第39話 ビムルミ

※三人称です



 ビムとホワイトホスの決闘から一夜開けて。


 港町ザブザブの外れにある海岸で、ルミナは通信具を持って歩いていた。

 もともとルミナは通信神具など所持していなかったが、スヴァルトピレンのヴレーデを殺害した際、こっそり盗んでいたのである。


 そして、彼を呼び出したのはーー。


「なんのようだよ、ビム」


「ルミナ……」


 真剣な面持ちの、ジムビムであった。

 二本ある木剣のうち、一本をルミナに投げる。


「俺の修行に付き合って欲しい!!」


「そんなことだろうと思ったぜ」


「頼む!! 船が出航するまでに、あいつにリベンジしたいんだ!! でないと、俺は、ムクロに合わせる顔がない!!」


「俺にメリットがないね」


「うっ……」


 本当にメリットがなかった。

 ルミナからしてみれば、ビムがどうなろうと、ムクロの監視役が誰であろうと、どうだっていいのだ。


 しかし、断るつもりなど毛頭ない。

 何故なら、強くなりたいという想いに、ルミナは共感しているから。


「良いことを教えてやるよ」


「ん?」


「あの騎士、船が出るまでになんとかしてムクロに取り入ろうとしてやがるぜ。今朝も、飯屋にいるムクロを口説いてやがった」


「あいつ……」


「まあ、ムクロは食うのに必死でまるで聞いていなかったけど」


 ちなみに今日のムクロの朝食は、カツ丼とピザと肉まんと焼き魚定食と肉うどん。あと天津飯である。

 なのに腹三分目らしい。


「あいつはしばらくこの街にいる」


「リベンジのチャンスは、いくらでもある!!」


「その通り。だがな、気をつけろよ、あいつ、魔族だぜ」


「え!? でも目は赤くなかったぞ? シャロンさんみたいにハーフなのか?」


「そこまで説明してやるつもりはないけど、とにかく、なにか良からぬ企てがあるに違いない」


「ム、ムクロはそれを……」


「知らないな。だからこそ、お前が守ってやらないとだろ」


「ルミナ……」


 ルミナが木剣を構えた。


「剣術なんて知らんが、それでも俺はお前に勝てる自信がある。絶眼も使わずにな」


「……」


「それほどまでに、普通の人間と魔族には差があるんだ。人間ってのはな、恵まれた肉体と才能を努力で磨いても、ようやく下級や中級の魔族に太刀打ちできるレベルにしかならない。しかもお前には、そのどちらもない」


「で、でも、お前と出会ったシーラ村で、デカい魔族を倒したぞ!!」


「敵の油断と幸運が重なったんだろう。そんなの、実力で勝ったとは言えないな」


「うぐっ……」


「お喋りしている時間はないぜ。今日中に俺に一発決めてみろ。じゃなきゃ、今度こそ諦めるんだな」


 ルミナの指示に、ビムはポカンと口を開けて固まってしまった。

 驚いているのである。今日中、つまり今日一日、ビムの修行に付き合ってくれることに。


「ありがとう。ルミナは小さいのに、俺より断然大人だな」


「……いいからさっさとしろよ」


 悪い魔族だったルミナにとって、感謝や褒め言葉は縁のないもの。

 耐性ゼロの精神攻撃をくらってしまい、小っ恥ずかしそうに頬を赤くした。


「行くぜ、おりゃああああ!!!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※ここからムクロの一人称です。



 本当なら、私がホワイトホスをぶっ飛ばして、ビムの手を引いて旅を続けたい。

 けど、ルミナ曰くこれは男の問題らしいから、私はじっと待つしかない。


 宿のベッドで横になり、ぼーっと天井を見上げていると、朝支度を済ませたシャロンが話しかけてきた。


「ルミナくん、結局戻ってきませんでしたね」


「夜まで修行に付き合って、そのまま同じ宿で寝たらしいよ」


「ビムくん、心配ですね。無理しないといいのですが」


「大丈夫だよ。ビムならへーきへーき。ちゃんとリベンジするって」


「ふふ、相変わらず、嘘が下手ですね、ムクロさんは。本当は凄く不安なのが伝わってきますよ」


 そうかな。

 そうかも。

 胸の内にモヤモヤがあるの、自覚できる。


「私ってそんなに嘘下手?」


「そうですね、割と」


「ふーん」


「なにか?」


 ヨイショとベッドから起き上がり、上着を羽織った。


「買い物がてら通話してくる」


「誰とですか?」


「あとごめん、ちょっとお金借りていい?」


 シャロンに財布ごとお金を貸してもらい、私は部屋を出た。


「誰と通話するんですかー!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ハゲのおじさん!!」


 二日前訪れた武器屋を訪れ、店主を呼ぶ。


「誰がハゲだ!!」


「ねえ、おじさんはどんな武器でも作れるの?」


「あ? おうよ、俺の腕は世界一だからな。工房、見てくかい?」


「見ない。あとさ、いろんな素材も加工できるんでしょ?」


「ったりめーよ。持ち主は死ぬとされている呪いの宝石と、ハンマーを組み合わせたことだってあるんだ」


「じゃあさ、これ使ってよ」


 懐から、宝玉を取り出した。

 もちろん、ケフィシアの宝玉だ。


 これで最強の剣を作って、ビムにプレゼントするのだ。


 実はずっと考えてたんだよね、宝玉をどうやって隠すか。

 私がずっと持っていてもいいけどさ、落としたり奪われたりしたら嫌じゃん?

 だから、いっそ別の形にしちゃえば、誰も宝玉だって気づかないんじゃないかなって。


「なんだこりゃ? まあいいぜ。俺に任せな」


「おぉ〜!! おじさんかっこいい!! ちなみにいくら?」


「これがどんな素材かもわからねえからな。完成後に決める」


「いいよ。ただし、もうぼったくろうとしないでね」


「わーってるよ。またあの姉ちゃんにイチャモンつけられて、街中に変な噂流されたくねえからな」


 イチャモンじゃなくて指摘でしょ。

 さては反省してないな?


 けど……うーん、他に頼める武器職人なんて知らないし、信用してみるか。





 とりあえずの依頼料と宝玉を渡して、店を出る。

 ビム、喜んでくれるかな。


 ルミナと修行してきっと強くなってるし、そこにプラスで宝玉を素材にした剣だよ?

 もう無敵になっちゃうんじゃないかな。


「へへへ、ビムのビックリする顔が目に浮かぶ」


 なんて一人で笑っていると、


「おやムクロ姫、奇遇ですね」


 ホワイトホスがまた現れた。

 しつこいやつだ。


 さすがにうんざりしてきた。


「これも神のお導き。僕たちは惹かれ合う運命なのですよ」


「そーだねー」


 めんどくさいなあ。


「明日の出港の際には、ぜひ僕を同行させてください。必ずや、魔王退治に貢献いたします」


「しなくていいよ。何度も言っているでしょ? 騎士はビムだけで充分」


「……理解できませんね。あなたも見ていたでしょう? 僕に惨敗する無様な姿を。僕は彼より強く、美しく、聡明だ。あんな足手まといの情けない劣等男子は、ムクロ姫に相応しくない」


「あんた、自分を過大評価しすぎ」


「なにを仰る。事実ではないですか」


「ううん。だってビムの方がかっこいいもん」


 ていうか、シャロンやルミナだって、ビムの方が良いって思っているよ。

 あいつはちょっぴり頼りないけど、優しくて、頑張り屋なんだから。


「ビムのリベンジ受けてみなよ。今度は絶対、あんたが負ける」


「出港まで残り二日ですよ? そんな短期間でなにが変わるんですか? あんなザコ騎士」


 こいつマジでいい加減にしろよ。

 イライラしてきた。

 一回痛い目合わせてやろうかな。





 殺すか。





 ダメだ。ダメダメ。

 こいつを倒すのはビムだもんね。

 落ち着こう。


「男として僕の方が圧倒的に勝っていると、知らしめてやりますよ」


「やればいいじゃん。それでも私は、ビムを信じてる。ばいばい」


 ホワイトホスに背を向けて、私は歩き出した。

 いつまでもこんなのと喋っていたくない。


「……そうか、そんなにあいつがいいのか」

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