第15話 知らない自分と謎の2人

 お昼前にはグーレの街に到着できた。

 小さいけれど活気のある街。老若男女のバランスもよくて、あちこちから笑い声が聞こえてくる。


「ここに、私が……」


「ムクロ、なにか思い出したか?」


「ううん。なんにも」


 でも、確実に私はこの街で生活していた。

 正確には、街の裏山にある教会で、だけど。


 とりあえず、聞き込みをしよう。

 神父が持ち出そうとした宝玉。その最後の手がかりがここにあるはずだから。

 と適当に歩いていると、


「俺は抜けるぜ」


 突然ルミナがそう告げた。


「なんで?」


「固まって探したってしょうがないだろ? お前たちは正攻法で探せばいい。俺は俺のやり方でやる」


「ルミナのやり方って?」


「ふん、騎士や女が一緒じゃできないことさ」


 そう言って、ルミナはどこかに去ってしまった。


「い、いいのかよムクロ。あいつきっと逃げるぞ」


「大丈夫だよ。パーティーから抜けるのは一時的。もし逃げるつもりなら、もっと早く逃げてたでしょ? 私達が寝ているときとか」


「そ、そっか」


 では、とシャロンが仕切り直した。


「ひとまず腹ごしらえをしつつ、ゆっくり情報収集できる場所へ行きましょう」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 てなわけで、


「ム、ムクロさん、そんなに食べ切れるんですか?」


 私たちは酒場に立ち寄り、お昼ご飯を食べることにした。

 ビムとシャロンはパンだけ頼んだけど、私はそんなんじゃ足りない。


 カレー二皿、味噌ラーメン、牛丼、麻婆豆腐、醤油ラーメン、ハンバーグ、カツ丼、蕎麦、天ぷら、シチュー、やきそば、豚骨ラーメン、親子丼。

 もちろん全部大盛り。


「食べ切れるよ。むしろ控えめ」


「えぇ……」


 シャロンが深刻そうな顔でビムに告げた。


「マズイですね。食欲旺盛なのは魔族の証。闇堕ちが進行しています」


「い、いや、ムクロは昔からこうなんすよ。家だと食費を考えて少なめですけど、外だとこうっす」


「冗談はよしてください。人間の食欲を超えています」


 二人がおしゃべりしている間に完食してしまった。

 うーん、やっぱり物足りない。


「おかわりしようかな」


「はやっ!? あれだけの量を食べたのにお腹が膨らんでいないじゃないですか!!」


「そうかな?」


「こ、これも聖女の力なのでしょうか。無限に食べれる異能」


 そうかも。

 今度はなにを食べようかと、メニューを眺めていると、


「相変わらず大食いだねえ」


 お店のおばちゃんが話しかけてきた。

 たぶん、知り合い。

 さらに来店してきたおじさんも私を見て、


「ムクロちゃんじゃないか!?」


 目を丸くしながら近づいてきた。


「心配したんだよ事件を聞いて」


「ど、ども」


「あれなんだって? 殺人容疑がかけられているんだって? ったく、そんなわけねーのにな」


 その通りと、お店のおばちゃんが同調した。


「ムクロちゃんが人殺しなんてできるわけないよ」


「にしても酷い事件だったなー」


 うーん、妙な気分。

 知らない人たちが、古い知り合いのように話しかけてくるなんて。


 ビムが問いかける。


「ムクロはこの街でどんなことをしてたんすか?」


 私も気になる。


「そりゃあもう、聖女として悩める人々に神書の教えを説いたり、相談に乗ってくれたり、時には看病や、街のイベントにも参加してくれてねえ」


「そうそう。本当に優しい子だったよ」


 小っ恥ずかしいな。

 というか、ちょっと気持ち悪い。


 私の話をしているのに、とうの私にその記憶がない。

 まるで別人の褒め言葉を当てられているような感覚。


 ぶっちゃけ、居心地が悪い。


「ごちそうさま。私、火事現場に行くね。ビムとシャロンは、街で聴き込みしててよ」


「もう行っちゃうのかい? ムクロちゃん」


「んー、また今度!!」


 慌てて店を出ると、ビムが追いかけてきた。


「大丈夫か? 顔色悪いけど」


「うん。じゃ、教会に行ってくるね」


「行ってくるねって、俺はお前の監視役だからいつも側にいないと……」


「シャロン一人に任せるわけにはいかないでしょ。んじゃ!!」


 やや強引に、私は走り出した。

 もう存在しない記憶。もう一人の私。


 あのまま会話を続けても、騙しているのと変わらない。


 だって、何も覚えてないんだから。


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 街外れの小山を登ると、たしかに全焼した教会と宿舎があった。

 木が真っ黒に焦げ、建物は倒壊し、割れた窓ガラスの破片も散らばっていた。


「ふーん」


 ぐるりと周って庭の方まで来る。

 そのときだった。


「……体操」


 ふと、脳裏に過ぎる映像。

 私と、子供たちが庭で体操をしている光景。

 これは、当時の記憶? でもそれ以外なにも思い出せない。


 私はいったいここで、どんな暮らしをしていたんだろう。


 すると、


「めんどくせえな、きっと連中は他の街に逃げてるよ」


「一つずつ可能性を消していくのが捜査の基本です」


 ボサボサ髪の男と、メガネをかけた女の人がやってきた。


 メガネの女が私に気づいた。


「おや、その赤い目、魔族ですか?」


「あ、闇堕ち聖女なの」


「闇堕ち……まさかここの殺人事件に関係している、あの? どうしてここに? てっきり逮捕されたものと」


「えーっと」


 ちゃんと嘘つかないと、またビムに叱られちゃうかな。

 苦手だけど頑張らないと。


「まだあの事件、ちゃんと捜査終わってなくて、私の闇堕ちもじょーじょーしゃくりょー? がどうので、とりあえず自由の身なの」


「ほう」


「それで、私自身事件のことよく覚えてないから、ここに戻ってきた」


「いろいろツッコミどころがありますね。普通に考えて自由になれるわけがないのですけれど」


「あの〜、それは〜」


 うーん、嘘って難しい。

 私がオタオタしていると、ボサボサ髪があくびをかました。


「なんでもいいじゃんめんどくせえ。仮に脱獄犯でも、俺らはどうこうできる立場じゃねーっしょ」


「ですが」


「それよりむしろラッキーじゃん? 現場にいた人間がいるんだからさ。……なあ闇堕ち聖女ちゃん、質問がある」


「正確には半分闇堕ち聖女ね」


 この人たち、何しに来たんだろう。

 事件の調査? それともケフィシアの宝玉探し?


「神父さあ、誰か悪い奴らとつるんでなかった?」


「悪いけど覚えてない。記憶がないの」


「ふーん」


「てか、あんたら何者?」


「俺たち? 馬の調教師」


「うま……」


「神父が逃げる時に使った馬車。その馬はさ、盗まれたもんなのよ。だから、その馬を回収するために調査してるわけ」


「へー。大変だね。野生に帰っちゃったんじゃないの?」


「ははは、だとしたらめんどくせえ」


 どんだけ面倒くさがりなんだか、こいつ。

 かたや真面目そうなメガネちゃん。かたや面倒くさがり男。


 変なコンビだ。


「ま、なにかわかったら教えてくれよ」


「うん」


 二人は山を降りて、いなくなってしまった。

 馬の調教師とか言っていたけど、徒歩で移動していたな。

 逃げた馬を追いかけるときどうするつもりだろう。


「まあいいや」


 私もそろそろ戻ろう。

 そう踵を返したとき、


「おい」


 背後から声がした。

 ルミナの声だ。


 振り返った途端、ルミナが何かを投げてきた。


「うえっ!? なに?」


「土産だ」


 お土産?

 ルミナが投げたものをよく見る。


 人だ。

 全身タトゥーまみれの男だ。

 ピクリとも動かないけど……死んでる?


「ルミナ、殺っちゃった?」


「生きてるよ。気を失っているだけだ」


「ほっ……。で、なにこいつ」


「ワルワル団のメンバー。いろいろ知ってるぜ」


「ワルワル団?」


「この辺を縄張りにしているギャングだよ。こいつは下っ端だけど。脅してる途中に失神しやがったから、連れてきた」


「なんか関係があるの?」


「まあな。実は……」


 ルミナが語り始めた、そのとき、


「おいおい、こりゃ驚いた。本当にいやがったよ」


 さっきの二人組が、いつの間にか私たちの側に立っていた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※あとがき

作中に登場する料理は、私たちの世界の料理と『偶然』にも食材や名前が一緒です。

偶然って怖いですね。

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