第23話 祝福祭・裏(2)

 シャロンの杖から稲妻が発射される。

 轟音がパレードの騒音にかき消されながらも、確実にレクフルへートを襲う。


 電撃が過ぎ去ったあとには……塵すら残されていなかった。


「はぁ……はぁ……」


 終わった。

 跡形もなく消滅させた。

 憎き仇を、一人殺せた。


 はずだった。


「っ!!」


 極僅かに殺気を感じ、シャロンは杖を動かして、引きずられるようにその場を離れた。

 直後、彼女が横たわっていた空間が爆発する。


「きゃっ」


 爆風に吹き飛ばされ、地面を転がる。


「おー、危ない危ない」


 レクフルへートは、生きていた。

 稲妻をかわしたのだ。


「これだからカフノーチ族は油断ならねえんだ。他の魔族と違って、次から次へとめんどくせぇ魔法を使いやがる」


「くっ……」


「どうした? お得意の磁力操作を使えよ。最も、もはやお前に魔力は残っていないだろが」


「……」


「魔法はしょせん、異能の下位互換。強力な術を使える回数も決まっている」


「……」


「めんどくせえけど、キレイに爆殺してやるよ。お前と同じで、弱いくせに威勢だけは良い仲間のとこへ送ってやる」


「……どうにか、間に合いました」


「は?」


 精一杯力を振り絞り、シャロンが立ち上がる。

 レクフルへートの予測通り、シャロンにはほとんど魔力が残っていない。


 ただでさえ、磁力操作の魔法の時点で多くの魔力を使用する。

 そのうえ一撃必殺の電撃すら発動してしまえばーー。


「疑似異能を扱う連中と戦う以上、相応の魔法は用意しています」


「相応の魔法? ……まさか」


「カフノーチ族に伝わる、最上級魔法。聖なる力を吸収し、身体能力を上げる魔法……聖引魔法」


 シャロンの姿が変化して力を解放したときから、さりげなく使用していた秘奥義。


「ふん、いまさらそんなもんに頼ってどうする」


「少しずつ聖なる力を吸収するので、発動までかなり時間が掛かります。その割には、得られる恩恵は微妙。ですが、私は他のカフノーチ族と、体質が違うので、効果も違うのです」


「……」


「忌まわしいですが、血のおかげでしょうかね。発動できるようになるんですよ、私だけの異能が」


 シャロンの頬がつり上がる。

 満身創痍のはずなのに、その瞳には、勝利への確信が宿っていた。


「血だと?」


「ハーフなんです。人間とカフノーチ族のハーフ。母親が、聖女でしてね。それ故か、聖引魔法完了の際、私は一時的に聖女になれる。さしづめ、疑似聖女でしょうか」


「母が聖女……そうか、そういうことだったのか!!」


「気づきましたか。えぇ、そうです」


 シャロンの髪が、銀色に染まる。

 勇者や、あの女と同じーー。


「私の母は、聖女マリアンヌです」


 シャロンが手をかざす。

 異能を発動する。


 もう、レクフルへートは逃げられない。


「疑似聖女となった私の異能は……強制催眠ヒプノシスフォース


「しまっ」


 レクフルへートの瞳から輝きが消える。

 もはや彼の意志など存在しない。

 肉体も、思考も、すべてがシャロンの思うがままなのだ。


「ふぅ……」


 シャロンの勝利が、確定した。


「いくつか質問します」


「はい」


「この街にいるスヴァルトピレンのメンバーの名前と特徴、疑似異能を答えてください」


 淡々と、レクフルヘートは語りだした。


「エルヴ、メガネの女性。聖女であり、異能は『再生フォートプランティング』。何度でも肉体が再生します。

 ローガ、大柄な男。疑似異能は『獣召喚エレファント』。ゾウを召喚します。

 ヴレーデ、痩せ型の男。疑似異能は『虫召喚インセクト』。多彩な虫を大量に召喚し、操ります。

 デュード、顔を隠している女性。聖女であり、異能は不明です」


 顔を隠している。その特徴で、シャロンは、勇者パーティーのロンド派のスパイを連想した。

 おそらく彼女だろう。

 まさかスヴァルトピレンだとは思っていなかった。


「最後に、フォーゲル。我々の隊長で、優男です。疑似異能は不明」


「また不明ですか」


「デュードは一緒に仕事をする機会が滅多に無いので、見たことがありません。フォーゲルは、疑似異能を発動せず仕事を終わらせてしまうので、わかりません」


「そうですか。それ以外のメンバーはどこに?」


「世界各地でそれぞれ任務中です」


「わかりました。マリアンヌはどこの宿にいますか?」


「ホテル・スワンナです」


 居場所が判明しても、いまのシャロンに戦う力は残されていない。

 レクフルへートに指示を出そうにも、強制催眠の効果は三〇分。とても間に合わない。

 今日中に暗殺するのは不可能だろう。


「人を殺すのはめんどくさいんでしたね」


「はい」


「可能なら人は殺したくないんですか?」


「いえ。ただ面倒くさいだけです」


「……なぜ、スヴァルトピレンに?」


「お金のためです。家では炊事洗濯買い物、すべてを家政婦にやらせているので、毎月の支払いが高額なのです」


 裕福で不自由のない生活がしたい。

 そのために平気で人を殺す。

 なにも考えず、むしろ、めんどくさがって。


「最後の命令です」


「はい」


「死になさい」


「はい」


 レクフルへートは自分のコメカミを指差し、頭部を爆破した。


「まずは……ひとり……」


 髪と目が、もとの緑色へ戻っていく。

 全身の痣が引いていく。


「くっ……」


 肩が震える。

 無性に胸が高鳴る。


 達成感か? 罪悪感か?

 ただの殺しとはわけが違う。湧き上がる感情が違う。


「お父さん……」


 とにかくここから離れなくては。

 急ぎたいのに、足が思うように動かない。

 まっすぐ歩けない。めまいがする。


 気を抜けば眠ってしまいそうだ。


「疲れた……」


 懐から振動が走った。

 通信具だ。

 おそらく勇者からだろう。


 適当にやり過ごさなくては。


「もしもし」


『シャロン!! やっと繋がった!!』


「……ムクロさん」


『なんで私の通信無視してたの!? てかなんで勝手にいなくなったの!? いまどこ!?』


 うるさい。

 耳障りなはずなのに、ムクロの声を聞くと不思議とホッとする。

 もう、彼女に会うことはないと覚悟していたのに。


 安堵と共に止めどなく溢れる。

 甘えたい欲求。


 側にいてほしい。


 会いたい。ムクロに会いたい。

 人生で初めての仲間、友達に。


 彼女の笑顔を見て、心を落ち着かせたい。


『私たちジュナチネにいるよ。宝玉手に入れたの』


「ムクロさん」


『なに?』


「いまから言う場所で、会いましょう」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※あとがき


お、応援よろしくおねがいします……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る