第24話 二人目の勇者

 翌朝。

 リーンとノアは、マルベイユの騎士団に教えてもらった勇者の居場所を目指して早速出発した。



 騎士団が言うには、どうやら最近そのあたりの小さな村がひとつ、魔物の群れに襲撃され壊滅したと報告があったのだそうだ。

 基本、魔物というのは群れをなして人を襲うということをあまりしない。

 なぜなら、そうすることによって逆に警戒した人間に排除されることの方が多いからだ。

 本能的にそのことをわかっている魔物たちは、自ら群れを成して人間の群れを襲うということをしないというのが普通だった。


 

 例外として――、それを指揮する魔族がいる場合以外は。



 魔物と魔族の違いは、一番明確な点でいうと知能があるかないかである。



 魔物と呼ばれる獣型は基本的に本能によって行動する部分が大きく、魔族と呼ばれる人型に類するものたちは、明らかに人と意思疎通できる知性を兼ね備えている。

 そして、それらの持ちうる魔力や能力は、人間をはるかに凌駕する。



「この国の勇者パーティーが、魔族に対抗できるだけの能力を持っているといいんだけど……」



 たとえ勇者といえども、(グレイブを見ればわかるように)全ての人材が武に優れているわけではない。

 先ほども述べたように、本能的に生息している魔物は、その生態系や特性からどこにいけば遭遇できるかは大体予測が立てられるし、討伐に関しても同様に対策が立てやすい。

 しかし、魔族に関しては個体数も少ない上に行動に一貫性があるわけではないので、その場その場での臨機応変な対応を余儀なくされる。



 なので、魔物の討伐や対応に慣れているからと言って、魔族にも対処できるとは必ずしも限らないわけで。

 どちらかというと、魔族に対しては対人での戦闘経験の方が有効である場合が多い。

 なぜならば、その思考や行動パターンはより人間に近いからだ。



「まあ、とはいえ魔族は、会って戦ってみないとどんな術が使えるかもわからないしねえ」



 リーンの言葉に、昨夜の告白めいた言葉など何もなかったかのようにあっけらかんとしている男が軽口を叩く。



「案ずるよりなんとやら、だよ。リーンが心配しても仕方ない」



 ここでやられちゃうようじゃあ、その先の魔王討伐なんて夢のまた夢だしね、と。

 無責任にも聞こえるその言葉は、しかし確かにノアの言う通りでもあるため、リーンも特に反論もせず「……そうね」と相槌を打つのだった。




 ■■




 マルベイユの勇者レナード・シルヴァンは、今まさに村外れに現れた魔物の群れと戦っていた。



「ヘレナ! 援護しろ! ライナスは撹乱を!」



 僧侶のヘレナと魔術師のライナスにそれぞれ指示を出しながら、わらわらと襲いかかってくる魔物を順に切り伏せていく。



「くそっ……、キリがないな」

「レナード! 少し時間を稼いでくれたら、俺が魔術で一掃する!」



 魔術師のライナスがいくつもの炎を放って敵を撹乱しながら、レナードに向かって叫ぶ。

 確かに、ライナスのいう通り、ちまちま倒し続けるよりも1箇所に集めて範囲型の攻撃魔法で一掃した方が早そうだった。

 ――ただし、ライナスの範囲魔法は詠唱に時間がかかるという欠点があるが。



「わかった。なるべく早く頼む」



 ライナスの言葉にそう答えたレナードは、そのまま目の前の魔物の群れと対峙する。

 この、わらわらと襲い掛かろうとしてくる魔物からライナスを守り、なおかつ1箇所に集まるよう攻撃しながら誘導する。

 容易なことではないが、まあやらなければ死んでしまうのだからやるしかない。

 そう気持ちを切り替えて、レナードは魔物と対峙する。



「ヘレナ! 回復!」

「はい……っ!」

「くっ……!」



 ヘレナと連携をとりながら、レナードはじりじりと魔物を追い詰めていく。



「ぐぁっ……!」



 そこに、後衛で呪文を唱えていたはずのライナスの叫ぶ声が聞こえた。



「ライナス!」



 いつのまにか、取りこぼしていたかどこかに潜んでいた魔物がライナスを襲ったのだ。



(まずい! 今から行っても間に合わない!)



 見たくない瞬間を目の当たりにする――、レナードが、そう覚悟を決めた時。



 ドン!



 と、何かが爆ぜる音と共に、ライナスの目の前にいた魔物がぐらりと小さく揺れた。



 ドン! ドン!



 立て続けに音が鳴り響いたかと思うと、少女が一人駆けて来るのが見える。

 そのまま休むことなくライナスに襲い掛かろうとしていた魔物を一太刀で仕留める。



 その――流れるような動きがあまりにも美しく洗練されていて。

 レナードは、戦いの女神がいるとしたらこんな姿をしているのかと思った。



「何を呆けてる! 前を見ろ!」



 一瞬――、ほんの一瞬だが、少女に見惚れたレナードを、彼女自身が叱責する。

 それで現実に立ち戻れたレナードは、目の前で相手をしていた魔物に再び意識を戻す。



「ノア! 結界とか張れる?」

「誰に聞いてんの」



 少女に呼ばれて、その場にいなかったはずの男がふっと姿を現す。

 これもまた、レナードが今まで見たことがないくらいの麗しい容貌の男だった。

 男がふい、と右手を振ると、レナードが1箇所に集めていた魔物たちが結界に囲われ、閉じ込められた。



「あなたは彼を。あぶれた魔物は私が狩る」



 そう言って、レナードにライナスを守るよう指示した少女は、そのまま結界の外をうろうろとしていた魔物を次々と狩っていく。

 そうして、レナードとヘレナがライナスを守りつつ戦っていると、ようやくライナスが唱えていた範囲魔法が準備を終える。



「ノア! 結界を解いて!」

「あい。もう解いた」



 瞬間。

 1箇所に集められた魔物が、ライナスの範囲魔法で一瞬で殲滅される。



「すげえ……」



 誰にともなく口にしたレナードの呟きが、ライナスの攻撃魔法の轟音の中に消えていった。

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