プロローグ2 魔神覚醒

「誰だ!!」


 神父様が扉を開けました。

 唖然としている私を見るなり、舌打ちをします。


「てめーらが騒ぐから起きちまったじゃねーかよ」


 ノモちゃんたちは目隠しと猿ぐつわをされて、両腕までも縛られていました。

 いま、私の眼前で何が起こっているのか。

 目の前の現実を否定するよりも早く、私の中ですべてが繋がりました。


 女の子たちに元気がなかったのも、神父様がその件をあしらったのも。


 ぜんぶが、一つに。


「なんですか、これ……」


「ムクロ、これはな」


「騙していたんですか……私を騙していたんですかっ!!」


 男だから劣情を抱いてしまう。

 子供たちに向けない代わりに、私に向ける。

 そういう了解だったはずなのに。


 騎士の一人が口を開きます。


「いいだろうがよ別によお。戦場じゃクソの役にも立たねえ聖女の代わりに、俺らは命がけで魔族と戦ってんだからよお!!」


「こんなの、神が許すはずがありません。ミガー様、納得できる説明をしてください!! でなければ、メールー教の本部にこの件を訴えますよ!!」


 私の恫喝を受けてもなお、神父様は顔色一つ変えませんでした。

 むしろ、私の腕を強引に引き寄せて、


「神なんかいねえんだよクソガキ」


 化け物のような形相で、私を押し倒したのです。


「くくく、本部からの聖女だからどんなもんかとビビっていたが、こんなバカな女でラッキーだったぜ、ムクロ」


「し、神父さ……」


「俺のこと、孤児を見捨てない優しい大人だと思ってただろ? アホが、ボランティアでガキを育てる大人なんか存在しねえんだよ。……金さ。孤児を引き取れば本部から金が入ってくる。金になるし、欲の発散もできる。まさに一石二鳥のビジネスなんだよ」


「そ、そんな……」


「が、もういい。どうせ近頃、本部の連中に目をつけられているからな、金目のモンもってトンズラするぜ。証拠をすべて、葬ってな」


「葬る?」


「まずはてめえだ、ムクロ」


 神父は私の頭部を掴むと、強く強く床に叩きつけました。

 何度も、何度も。


 痛みなんか、怒りなんか、悔しさなんかとっくに通り越して、真っ白になっていく。


「最期に、良い光景を見せてやるよ」









 意識が戻ったとき、私の眼前には、


「うそ……」


 無惨に刺殺された子どもたちが、山になって倒れていました。

 それだけじゃない。部屋が暑い。以上に暑い。

 赤い光が廊下から漏れています。


 宿舎が、燃やされている。


「あ……あ……」


 ノモちゃんも、他の女の子も、男の子も、誰も動かない。

 事切れて、瞳孔が開いて。


 彼らだ。

 彼らがやったのだ。


 私が、絶望するように。

 ただ証拠を焼き消すだけでなく、こんな真似を……。


「いっ」


 動けないのは私もです。

 両手足をキツく縛られていたのです。


「いや……」


 こんなの、夢だ。

 ありえない。

 信じたくない。


「いやあああああ!!!!」


 神よどうか私たちをお救いください。

 子供たちだけでもせめてお救いください。

 私は地獄に落ちてもいい。永遠に苦しんでもいい。


 この身を悪魔に売ってもいい!!


 だから、せめて、せめて、子供たちだけは。


『本当に、それがお前の望みか?』


「誰ですか!!」


 どこからか声が聞こえてきます。

 男の声。低くて、すべてを見下したような声。


『しばし観察してみれば、なんと面白い』


「神様ですか!? お願いです、どうか!!」


『はははは!!!! 神? ワシが神か。くく、あながち間違いではないな』


「私を地獄に落としてください。その代わりにどうか、どうか子供たちをお救いください」


『ほう、なんと献身的なことか。ふむ、そうだな。小娘、お前の望みを叶えてやる』


「な、なら」


『ただし、ワシに人を蘇らせる力はない』


「……」


『となれば、願いは自ずと絞られてくるな』


「そ、そんな、他に願いなんて……」


『本当か? よーく胸に手を当てて考えてみろ。掘り起こせ、お前の心の奥底にある、本心を』


 願い。

 望み。

 願望。


 私がいま、したいこと。

 しなくてはいけないこと。


『ワシの力を受け入れろ。闇の力、魔族の力、真っ黒に染まった聖女となれ』


「私は……」


『どうする? 人として騙されて、惨めに死ぬか? それとも悪の道に堕ち、欲望のままに生き、力を振るい、恐怖で他の生物を従わせる怪物となるか』


「……」


 やつらの顔が頭から離れない。

 許さない。

 許せない。


 殺す。

 殺してやる。

 この子たちが受けた苦しみを、あいつらにも。


『決まったな。……しかしキサマ、素質があるな。普通の人間なら、絶望と悲しみで泣きわめき、怒りなんぞ二の次だぞ。……さすがは、我がーー」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 教会から山を下るには、森に挟まれた長い長い一本道を通るしかない。

 荷物を積んだ馬車で逃げるなら、尚更だ。


 ヤツらはすぐに見つかった。

 というか、私に力を貸してくれた『存在』が、気を利かせて彼らの進行方向へ瞬間移動させてくれた。


 思考するまでもなく、立ちふさがる。

 荷台から顔を出したミガーの表情が、凍った。


「お前……どうして……」


「神父様、あなたの教えどおり、神はいなかったよ」


「も、燃え死んでいるはずなのに」


 馬を引いていた騎士や、荷台にいた騎士が、私に剣を向ける。

 今度こそ殺すつもりらしい。


「火傷すらしてないのか」


「火傷? あぁ、周囲の温度を下げたので。縄は、火事の炎で焼ききったけど」


「聖女の異能か。ちっ、なら刺し殺してやるよ、あのガキどもみてえにな!!」


 神はいなくても、悪魔はいる。

 私が『あの存在』から授かった私の力は、異能の強化。

 神から貰った微弱な、誰も守れないカスみたいな能力を、実用的な悪魔的能力にしてくれたのだ。


 つまりは、


「聖女如きが騎士に歯向かうなあああ!!」


「……きも」


 瞬時に血や内蔵、脳をぐつぐつと沸騰させ、爆発させることだってきるのだ。


煉炎獄氷怨贄れんえんごくひょうおんにえって言うらしいよ、いまの私の力。よくわかんないよね、ククク」


 肉と血の雨が降り注ぐ。

 残りの騎士も殺した。逆にカチコチに冷凍してやった。


 神父が悲鳴をあげる。


「ひぃぃ!!」


「な〜にビビってんだよ」


 情けない。

 腰を抜かしている。


「曲がりなりにも神父でしょ? 命を賭して悪と戦いなよ、神父さまぁ」


「お、お前、本当にムクロなのか!?」


「なんだっていいだろ。てめえは死ぬ。私が殺す。苦しめて殺す。絶対殺す。それだけだ」


「ゆ、許してくれ!! 助けてくれ!! 悪かった、俺が悪かった!! 宝はやる!! だから……」


「宝?」


「そ、そうだ!! 馬車にたんまりあるんだ!! お前は知らないだろう、あの麻袋のなかには、本部の人間すら震え上がるほどのーー」


「そんなの、お前を殺して奪えばいいじゃん」


「そ、そんな!!」


 騎士の剣を拾い、まず右肩を刺す。


「うぎゃあああああ!!!!」


「くくく」


 次に左肩。右足。左足。

 まともに動くことはできないだろう。

 もう逃げられないのだ。


「ムクロ!! 頼む……俺は、俺はあの子たちに手を出していない!! 本当だ!!」


「……」


「そういう約束だっただろ!! 俺はちゃんと我慢していた!!」


「そう、だったんですか……?」


「信じてくれるのか?」


「……嘘じゃ、ないんですよね、神父様。今度こそ、信じていいんですよね?」


「ほ、本当だ!! さ、さすがムクロ、話がわかる」


「わかりました、信じます。……だからあんたも、『私はあんたに何もしない』って、信じてくれよ」


「……くっ!!」


「ふははははは!!!! どうしたんだよ!! 信じてみろよ!!」


 人差し指だけを超高温にして、神父の額に触れた。

 ジューと、肉を焼けた音と匂いが漂う。


 ゆっくり、指先の力を強める。

 熱した棒で氷に穴を開けるように、ゆっくりと。


「ああああああ!!!! いやだああああああ!!!!!!」


「ははは、犯されるってこんな気分なんじゃないのお? 因果応報だなクソ神父!!」


 やがて脳みそにまで達した頃、神父は白目を向いてしまった。

 こうなってはいたぶるだけ無駄だ。

 派手に肉体を爆破してやる。


 もうすっかり、全身血まみれだ。


「ふふ」


 ノモちゃんの質問を思い出す。

 どうして人に優しくするのか。


 理由なんかなかった。


 でも、人を傷つけることには、理由ができそうだ。


「ふふはははははは!!!!!!」


 最高の気分だからだよ、ノモちゃん。


「皆殺しだ!! 男は、大人は、皆殺しにしてやるぞ!! はははははははは!!!!」


 止まらない。

 もっともっと殺したい。

 収まらない、殺意がどんどん溢れてくる。


 たくさん悲鳴が聞きたい!!

 これが闇の力を受け入れた代償?

 なんでもいい、どうでもいい。


 殺す殺す殺す。

 いいじゃないか。これまで散々人に優しくしてやったんだからさ。

 こんな地獄みたいな世界にいる人間なんて。


「一人残らず、殺しーー」


 瞬間、


「うっ!!」


 私は何者かに頭を強打され、気を失ってしまった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……あれ?」


 目を覚ますと、私は一本道の道中にいた。

 どうして外にいるんだろう。


「ひっ!!」


 な、なにここ。

 あちこち肉片が飛んでるし、私も血まみれじゃない。


「っつ……」


 後頭部に鈍い痛みが走る。

 誰かに殴られたのだろうか。


 周りには、誰もいない。

 いったい、なにがあったのだろう。

 まったく思い出せない。


 思い出せないのに、何故だか、無性に気分がいい。

 まるで心も身体も生まれ変わったかのように。



 遠くから複数の足音が聞こえてきた。

 街に駐在している騎士たちだった。


「いたぞ!!」


「な、なんだこれは!!」


「き、君がやったのか!!」


 私は人生で一度も嘘をついたことがない。


「さ、さあ?」


 わからない。それが事実なのだからしょうがない。


「さあだと!? ふざけやがって、キサマを逮捕する!!」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※あとがき


ファンタジーなのに技名がバチバチに漢字なのは、理由が……。

あるかもないかも。


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