第42話 対価

 ”代償”との戦いが終わり。

 

 

 リーンがほっと息をついたところに、レナードたちが慌てた様子で駆けつけてきた。

 先ほどの戦いの最中、ノアによって他の村人たちと一緒に転移させられたレナードたちは、まだリーンたちが魔族と戦っていると思って急いでやってきてくれたのだった。


 

 戻ってきたレナードは「……は? もう終わった!? 嘘だろ!?」と驚愕の声を上げたが、結局その場では深く問い詰めてくることはせず、まだ混乱の最中にある村人たちの事後処理を率先して進めてくれた。


 

 村人たちの中に特に怪我人や死人は出てはいなかったが、どちらかと言うと魔族によって魔物にされてしまったことへの精神的外傷トラウマを抱いてしまった者が多く、それに関しては今後マルベイユ騎士団へ人材派遣を要請し対応してもらった方がいいと言う話になった。


 

 ――そして、グレイブとアニーについてだが。


 

 この二人については、先に目を覚ましたアニーがこっそりと逃げ出そうとしているところをレナードが見つけ、捕まえてくれたのだそうで。

 後から目を覚ましたグレイブは、ただ黙って意気消沈して塞ぎ込むだけで、レナードが一応念の為にと縄で縛ろうとした時も、大人しく捕らえられたらしい。



 そんなアニーとグレイブの前に案内されたリーンたちだったが。

 リーンが特にかける言葉もなく黙り尽くしていると、仕方ないと言わんばかりの様子でノアが二人の前に進み出て、一体いつ考えていたのか――二人に対する処遇をつらつらと述べ出した。



「えーと。お前らに対する処遇だけど。こっちは王族に対する不敬罪と誘拐罪で牢屋行きな。こっちの方は借金返済のために労働階級行きかな」



 残りの人生かけて罪を償うのがんばってね――、と。

 ノアの手の一振りによって転移された二人は、その後キルキス国内で処罰されることとなったのだそうだ。



 その際、ノアが本当に王族で、しかも第三王子だったということを知ったアニーは、牢屋で一人暴れ散らしたらしいのだが――。

 それはまた、別の話だ。



 ■■



「それで、お前らはこれからどうするんだよ」



 その後、リーンからある程度の事情を聞かされたレナードは、再び村の食堂で集まった面々の前でリーンとノアに尋ねた。



「帰って籍を入れる?」

「……ノアは黙ってて」


 

 そう言って、隣に座るリーンに寄り添うようにぴたりと身を寄せてくるノアを、リーンはぐいっと押し返す。

 それでも諦めず、ノアが「えー」と言いながら力づくでリーンにくっつこうとするので、結局諦めたリーンはノアにしなだれかかられたままでレナードの問いに答えた。

 

 

「……できれば私は、魔王はもういないって、公表できたらと思っているんだけど」



 そうそれは――、ノアから『実際のところ魔王はもう存在していない』という事実を聞かされた時に思い立ち、リーンが胸の内にもやもやと抱えていたことだった。

 

 これまでリーンは、勇者という立場を与えられたことで人生を振り回されてきた人たちを何人も見てきた。

 グレイブもそうだし、レナードたちもそうだ。

 そして、まだ見ぬ他の勇者たちの中にも、そういった被害者がいるのではないかと思うと――。

 はっきりと、『もう魔王は存在しないのだ』と言うことを、世に知らしめた方がいいのではないかと考えるようになっていた。


 そうすれば、レナードたちも普通の冒険者に戻ることができるし、他に神託を受けている勇者たちも各々の暮らしに戻ることができる。


 魔王を倒すという責任を負わなくても良くなるのだ。

 まして、実際にいないのだから、文字通り終わらない戦いにしかならない。


 

 レナードには既に(ノアが魔王だったという事実は伏せて)、”代償”との戦いの最中に、本当はもう魔王は存在していないと言う話を聞いたと伝えている。



 伝えた上で「それは、リーンがそのことを世間に公表するってことか?」とレナードが尋ねてくる。



 リーンは他にいないのならばそうするしかないと考えていたが、果たしてただの――ソードマスターの資格をとったとは言え――しがない剣士の言うことを、信じてくれる人がどこまでいるだろうという不安はあった。



 そこに。



「俺が言うよ」



 と。

 リーンにしなだれかかったままのノアが、それまでのふざけていた表情ではなく、どこか憂いを帯びたような顔でそう言った。



「リーンにやらせて、悪目立ちさせる方が不本意だし。俺なら立場的にも適任だろ」



 ――確かに本人のいう通り。

 なんといってもノアはキルキス王国の第三王子だし、国から勇者査定という役割を負わされていた立場でもある。

 それに、公表するとなるとキルキスだけの話ではなく、諸外国とのすり合わせも当然必要になるわけで。


 

 リーンとしても、口に出して言えはしなかったが、できればそうしてもらえると助かるのになと思っていたことをまさかの本人から言い出してもらえたので、驚きつつも喜びの混じった声でノアに問いかける。



「え……、い、いいの?」

「もちろん。可愛い奥さんの頼みを聞くのが、できる男ってもんだろ?」



 そう言って、ノアがことさらにニコニコとリーンに笑いかけてくる。

 しかも、今にも鼻と鼻が触れそうな至近距離で。

 その笑みに――、なにか嫌な予感を覚えたリーンは、思わず目の前のノアに尋ねる。



「その……、さっきから、籍とか奥さんとか」



 いつもの軽い調子で言っているようにも見えるが、どこか聞き流せない何かを纏っているのは何故なのだろう――?

 そう思いながらおそるおそるノアを見つめるリーンに、問われた男はにんまりと答えた。



「だって、約束したじゃないか。俺の気の済むようにしていいって」

「あ、あれは――!」



 あれは、私に恨みがあるなら、って意味で――!

 と、あの過去の記憶を見せられていた時の空間でのやりとりを思い出し、リーンはぼっと顔を赤らめる。



「――言っただろ? ……リーンのこと、めちゃくちゃにしていいって」



 そう言いながら、ノアがリーンの体に触れようとする手つきはどこか怪しく――。



「気の済むようにしていいって言っただけで、メチャクチャにしていいとは言ってない!」

「気の済むようにしていいってことは結局そういうことじゃないか」



 と、とうとうレナードたちの目の前で、リーンとノアの二人は痴話喧嘩よろしく、益体もない言い争いを始めたのだった。

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