第13話 最後の試験
「で、これが最後の試験になるわけだが……」
「フン! 剣聖の弟子だかなんだか知らねえけど、俺はそう簡単に負けねえからな!」
リリエンベルグ副団長との試験の数日後。
【魔の森】の入り口で、そう言って団長の横に立ってリーンに啖呵を切ってきたのは、リーンとさほど年恰好の変わらない、まだ青年といえるかも怪しいくらいの年頃の騎士だった。
「リーン・セルヴィニアです。よろしくお願いします」
「……ケインだ」
どこかぶっきらぼうに答える少年は、なぜかリーンに対して敵視しているような様子が見えた。
「あー、ごめんなー。コイツ、自分が最年少ソードマスターになって浮かれてたのに、同年代でしかも女の子が台頭しようとしてるから焦ってんのよ」
「焦ってねえし! うっさいですよ団長!」
どうやら、団長の言葉は図星だったらしく、ケインと名乗った騎士は顔を赤らめて必死に否定する。
「あの、最後の試験、と仰いましたが……」
リーンの記憶にある限り、まだ先日のリリエンベルグ副団長との試験しか受けた記憶がない。
一体どういうことだろうとリーンは疑問を投げかける。
「あ? やったじゃねーか。一番最初に俺と。ここにきた時に」
そう言われて、最初に団長にふっかけられて剣を交わした記憶を思い出す。
「……あれ、試験だったんですか?」
「あれが、と言うより……。俺の役割は、どっちかってーと受験者がソードマスターとしての人格や品位を兼ね備えているかってところを見るんだが」
まあ、ヒルデが弟子にしてる時点で問題ないってわかってるしなあ……、と団長が続ける。
「そんでまあ、試しに攻撃を仕掛けてみたら、返ってくる剣戟は明らかにヒルデの弟子って感じだ。ちゃんと実直に修練を積んでる証が見える」
――そんなに似てるだろうか。
今まで自分の師と比較されたことがなかったから、改めて言われるとそうなのか、と思う。
しかしリーンとしても、自分がちゃんと尊敬する師に通じるところがあるのだと言われると、悪い気はしなかった。
「無駄話はいいからさ、さっさと始めようよ」
そこに、それまで黙ってリーンの隣でやり取りを聞いていたノアが口を挟んでくる。
「お前な……。まあいい、確かに言うことに一理あるしな」
今回の試験は、【魔の森】での魔物討伐だ。
本来であれば、試験者が魔物討伐の技術も持ち得ているかを判定するものなのだが――。
「俺の方が討伐数が多ければ俺の勝ち、お前の方が多ければお前の勝ちだ!」
まあ、間違っても俺が負けることなんてないと思うけどな――!
と、ケインが不敵に笑う。
「違うだろーが! リーンに魔物討伐の力量があるか見定めるんだろ!? 討伐数じゃなく、時間内に遭遇した魔物をどれだけ適切に倒せるか見極める、それが試験内容だっつったろ!」
「だって団長ぉ! こいつ冒険者やってたんなら、そんなのできて当たり前じゃないすか!」
ちょっとくらい負荷をかけないと試験の意味ないっすよ! というのがケインの言い分らしく。
ケインの指摘にうっ、と言葉と詰まらせた団長は、リーンに向かって申し訳なさそうに言葉を続けてくる。
「確かに本当は、リーンには冒険者としての実績もあるし、この試験は無試験でパスさせてやっても良かったんだが……」
「俺だってソードマスターなんだから試験する理由はあるだろ!」
どうやらケインは、団長も副団長もちゃんと試験したのに、自分の受け持った試験だけ無試験でパスさせるのが不服だったらしい。
「こいつも、ソードマスターになって初めての試験官役だし、悪いが、まあ胸を貸すと思って付き合ってやってくれないか?」
「ふん、俺は団長や副団長と違って甘くねーから痛てっ!」
喋ってる途中で、ケインは団長にげんこつで「お前はこれ以上余計なこと言うな」と鉄拳制裁を喰らっていた。
「じゃ、まー……、王子殿下の言う通り、いつまでもぐだぐだしてねーで始めっか」
そう言って、団長がごほんと場を仕切り直す。
制限時間は3時間。
その間に、遭遇した魔物を討伐する、というのが試験内容となる。
「手伝っちゃダメだけど、着いていって見てる分にはいいんでしょ?」
にこにことノアが尋ねると「勝手にしろ」と団長が短く答えた。
その答えに、嬉しそうにリーンにまとわりついてくるノアを流していると、団長がリーンに向かってにやりと笑って告げてきた。
「よし。じゃあリーン。――最終試験開始だ」
そうして、リーンのソードマスター最終試験が始まったのだった。
◼️◼️
それからしばらく。
【魔の森】に入り、リーンが周囲の魔物の動向や植生生物を観察しながら進み続けて。
その間に遭遇した何体かの魔物を、リーンがなんなく倒し、それを見ていたケインが面白くなさそうにぼそりとつぶやいた。
「……けっ、女のくせにやるじゃねーか……いてっ!」
リーンに向かって毒づくケインが、突然声を上げる。
何かと思ってリーンが振り向くと、頭をさするケインの横で、スリッパをさっと隠すノアの動きが見えた。
「……ノア」
「え? なんのこと?」
なんで名前を呼ばれたのかわからない、と惚けようとするノアを、リーンはジロリと睨む。
「ふん! これだけ付き合えばもういいだろ。残りの時間は、どっちが強い魔物を倒せるか俺と勝負だ!」
そう言って、決まりを無視してケインがさっさと駆け出していってしまった。
「あっ、おい、バカ! アイツまた勝手に……!」
独断行動を始めてしまった部下に舌打ちし、団長はリーンとノアに向かって詫びを入れる。
「悪い。アイツには後でよーく言い聞かせるから、とりあえず追うのに付き合ってくれるか?」
「えー? あんな風紀乱すようなやつ、犬死にさせておけばいいんじゃん?」
「ノア!」
団長の言葉に、冷たく見捨てればいいと言い放つノアに向かって、リーンが嗜める。
「なにリーン」
「自国の騎士でしょう? いくらなんでも言い過ぎ」
「えー」
リーンに叱責されて不服げなノアはさておいて、リーンはそのまま団長に言葉をかける。
「彼を追いましょう。いくら腕に自信があると言っても、【魔の森】に一人は危険すぎる」
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