第41話 代償

 ドン! ドン!



 ”代償”の進行方向を追いながら、リーンは相手に向かって弾丸を放つ。

 対して、反撃してくる”代償”の放つ真空波のような魔術が、ぱしゅりとリーンの脇腹を掠めていく。

 しかし、傷を負うことを厭わずに前進するリーンは逆に、”代償”との距離を詰め、一気にとどめを刺すべく追い詰める――!



 そこに。



 パチリ!



 と、”代償”が指を鳴らすと、それまで誰も存在しなかった”代償”の目の前の空間に、人が現れる。



「ひ……、ひいぃっ!」



 突然、戦場に転移させられて来たどこかの村人は、リーンが斬りつけてくるのを目の当たりにして思わず両腕で身構える。



「くっ……!」



 すんでのところでそれを踏みとどまったリーンに、”代償”が更なる応酬を仕掛けてくる。



「魔の債権、回収!」



 ”代償”が叫ぶと同時に、リーンの目の前にいた人間が、みるみる魔物へと姿を変化させる。



「あっ……」



 村人だったものへの攻撃を避けるために、受身を取りながら地面を転がるリーンに、魔物化した村人の鉤爪が襲い掛かる。

 そこに――。



「危ないでしょ。なにうっかりしてんの」



 そう言って。

 ノアがすんでのところでリーンを転移させる。



「ありがと」

「いーえー」



 立ち上がりながらノアに礼を言うリーンに”代償”が抗議の声を上げる。



「なぜ……! なぜその女なのです!? そんな、貧相な人間の女に……!」

「知りたいか? これが俺の、未来の嫁だからな」



 問われた方のノアは、相変わらずおちょくった様子で答える。



「ノアみたいな隠し事ばかりの男の嫁とか、冗談にも程がある……!」

「ええ? 少しくらいミステリアスな方が魅力的だってよく聞くけど」



 それに、リーンだってそんな俺のことが好きなんでしょ――、と。

 平然と、にこにこと軽口を叩いてくるので。



「それに関しては、これが終わったらじっくり話し合わせてもらう必要があると思う!」



 そう言ってリーンは再び、”代償”に向かって視線を戻す。



「はっ――、人間ごときが、僕を倒そうって言うの?」

「倒さないわけにはいかないでしょう。和解ができないなら」



 きっ、とリーンは”代償”を見据えながら、戦いの最中に思いついたことを実行に移す。



「――変われ」



 リーンがその言葉を告げた瞬間。

 ”代償”に転移させられ、魔物化していた村人が人の形を取り戻す。

 それと同時に、”代償”が、がくりを地面に膝をつく。



「ぐっ……」



 何かを吐き出すような、しかし形にならずに消えたような音を放ち、”代償”が苦しげに息を吐く。



「――どっちが規格外なんだか」



 背後で、ノアがそうつぶやくのが聞こえた。



「は……? お前、僕の格を落としただと……!?」



 魔族には、魔族内部で決められていた【格】と呼ばれるものが存在していた。

 それは、人間社会でいう貴族社会に似た階級制度のようなもので、区分けは純粋に力の強さによって区分される。

 頂点に立つのが【魔王】――、その下に、公爵、侯爵、伯爵――と続くように。

 ”代償”の名を冠する目の前の魔族は、その中でも頂点の公爵位――魔族の中でも6人しかいない、六魔公と呼ばれる存在だった。



 しかしそれが今。

 リーンの力によって、爵位なしの格下まで位を下げられてしまったのだ。



「こんなの……、ありえない! 反則じゃないか!」



 こんな離れ業――!

 絶望にも似た悲鳴を、”代償”が上げる。


 ここまで力を落とされると、【魔の債権】の行使はおろか、転移すら使えない。



 ドォン!



 驚愕に震える”代償”の右足を、リーンの放った弾丸が打ち抜く。



「終わりだ――、”代償”」



 そう言うとリーンは、”代償”の左胸――心臓のある場所を、手に持った剣で正確に貫いた。



「バカ……な……」



 最後にそう言い残し。

 ”代償”であったものの体が、がくりと地面に倒れ伏した。


 

 そう――、その体は塵とならずに、人の形を保ったまま。



「…………」



 ”代償”だったものを見下ろしながら、何かを堪えるように一人たたずむリーンのそばに、もはや慣れすぎてしまった男の気配が近づく。



「……なんで最後、こいつを人間にしたんだ?」



 あとはとどめを刺すだけで。

 別に人間にする必要なんてなかったのに――と、ノアがリーンに尋ねる。



「……昔。魔族は死んでも輪廻がないって聞いたから」



 そうつぶやくリーンの表情は、ノアの立っている場所からは見えない。



「ふうん」



 それで本当に、魔族が輪廻の巡りに入れるのかまで、リーンは知らない。

 そのことがいいことなのかさえも。

 それでも。

 こうしてただ、誰かに殺され、塵となって消えるだけの命で終えるよりは、いいんじゃないかと思っただけで。



「馬鹿だな」



 そんなリーンに、ノアはただ一言、そうつぶやく。

 それだけのために、リーンがという重荷を背負うことはないのに、と。

 口に出して言われたわけではないけど、その言葉で。

 きっとノアにはリーンが感じていることはばれているのだろうなと思った。



 リーンの気持ちが落ち着くまで、ノアは何をするでもなく、黙ってその場で付き添ってくれた。



 こうして――、マルベイユで起こった魔物の襲撃事件(真実は魔族による人間の魔物化事件だったのだが)は解決したのだった。

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