悩ましげな息をつく。

 


「――ああ、俺もいい加減限界だな」



 これでも結構我慢してきた方だと思うんだけど、とノアがつぶやくが、それが一体何を意図しているのか、自身の身のうちに起きている熱に苛まれているリーンには全く理解できなかった。



「さっき言ったこと、覚えてるよな?」



 ノアが壮絶な色気を放ちながらリーンにそう問いかけてくるが、もはや自分のことだけで精一杯のリーンには、何のことだかさっぱりわからない。

 荒い息を吐きながら「え……?」と何とか答えるが、そんなリーンにノアが艶然と囁く。



「めちゃくちゃにしてやる、って言ったことだよ」

「あっ、あぁ……っ」



 言いながらノアが最後に残った、胸の――、すぐ下の傷。

 あばらの辺りについた傷を強く舐めとったことで。

 耐え難い快感に(これを快感と呼ぶと言うことさえリーンはまだ自覚がないのだが)襲われたリーンが、よりいっそうあられもない声をあげる。



「なに……?」

 


 なんなの――と。

 一体、ノアが何を言いたいのか。


 

 その真意を探ろうと、リーンは涙目になりながら、なんとかノアに視線を合わせたところで。

 そこに、今にも自分を食らいつくさんと、目を爛々らんらんと輝かせた獣がいるのだと言うことを。

 リーンは確かに悟り――、そしてその通りリーンは、ノアに自らの隅々までを喰らい尽くされることとなったのだった。

 


 


■■

 

 

 


「リーン。まだ怒ってんの?」



 翌朝、昨日治療のために適当に入った空き家のベッドで、結局そのまま朝を迎え――。

 肘をつきながら横になったノアが、隣でうつ伏せになって枕に突っ伏したままのリーンに向かって声を掛ける。



「しょうがないだろ。我慢できなかったんだから」



 そもそも、リーンが可愛い声をあげすぎたのがいけないんだし――と。

 男として最低な発言ばかりを吐き出す男に向かって、リーンは枕に顔を埋めたまま、くぐもった声をあげる。



「――――」

「――ん?」



 枕にうずくまりすぎて、何と言っているか聞き取れないノアが、よく聞き取ろうと枕元に近づくと。



「あんな……、あんなことされるなんて聞いてない……!」



 顔を真っ赤にしながら、枕の隙間からこちらを睨みつけてくるリーンに向かって、「そりゃあ言ってないしねえ」とノアがいつもの調子で言葉を返す。



「でもリーンだって、気持ちよかったんでしょ? だってあんなに気持ちよさそうに声を上げて――」

「そっ、それは……っ! もう無理って言ったのに、全然聞いてくれないし……!」



 あ、気持ちいいのは否定しないんだ――。

 と思ったノアだったが、それを口にするとまたこじれてしまうのがわかっているため口に出さずに収めると、自分の言ったことで昨夜の出来事をまた思い出してしまったのか、リーンは再び拗ねるように枕に顔を埋めた。



「言っとくけど。昨日のなんてホップステップのまだホップでしかないから。まだこの上の段階があるから」



 まあ、おいおい慣れていけばいいけどね――、と、だんだん楽しくなってきたノアが調子に乗ってリーンにそう告げると、「嘘でしょ……」とリーンが絶望に満ちた顔でノアの方を見つめてきたので。



 その瞬間を逃さず、ノアは目の前の唇めがけてキスをした。



 ああ――、かわいい。



 可愛くて仕方ないと、ノアが心中でそんなことを思っていることなど知らずに。



 その後、しばらくのあいだ機嫌の直らないリーンをノアがなだめすかすことになるのだが。



 それはそれで、ノアにとってはただの楽しい時間でしかないのであった。

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