第11話 ソードマスター試験

「よ……、よくぞ逃げずにきましたね! 褒めて差し上げますっ!」



 翌日。

 リーンは言われた通りの時間に修練場に行くと、昨日宙を飛んできた女性が仁王立ちで待ち構えそう言った。



「私がっ! ステラ・リリエンベルグ副団長である、ですっ! く、腐った犬ども! 私が上官になった暁には……、五体満足で日の目を見れると思うなよ! ですっ!」



 少し小柄で、胸の主張の著しいステラ・リリエンベルグが、精一杯虚勢を張るように胸を張って大声で宣言する。



「おいステラ……。お前またなんか変なもんでも見たのか?」



 なんか色々変な方向で間違ってるぞ、と呻きながら出てきたのは、ディグレイス団長で。



「ひぃん……! だ、だって、団長があの方の試験を私に任せるっていうからぁ……!」

 


 気合いを入れていかないと怖くて無理ですぅ! と泣き言を喚くステラに、団長が「仕方ねえだろ」と諭す。



「俺がどうこうとかじゃなく、決まりなんだよ。お前、ウチのソードマスターなんだから」



 と。

 団長のいう通り、ソードマスター試験は、自国の騎士団に所属しているソードマスター全員の認可が必要となる。


 現在、キルキス王宮騎士団にいるソードマスターは、騎士団長のロドニー・ディグレイス、副団長のステラ・リリエンベルグ、そして、第三分隊隊長のケイン・アルバートの3人。



「ううっ……、横暴です……。なりたくてソードマスターになんてなったわけじゃないのに……」



 団長の言葉にステラが呻く。

 ステラの生家であるリリエンベルグ家は、代々王国軍の軍師を排出することで有名な名家だった。


 実際に、ステラの兄も現在王国軍に所属しており、めきめきと頭角を表しているのだが――。


 

「戦争なんて苦手だから、じゃあせめてと思って騎士団に志願したのに……。責任ある仕事なんて嫌ですうううう!」

「恨むならお前の才能を恨め。才能があるってわかった時点で、適材適所に配置するしかないんだわこっちも」



 俺だって、お前をはじめ他の部下たちの命背負しょってるんだからよ――、と。

 おそらく、割と日常的にこのやりとりをやっているだろう2人に対し、周りはもうだいぶ見慣れたような様子を見せていた。



「おら、うだうだ言ってもやることに変わりないんだから。さっさと始めるぞ。悪いな、待たせちまって」



 前半はステラに。後半はリーンたちに向かって、団長が言う。



「……リーン・セルヴィニアです」



 よろしくお願いします、と、ステラに向かって頭を下げる。



「ひっ……! ほらあ団長ー! この子、いい子ですよう! しかも可愛いし! やめましょうよう!」

「可愛いという点には異論はないけど、やめられるのは困るなあ」



 やらないでもソードマスターの認可をもらえるならまだしもねえ、とノアが口をさしはさむ。



「ほらな? 王子殿下もそう言ってんだし。さっさとやるぞ、ステラ」



 団長に押し切られ「ううう……」と嘆きながらステラは配置についた。



「じゃあ、はじめますけど……。私の出す課題は【拠点制圧】です」



 うう、やだなあ……、と言いながら。

 ようやっと重い腰をあげて、ステラがリーンに向けて課題の説明を始める。



「えー、リーンさんには、ウチの騎士団から何人か人員をお貸しします。リーンさんはそのメンバーを使って、私と部下たちの立てこもる拠点を、制圧してください」



 要するに、騎士団員を使った模擬戦をするのだ。

 今回は、リーンが攻め手、ステラが守りという設定で行うこととなった。



 割と中規模な模擬戦となるため、手狭になる修練場ではなく、騎士団が野外演習で使う小さな砦跡に移動し、そこでやることとなった。



 のだが――。



 ■■

 


「ヒィ……、ぎ、ギブギブ! ギブアップですう!」



 リーンに剣を突きつけられ、ステラが両手を挙げた状態で降参だと訴える。



「な、なんなのよもう……! 剣の腕も強くて、奇襲もうまいとか出来すぎよう……!」



 床に座り込んだステラは、差し出されたリーンの手を掴み、立ち上がるのを助けてもらいながらヒィヒィと文句を言う。



「いえ、これが演習じゃなかったら私が負けてましたよ」



 ステラの言葉に、リーンは謙遜ではなく答える。



「私の隊の残存者は私のみ。対して、副団長の隊は大将である副団長以外は全員生存してます」



 現実だったら、その後その場から生きて帰れるとは限らない。

 リーンは初期の時点で、おそらく力量的に自分がステラから完全勝利を得ることはほぼ不可能だと悟った。

 だから――、演習だからということを逆手に取り、部下を切り捨ててでも首謀者を打ち取る作戦に変えたのだ。



「これが演習じゃなくて実戦だったら、実際にこんな策は取れません。まあ、本当にどうしようもなくなったら捨て身の作戦で取るかもしれませんが」

「……」



 リーンの言葉に、ステラが不服げに押しだまる。

 ある意味、卑劣と言われても仕方がない作戦だ。

 リーンのいう通り、実践の場で迷いなく今回の策を選択するような人材には、逆に分隊を任せることはできない。

 なぜならば――、戦場には、味方同士の信頼関係が必要だからだ。

 すぐに部下を切り捨てるような人間に一分隊を任せることなど到底無理だ。

 しかし――。

 


「……己と相手の力量差を瞬時に判断し、何を犠牲にしてでも勝つための選択肢を取れた、という点においては評価はできる、だろ?」



 ステラの考えていたことを、どこからか現れた団長がステラの隣に立って代弁する。



 団長のいう通りだった。

 リーンが師匠から教わったのは――、最善、自分の身を守ることが最優先ではあるが、目標に対してどうしてもやむない時は、犠牲を払ってでも勝利を得る方法――。



「捨て身の作戦にしたって。騎士団の誇る天才軍師をいっぱい食わせたのはなかなかの見ものだったな」



 そう言って、団長がニヤリと笑った。

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