第31話 母娘再会

※前回までのあらすじ


過去に一族を虐殺された少女、シャロン。

旅の末、ついに復讐の相手マリアンヌと相対す。


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 シャロンはルミナと別れたあと、仮面の女デュードと共にマリアンヌのいる部屋を目指していた。

 やがて目当ての部屋の前まで着いたところで、突然デュードに腕を掴まれる。


「忠告するのだ。僕の異能は『ドゥーダ』なのだ。触れた相手を、問答無用で殺せる」


「……」


「許されるのは会話だけなのだ。少しでもおかしな真似をしたら、お前は死ぬのだ」


「……ひとつ、お願いがあるのですが」


「?」


「私は特異体質でして、感情が高ぶると体に変化が生じます。そればっかりは生理現象ですので、どうかご容赦ください」


「変化?」


「一段階目は、痣が全身に回り、目が赤くなります。二段階目は髪が銀色に変わります」


「わかったのだ」


 シャロンの嘘である。

 髪が銀色に変色するのは、聖引魔法完了の証。

 疑似聖女になった姿である。


 デュードは信じた。これで、こっそり聖引魔法を発動してもバレることはない。

 彼女が異能を使用する前に、余裕で洗脳できる。


「ところで、リーダーは?」


「答える義務はないのだ」


「そうですか」


 ドアノブに手をかける。

 この先に、いる。

 母が。マリアンヌが。


 開ける。

 その先にいる女性と、目があった。


「……シャロン?」


「母さん……」


 シャロンの瞳に映ったのは、異様な光景であった。

 机に置かれている、礼拝用の小型の女神像。

 その前に飾られた、一枚の拙い絵。

 かつて幼いシャロンが描いた、家族の絵だ。

 自分と、母と、父がニコニコと笑っている。


 そして、なによりも不気味なのは、涙を流しているマリアンヌの姿。

 指まで組んで、神に祈っていたのだろうか。


「あぁ、シャロンなのね……」


 一瞬、理解し難い現実に、シャロンは顔をしかめた。


 おかしい。そんなはずがない。

 嘲笑われると思っていた。

 見下されると思っていた。


 なのに、目の前にいる女性は、たしかにーー。


「よかった。生きていていのね」


 シャロンとの再会に歓喜していたのだ。

 あまりにも予想外の出来事に、シャロンの思考が停止した。


「あの子のパーティーにもいたのよね。ごめんなさい、気づかなくて」


「……」


「無事でよかった」


「違う、小賢しい芝居はやめろ!! あなたはそんな人じゃない!! 平気で家族を裏切って、大勢の人を殺して、魔族を忌み嫌う悪魔のはずだ!!」


「えぇ、間違ってないわ。私は魔族を嫌悪している。でも、私を狙う暗殺者がいると報告されたとき、確信したのよ。きっとあなただって」


「な、なんで……」


「だって今日は、あなたの誕生日じゃない」


「……は?」


 間違っていない。

 シャロンですら忘れていた。

 紛れもなく、今日はシャロンの誕生日であった。


「毎年この日は、この日だけは、誰にも邪魔されずに、気づかれずに、あなたのことを祈っていたわ」


「かあ……さん……」


「祈りが通じたのよ。こうして神が巡り合わせてくれたのよ。私のシャロン」


 呼吸が荒くなる。

 心臓がバクバクと強く鼓動する。


 意味がわからない。

 こいつは何者だ。

 マリアンヌではないのか。


 虐殺聖女ではないのか!!


「ふ、ふざけるな……」


 背中の痣がシャロンの全身に回る。

 真っ赤な瞳で、マリアンヌを睨みつける。


「なにが誕生日だ!! なにが神の巡り合わせだ!! あなたは父さんを殺した。家出をしたあなたの面倒を見てくれた、カフノーチ族のみんなも!! そんな人間が、なにをいまさら!! ふざけるな、ふざけるなよ!!」


「でも、あなたは生きている」


「なにを……」


「あなたは、運良く逃げ切ったと思っているのでしょう。そんなわけがない。スヴァルトピレンが、無力な子供を逃すわけがない。そう、指示したのよ。確かに私は裏切ったわ。魔族は嫌いでも、カフノーチ族だけは別。愛してしまった。後悔はなかった。けれど、殺すしかなかった」


 マリアンヌが流す涙が、ボロボロとカーペットを濡らす。


「それでも、あなただけは殺せなかったのよ!!」


「あ……う……」


 嘘の涙ではない。

 嘘をつく理由がない。

 ならば真実?


 拳に力が入る。

 一〇年間、ずっと胸に蓄積していた怒りと憎しみ。

 それを、ようやく発散できると思っていたのに。


 虐殺には理由があったのか。

 彼女は、本当に自分を愛していたのか。


 わからない。

 どうすればいい。


 この憎悪を、どこに向ければいい。


「し、信じない……。信じない!!」


「だけど、シャロン」


「喋るな!! 本性を晒せ!! 侮蔑しろ!! 貶せ!! 醜い心を私にぶつけてみろ!!」


「シャロン……」


「うわあああああああああああ!!!!!!」

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