第15話 もう一つの真実

「立てるか?」

「はい……。あ、いえ。ありがとうございます」



 そう言って、団長が差し出した手を、リーンは素直に握り返す。

 う……、と、体の節々に痛みが走るのをあえて無視しながら、リーンがゆっくりと立ち上がる。



「お前……。俺が攻撃仕掛けるタイミング伺ってたのわかって隙作っただろ……」

「はい。団長ならどのタイミングで来るかなって。ずっと見てました」



 けろりと答えるリーンに、団長が呆れた様子でため息をついた。

 


「自分で倒せるだけの実力はあるだろぉ」

「だと思うんですけどね。性分ですよね」



 どうしても、対戦闘の時、敵の動きだけでなく他の人間の動きも注意してみる癖がついてしまっているリーンは、団長の動きを察した瞬間、一番早く戦闘が終わる方法を導き出してしまったのだ。

 少女の魔族が、リーンの動きだけに注視し、団長を失念してしまっていたと言うのも理由として大きかった。



 リーンが肩をはらうと、かつて少女の魔族であった塵がぽろぽろと地面に落ちてゆく。

 魔族は、死んでも体は残らない。

 ただ塵となって流れ落ちるだけで、彼らの生きた証はこの世界には残らないのだ。



「……魔族。大分扱いが慣れてんじゃねえか」

「まあ……、師匠に、大分仕込まれましたから」



 団長の言葉に、リーンはさらりと答える。

 答えはしたが、実際のところ、最初はもっとひどいものだった。

 初めて魔族と対面した時は、やっぱり震えたし恐怖もした。

 しかし、「人は経験で慣れる」とスパルタを徹底した師匠のおかげで、今では狼狽えることなく冷静に対応できるようにまでなったのだった。



「ただいまー! ってあれ、もう終わってる……」



 勢いよく戻ってきたノアとは反対に、場はすっかり落ち着きを取り戻していた。

 戻ってきたノアが目にしたのは、無傷の団長と、ところどころに傷を負ったリーンの姿で。



「あ〜、ちょっとリーン! なんでこんなに怪我してんの」

「こんなの、かすり傷でしょ」

「えぇ〜……? ちょっと団長。俺の未来の嫁、ちゃんと守ってあげてよお」

「お前な……」



 リーンの怪我を見たり、団長を責めたりと、忙しなく動くノアに、団長がうんざりと声を上げる。



「あ、でもこれで、問題なくリーンのソードマスター試験はクリアだよね? だってとはいえ、魔族を倒したもんね」

「ああ、まあな」



 団長としてもそこは異論がないので、ノアの言葉にすんなりと頷く。



「しっかし、ソードマスター試験で魔族にぶち当たるとか。相当持ってるのか持ってないのか……」

「何言ってんの。リーンが持ってないわけないじゃん」



 俺のリーンだよ? と、なぜだかノアがいつも以上にべたべたとつきまとってくる。



「それよりもノア。彼は大丈夫だったの?」



 と、リーンは先ほどノアが城まで転移させたケインの怪我を案じて、ノアに尋ねた。



「ああ、うんうん大丈夫。医務室に預けてきたけど、大事にはならなそうな感じだった」

 


 医師に預けてきたし、ちゃんと診てくれてるから大丈夫でしょ、というノアの言葉に、リーンはホッとする。

 リーンたちがたどり着いた時には、ケインの意識がなかったので心配していたのだが、とりあえず医師が診て命に別状ないと言うなら大丈夫なのだろう。

 自分の試験に付き合わせてしまったために(と言ってもケインが勝手に単独行動をしたせいでもあるのだが)、誰かが被害者になってしまったのではなくて、リーンはひとまず安心した。

 

 

「じゃ、試験も終わったことだし、さくっと帰ろうか。帰りは転移使ってもいいでしょ?」

「ああ。むしろそうしてもらえると助かる」



 と、疲れた様子でそう答えた団長の言葉を受けて、ノアはリーンと団長の肩をポンと叩くと、瞬時に二人を転移させた。

 ――そう。

 ノアはなぜか、自分は転移をせず、二人だけを先に転移させたのだ。



「さて、と」



 そう言うとノアは、パァン! と両手を打ち鳴らし、その場に残留していた魔族の少女であった塵を、元の少女の形に収束させる。


 そして、ぽっかりと空いた少女の額の空洞に、隠れていたイビルアイの瞳が吸い寄せられ、やがてぴたりと綺麗に収まる。



『ア……ナタハ……』

こすい真似をする。やられたふりをしてやり過ごすなどと」



 そう。

 先ほどリーンが倒した魔族の少女は、核であり本体である第三の瞳を、直前で別のイビルアイに擬態して逃していたのだ。


 大方、そうして復活したところで、リーン達に復讐でもするつもりだったのだろう。

 しかしそれを、ノアが見抜いて元の少女に具現化させたのだ。



「あ〜あ。せっかくリーンの勇姿が観れると思ったのにさあ」



 雑魚の撤退なんかに手を貸していたら見逃しちゃったじゃんか、と言いながら、ノアが一歩一歩少女に向かって足をすすめる。



「お前もお前だよ。咄嗟に擬態して逃す脳みそがあったのは驚きだけど。俺が戻ってくるまでもう少し持ち堪えろよ」



 そうしたら、リーンの闘ってる姿が拝めたのに、とノアが苦笑する。



「まあでも。お前のその眼、記録してるんだろ? 一部始終。それで勘弁してやるよ」



 そう言ってノアが、せっかく再び少女の額にはまった核に向かって手を伸ばす。



「マ……オ、サ、マ……」



 なぜ? と言う言葉を、少女は紡ぐことができなかった。

 その前に、ノアによって塵へと帰されてしまったからだ。



 ――ノアゼス・ザルツ・アル・キルキス。



 人として生きながら。

 魔王としての力を持つ男。



 勇者によって、滅ぼされることが運命づけられた男と。

 彼を殺すため――彼のために生まれ、彼のために生きる女。

 


 ――リーン・セルヴィニア。



 ノアは、第三の瞳が残した記録を通してリーンの戦う姿を見て、心ときめかせる。



 ――ああ。



 彼女がいつか、自分ノアの事を殺すこともできないほどに深く、深く深く好きになって。

 それから、自分の正体しんじつを知ったとしたら。

 一体、どれほどに――どんな表情で、その顔を歪ませてくれるだろうか。


 

 その時のことを想像しただけで、ノアの口角は我知らず上がり、美しく弧を描く。

 

 

 そして彼は。

 その日のためだけに今。



 ――リーンのそばで、愛を囁いているのだった。

 



 ■■



 

「ただいまー。リーン?」



 コンコン、と。

 ノアが王城内のリーンの部屋をノックする。

 その音に、すかさず室内からトタトタッと足音が聞こえたかと思うと、ガチャリ! と勢いよくドアが開けられる。



「『ただいま』じゃないでしょうが! 転移してもらって、気づいたらノアだけいないってどういうことなの!?」



 ドアを開けると同時に、リーンがノアに向かって責め立てる。



 【魔の森】で、あの少女の魔族を倒して、ノアに転移させてもらった後。

 ノアに転移させてもらったディグレイス団長とリーンは、王城に現れるやいなや、その場に団長と自分の二人しかいなかったことに、一体何が起こったのかと思ったのだ。



「心配した?」

「……!」



 余裕ぶった笑みでこちらに問い返してくるノアに、リーンはぐっと言葉を詰まらせる。



 ――心配は――、した。

 ディグレイス団長に、「あいつのことだから、まあそのうちひょっこり帰ってくるさ」とは言われたが、それでも実際に姿を見るまではやはりどこか不安は拭えずに。


 しかし、こうして面と向かって余裕綽々の表情で「心配した?」と言われると――。

 なんだろう。

 素直に心配した、と答えるのは……、なんだか癪に触る気がした。

 

 

「……別に。私のせいで、王族に害を与えてしまったのではないかと思っただけだ」

「……ふぅん?」



 ふん、とそっけなく答えるリーンに、にやにやとどこか意地の悪い笑みを浮かべながら、ノアがリーンの顔を覗き込む。



「……なに」

「いや? ほら、早く部屋に入って」

「え、なんで」

「治療。怪我してんでしょ」



 言いながら、ノアがリーンをぐいぐいと室内へ押し込んでいく。



「治療なら……」



 さっき医務室でしてもらったけど、と言おうとしたリーンに。



「ちゃんと、他の術者に治療はさせなかったんだな」



 ふっ、と笑って、どさりとリーンを寝台に押し倒す。

 そのままノアはリーンにのし掛かり、どこか色気のある薄笑いを浮かべながら彼女を見下ろした。



(だってそれは……! 他の術者に治癒させたら、容赦しないってノアが言うからで……!)



「なっ! ちょっ……!」



 そう言ってリーンが止める間も無く、ノアはなにか魔術を使って巻かれた包帯をあっという間に切り落とし、現れでてきた傷口に口付けていく。



「んぅっ……!」



 左肩の後ろの辺りを、ぬるりとした生暖かい感触がゆっくりとなぞっていく。



「やっ……、んっ……」



 ぞわりとした感覚が、リーンの身体中を駆け巡る。

 それは――、急激に傷が癒えようとする際の痛みと――快感にも似た疼きだ。

 かつて感じたことにない感覚に戸惑い、逃げようともがくリーンを、ノアが強い力で押さえつける。



「っはぁ……っ」



 ただ、治療をされているだけなのに、我知らず息も絶え絶えになる。

 そうして――、腕についた細かい擦り傷を舐めながら癒した先に、ノアが向かうのは。



「そ、そこもやるの?」



 リーンの、室内着のハーフパンツから覗く――、右足の太ももの包帯。



「当たり前だろ」



 そう言って艶然と笑い、ノアは無情にもリーンの質問を肯定する。

 そうして、またしても彼が触れた先からはらりと包帯が切れて解け落ち。

 あっという間にリーンの太ももの傷口が露わになった。

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