第10話 専属賢者の治癒方法
とりあえず、ディグレイス団長がリーンのソードマスター試験の受験を認めてくれたところで、今日は一旦ここまでにしようと、リーンとノアの二人は修練場を後にした。
そうして、戻る道すがら、リーンはずっと懸念していたことをノアに尋ねる。
「ノア」
「ん?」
「……治療って……、まさかあの方法でしかできないとか……」
そう言ってリーンがどことなく、
愉快そうに、ノアがリーンに向かって問い返してくる。
「あの方法って?」
「だから……!」
わかっているにも関わらず、まっすぐに答えようとしないノアにリーンは内心で歯噛みする。
(そんな破廉恥なことを、私の口から言わせるのか……?)
リーンは剣術こそ一般男子以上に腕を磨いてきたが、こういった色ごとにはとんと縁なく生きてきた。
一応、婚約者という存在はいたわけだから、まったく将来のこととかを考えないわけではなかったが、リーンにとってグレイブは、あくまでも男兄弟というか、家族に一番近しい、いずれ家族になるだろう存在みたいな位置付けだったわけで。
つまり、そういった異性に対しての経験値というものが絶対的に足りておらず。
「ごめんね、ちゃんと説明してもらえないと、俺もよくわからないな」
「それ……! 絶対わかってて言ってるでしょう……!」
あくまでもとぼける様子を崩さないノアに、リーンは強い剣幕で言い返す。
その勢いに、ノアはふっ、と笑い、
「……まあね、リーンはあのやり方は嫌なんだ?」
ノアはくすくすと楽しそうに笑いながらリーンに再び問い返す。
てっきり、もう少しこの押し問答が続くと思っていたリーンは、意外にもノアがあっさり引いたことに拍子抜けした。
「嫌、というか……」
「でも残念ながら、あれが一番効率がいい治癒方法なんだ」
特に切り傷とか外傷に関してはね、とノアが続ける。
――
己の唾液に魔力をのせて直に触れることで、格段に治癒の効果が上がるらしい。
直接触れることのできない箇所はやむを得ず間接的に治癒を施すしかないが、切り傷など粘膜があらわになるものに関しては、圧倒的にこちらの方法で治癒する方が効果が高いとノアが言う。
なるほど。
言っていることはまあ、なんとなくわからなくはない。
わからなくはないが――。
「……他の人にも、あんな方法で治療するの?」
「他の……?」
困惑した表情を浮かべながらするリーンの質問に、ノアがきょとんと首を傾ける。
そうして「ああ」と何か納得したように短くつぶやくと、
「やきもちか」
「違うしあり得ない」
ノアの言葉を、リーンはバッサリと瞬殺する。
単にリーンは、いままでノアがあの方法(直接的に表現するのが
「――もちろん、誰彼構わずあんな治療方法をとるわけないでしょ。リーンだからだよ。好きな子の体に傷は残ってほしくないし」
なんなら好きな子の治療は他のやつにさせたくないよね――と。
「言っとくけど、他の誰かに治療させたら、そいつが三日三晩腹を下して苦しむよう術をかけてやるから」
「子供か!」
ノアの発言があまりに子供じみていて、思わず突っ込んでしまう。
それが、いつものノアの軽口だと思っていたリーンは、そこでふと歩みを止めたノアに対してどうしたことかと振り返る。
「悪いけど本気だよ? 他のやつにリーンを触らせたくないし。できれば怪我なんてしないに越したことはないけど、そうもいかないだろ。だからその時は、俺が全部治す」
わかった?
と――。
ゆっくりとリーンに近づいたノアは、
そこは――、さきほどノアが傷を治したばかりの場所で。
見上げた先のノアの顔は――、知ってはいたがやっぱりとても整っていて。
その双眼に嵌め込まれた紫の瞳が吸い込まれそうなほどに綺麗だと思った。
そこに――。
ずがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!
突然、おそらく修練場の方角と思われる方向から飛来してきた何かが、通路の隣の園庭に墜落する。
「あっ……、あ……。お、お取り込み中のところ、すみません……!」
もうもうと地面から湧き上がる砂煙の向こうから、おどおどとした気弱そうな女性の声が聞こえる。
「あっ! だ、第三王子殿下! と、お嫁さん……!」
いや――、お嫁さんじゃないです――。
とリーンは心の中でツッコミを入れたが、それよりも今どういう事態なのかがわからず、ただ呆然と煙の中から現れた女性を見つめることしかできず。
「あの……、団長からの伝言です……! 明日、集団指揮試験を行うのでそのつもりで正午に修練場に来るようにと……」
それを伝えるために、飛ばされてきました! と。
文字通り空をぶっ飛ばされて飛んできた女性は「じゃあ、私はお伝えすべきことはお伝えしましたので……! あとはお二人でごゆっくり!」と逃げるように去っていった。
「……」
残された場に、静寂が満ちる。
あれが――、王宮騎士団の誇るソードマスターの1人だと知るのは、翌日の修練場でのこと。
ステラ・リリエンベルグとの出会いであった。
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