第12話 一方その頃、グレイブは

 ――それは、依頼のためにグレイブたちが一時滞在していた村で、依頼を終えて宿を出発しようとした時のことだった。



「はぁ!? もう一度言ってみなさいよ!」

「ですから……、こちらの金額では皆様の滞在期間の宿泊費用には足らないと……」



 アニーが怒鳴ると、恰幅のいい宿屋の主人が困ったようにそう答える。



「あのね、私たちは世界を救う勇者御一行様なのよ? この村から冒険者協会に依頼した案件も達成したんだから、少しくらい負けなさいよ」

「いえあの、少しというか……」



 全然足らないんです、と主人が言う。



「そんなわけないでしょ。だってここの宿泊費は……」

「お客様たちの昨夜のレストランでの飲食代、按摩師を呼んだ按摩代、娼館から女性を呼んだ費用、合わせて18万ジルになります」



 そう言って主人がアニーたちに見せた請求明細は、いまのアニーたちの手持ちではとても払える金額ではなく――。



「はぁっ!?」



 そう叫んで、アニーが請求明細をひったくり、上から舐めるように何度も見定める。



 1泊の宿泊費、7千ジルかける4泊かける4人。

 4人の食事代合わせて2万8千ジル。

 按摩師の出張代と施術代1万ジル。

 娼館からの出張代と施術代3万ジル。



「これでも、滞在時の飲食代はサービスさせていただいているんです! 昨夜の食事代に関しては――、そちらの勇者様が、依頼を達成した祝いだからご自分たちで支払われると」



 そうだった。

 主人に言われて、アニーは昨夜の出来事を思い出す。

 昨日は、久しぶりにBランクの依頼を達成し、その祝いだから飲もうと言って酒を空ける際に、宿の主人からさすがにアルコールはサービスできないと言われ、それに対して気の大きくなったグレイブが「祝いの席なんだ! ケチ臭いことは言わない自分たちで払う!」と言ってしまったのだった。



「……この、娼館の出張代はなんなのよ」

「あぁん? お前だって按摩師を呼んでんだから、俺だって別にいいだろうがよ」

「疲れを癒すのと欲望を満たすのは別でしょ!?」

「お前がそれを言うのかよ!? 自分達だって夜はいちゃこら好きなようにやってんじゃねーか!」



 ヨーゼフの言い分に、アニーがうっと言葉を詰まらせる。



「大体よぉ、どうせ一緒に寝るんなら、お前ら一緒の部屋でいいじゃねえか! なんだよ無駄に一人一部屋ずつ取りやがって」



 そんなことしてるから金の無駄遣いになるんじゃねえのか!? とヨーゼフが追求する。

 確かに、普通の冒険者パーティーであれば、一人一部屋ずつなど取らない。

 せいぜい男女に分かれて二部屋。

 そんなに余裕があるパーティーなんて、SランクやSSランクの一握りの冒険者たちくらいだ。


 それにしたって、SランクやSSランクの依頼が市場に出まわることさえ多くない中、どのパーティーも基本的に質素に節制している、というのが実際のところで。


 

「それで、お客さん。お支払いはどうされるんで?」



 いつまでもここで内輪揉めされても困るんですけどねえ、と宿屋の主人が追い立ててくる。

 主人の言葉に、アニーはグレイブを見た。

 こうなれば、頼みの綱は伯爵の息子であるグレイブだけだ。

 アニーが管理していたパーティーの資金からも、個人で持っている財布の中にも、今支払える金額など到底持ち合わせていない。

 伯爵の息子であるグレイブならば、なにかこの場を切り抜けられる秘策があるのではないかと縋ったのだが――。



「……借用書を出してくれ」

「は……?」



 グレイブの言葉に、アニーが眉を顰めた。

 

 

「お客さぁん。借用書を出すにも、保証人がいないと」

「仲間を1人置いていく。借用書の返済期日までには金を用意するから、それまで猶予をもらいたい」

「仲間を1人置いてくったって……。そんなのなんの保証にもなりゃしませんよ! あんたらが仲間を見捨てて逃げないって保証がどこにあるんです!?」

「そう言われたって、今すぐには払えないんだ。……どこかで金を工面してくるしかないじゃないか」



 グレイブがそう言うと、宿屋の店主は「……わかりましたよ。仕方ありませんね」とため息をつきながら答える。



「借用書で対応しましょう。その代わり。置いていく仲間はそこの女性です」

「はあっ!?」

「もしも置いて逃げるようなことがあれば、彼女を娼館に売って借金を返済するまで働いてもらいます。それでしたら借用書で対応します」



 男を担保として残すよりも、女を担保とする方がリスクとして低いと踏んだのだろう。

 宿屋の主人がグレイブたちに向かってそう提案してきた。



「わかった。アニー」

「はあ!? 何言ってるのよ!? 私を置いていくの!?」

「仕方ないだろう、支払いができないんだから」

「だからって……」

「そもそもは、君の財政管理の甘さが一因でもあるだろう?」

「……」


 グレイブにそう言われると、アニーは何も言えなくなってしまう。

 確かに、このパーティーの財布を握っていたのはアニーなのだ。

 それにしたって、いくらなんでも恋人の自分をおいていかないで欲しい、と思う。



「大丈夫。君のために僕は必ず戻ってくる。この店主も、それがわかっているから君を置いていけって言うんだ」

「でも……、だったらお金は、グレイブのお家に一旦頼めばいいじゃない」


 

 なんと言っても、グレイブの実家は伯爵家なのだ。

 これくらいの端金なら易々と工面できるだろうと思ってアニーは訪ねる。



「……いや。王城に行って、お金を工面してもらえないか相談してみる。僕らは勇者御一行様なんだ。きっと支援してくれる」

「えっ」



 王城にお金の工面を頼む?

 実家を頼れば済む話なのに、なぜ王城にまで行かなければならないのか理解できないアニーは思わず声を漏らす。


 グレイブの実家のコリントス家の財産状況を知らないアニーは、まさかグレイブが実家に頼れないなどと言う事実を知らないのだ。



「大丈夫。これくらいのこと、魔王を倒したら全てチャラさ。だからアニーは、安心してここで待っていてくれ」

 


 そう言って、グレイブたちはアニーを残し、王城へと向かっていったのだった。

 残されたアニーは、なんとも言えない不信感を抱きながらも、ただグレイブたちが戻ってくるのを待つことしかできないのであった。

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