第34話 一方その頃、グレイブは

 グレイブの振るった剣――勇猛の剣ヴィクトリアンソードが、迫ってきていた獣型の魔物を一刀両断する。



「……っは、これが、僕の力……?」



 グレイブは信じられないように自分の両手と剣を見比べると、それから嬉しそうに後方で一緒に戦ってくれていたアニーに向かって声を掛ける。



「どうだ!? 見たかアニー!?」



 問われたアニーも、今までとは全く見違えるようなグレイブの剣裁きに素直に賞賛の言葉をかけた。



「ええ、すごいじゃないグレイブ!」

「これならもしかして、僕ら二人でもやっていけるんじゃないか!?」



 自信に満ちた様子でそう告げてくるグレイブに、アニーは内心で「はぁっ?」と思いながらも、その内心がなるべく面にでないよう鉄の自制心で笑顔を作り、「ダメよグレイブ」となるべくきつい言い方にならないように気をつけながら言葉を返す。



「え、そうかな……」

「そうよ。確かにあなたが強くなったのは認めるけど。私たちにはやっぱり、リーンが必要だと思うわ?」



 ね? と。

 アニーは慎重に、グレイブが納得するよう言葉を選ぶ。

 ここでグレイブに、リーンはやっぱり必要なかったと思われてしまうと困るのだ。

 アニーにとっての目的はリーンではなくその隣にいるノアなのだが、グレイブに『リーンを目指す必要はない』と言われてしまうと、そこへ到達できなくなってしまう。



「うん、まあそうか……。君がそういうなら間違いないな」



 そう言ってアニーの言葉を素直に聞き入れるグレイブに、アニーはグレイブが単純なお陰で助かった……と思いながら、「ええ。ほら、早く行きましょう」とグレイブを促した。


 

 追跡装置でリーンたちの動きを追っているアニーだったが、少し前までは馬車で移動していたと思われた移動速度が、ここ数日で急に速度を緩めたのを確認していた。

 おそらく、なにか依頼でも受けたために、徒歩での移動が多くなった可能性が高いとアニーは思った。だから。

 


 追いつくなら今だ。



 ここに来るまでも、アニーは泣く泣くなけなしの装飾品や売れるアイテムを売って、移動代に変えていた。

 ケチるべきところを間違えて、目的を果たせなかったら意味がないと思ったからだ。

 これで追いつけなければ本当に終わりだ。

 追跡装置が示す場所を目指して、グレイブを引きずってひたすらに進み続けた。



 そして――。



「いた……!」



 小さな村の宿屋の食堂で、見知らぬ冒険者たちと食事をしているノアを見つけた。



「でも、リーンがいないな……」

「部屋で休憩でもしてるんじゃない?」



 アニーにとってはリーンなどもはやどうでも良かったが、グレイブにはリーンを追うという名目でここまで連れてきたので、無下にもできず適当に答える。



「とりあえず、出てくるのを待ちましょう」

「え? 中に話に行かないのか?」



 外で待ち伏せをしようと提案するアニーに、グレイブがそのまま話をしに行けばいいじゃないかときょとんと問い返してくる。

 その言葉と態度に、アニーは内心で舌打ちをし「ノアから攻めるのは得策じゃないわ。リーンを説得しないと」ともっともらしく返す。


 

「なるほど……」と素直に感心するグレイブだったが、なんでそんなことも考えられないのかとアニーはいらいらする。

 この前の宿屋でのノアとのやりとりを知らないのは仕方がないとしても、今までしてきたノアとのやりとりを思い起こしたって、どう考えても一筋縄でいくタイプじゃないのはわかるだろうに。

 真っ向からノアに話しかけに行っても「あんた誰?」と言われて追い返されるのが関の山だ。



 ――だから、直接ノアに会いにいくなんてことはせず、物陰からこの【忘却の矢】で射抜いて仕留める。


 

 もらった時は、惚れ薬というのに薬じゃなくて弓矢なのかと思ったが、今考えてみると逆にこれでよかった。

 あの警戒心の強そうなノアが、アニーたちが渡したものを口にする姿が全く想像もできなかったからだ。

 いや、そもそもアニーたちが近づいただけで警戒されそうなことを考えると、こうやって弓矢で不意打ちできた方が成功率が高そうにも思えた。



 だからアニーは、グレイブを説得して食堂の外から様子を伺い、出てきたところを狙い撃ちしようという作戦をとることにした。



「アニー……、お腹がすいたよ……」

「しっ……! 辛抱して。もう少しの我慢よ」



 弱音を吐くグレイブを小声で黙らせ、物陰に隠れながらじりじりと時が来るのを待った。

 【忘却の矢】はアニーが握っていた。

 あくまでも、表向きにはグレイブがリーンを説得して仲間に戻らせる、という作戦だったからだ。

 【忘却の矢】を使うのは、リーンがどうしてもうんと言わなかった時。

 だから、その時まで弓矢はアニーが預かっておくという話になっていたのだが――。



「――動いた!」



 食事を終えた様子のノアたちが、席を立ち上がり店の出口へと向かって進み出した。



「行くわよ、グレイブ」

「あ、ああ」



 ノアの行く先を先回りしようとグレイブを促し動き出す。

 どうやら、食堂の裏手から宿屋に繋がる小道に出られるようだった。

 食堂のある建物と宿は別棟になっていて、それらをつなぐ小道があるのをアニーは見つけた。



「――来た!」



 食堂の裏口から、ノアたちが出てくる。



 もう少し……、まだ……。



 ゆっくりと歩くノアの姿を追いながら、アニーは焦燥する気持ちをグッとこらえながらタイミングを伺う。



「ノア!」



 どこからか、リーンの声が聞こえた瞬間。



 ――だ。



 その瞬間を掴んだアニーは、迷いなく【忘却の矢】を構え、ノアに向かって一直線に矢を放つ。



 果たして。

 アニーのコントロールが優れていたのか。

【忘却の矢】の持つ力で標的に吸い寄せられていったためか。



 アニーが放った矢は、真っ直ぐに違わず、ノアの背中を撃ち抜いたのだった。

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