第19話 隊長と聖女マリアンヌ

※今回は三人称です。 

 






 ムクロたちがジュナチネに到着する少し前。

 誰も住んでいない廃墟に、一人の青年が慌てた様子でやってきた。


 黒い髪、黒い目。

 彼を出迎えるように、三人の顔が一斉に動く。

 メガネの女性、エルヴと筋肉質な男。さらにぶつぶつ独り言の激しい痩せ型の男。


 エルヴが顔をしかめた。


「遅いっ!!」


 青年の表情がぎょっと強張る。


「ご、ごめんエルヴ。これでもかなり急いだんだけど」


「なにをどう聞き間違えたらジュナチネがヌヌミネになるんですか。おかしいと思わなかったんですか? 国すら違いますよね? 私が間違っているんじゃないかって逆に不安になりましたよ!!」


「わ、悪かったよ。ははは」


「なに笑ってるんですか」


「ひぇ」


「まったく、私たちの『隊長』なんですから、しっかりしてください」


「う、うん!! いやあ、はは、でも間に合ってよかった。……さて」


 青年の顔つきが冷たく変化した。

 まるで心などない人形のように、廃墟の隅で寝転んでいる、タトゥーの男を見やった。


「こいつか」


 エルヴの胸が熱くなる。

 普段は情けないほど天然なのに、仕事が始まれば纏う空気を変える、青年のそんなところが好きだった。


「えぇ、ワルワル団のメンバーです。必要な情報は吐かせました」


「そうか。レクフルヘートは?」


「既にマリアンヌ様の護衛につきましたよ」


 独り言の激しい痩せ男が叫ぶ。


「隊長!! なぜ私に聖女マリアンヌ様を護衛させない!! こんなにも、こんなにもお会いする日を待ち侘びていたのに……」


「お前の能力は多数との戦いに向いているからだよ、ヴレーデ」


「けど!!」


「宝玉を手に入れたら、たくさん褒めてもらえるさ」


「褒め……マリアンヌ様が私を褒める……ふひ、ふひひひひひ。おぉ、我らが主たる神メールー様よ、私に歓喜なる時を迎えるチャンスをくださりありがとうございます」


 それで、と青年がエルヴに問う。


「いつ?」


「〇時に墓場です」


「わかった。取引現場に乗り込んで、さっさと終わらせよう。だいぶ時間が掛かっちゃったからな、この任務」


「おそらく全員武装していますが」


「平気だろ? 邪魔するヤツは殺していい。マリアンヌ嬢からはそれだけの報酬が提示されているし」


「了解です。……フォーゲル隊長」


 青年、フォーゲルが微笑む。

 先ほどとはまるで正反対の、柔らかく優しい笑みであった。


 こういう、子供っぽい笑顔するところも、エルヴは好きだった。


「スヴァルトピレン、出動だ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 同じ頃。


 大聖堂の側には塔が建っている。

 五階から上には宿泊用に改造された部屋があり、その一室にて、


「ママーっ!!」


 小太りの勇者が母、聖女マリアンヌに抱きついた。

 勇者と同じ銀色の髪をした美女、マリアンヌが頭を撫でる。


「おやおや、甘えん坊なんだから」


「会いたかったよーっ!!」


 その様子を、勇者パーティーのメンバーがじっと眺めていた。

 コンコンのスパイであるトリトと、おそらくロンド派のスパイである仮面の女性。

 そして、シャロン。


 魔法で髪と瞳の色を変え、名前もシャモモンと偽っているが、その胸の内にある憎悪の炎は誤魔化せない。


 殺気立ってはいけないと自分を諌めるも、漏れ出してしまう。


 とうのマリアンヌは、まったく気づいていない様子だが。


「パーティーのみなさん、息子を支えてくださりありがとう。わがままで大変でしょう? 現に、かなり人数が減っているようで」


 マリアンヌがパーティーメンバーを見渡す。

 シャロンと視線が重なる。


「……」


 マリアンヌの瞳が見開いた。

 バレたのかと、シャロンの背に嫌な汗が流れた。


「あなた、出身は?」


「グンパージです」


 極東の島国の名前である。

 とうぜん、シャロンの故郷ではない。


「そう、そうよね、その黒い髪と目は、そうだわ」


 どうやらバレなかったらしい。


 マリアンヌの気遣いに、トリトが代表して応えた。


「大変じゃないですよー。勇者様ったらめちゃくちゃかっこいいんですからー。すっかりメロメロです〜」


「ならよかったわ。まだまだ未熟なところがあるから」


「そんなことないですー」


 そんなくだらない会話を聞き流し、シャロンは壁にもたれかかっている男に視線をやった。


 明らかにシャロンを意識している、ボサボサ髪の男。

 彼の名はレクフルヘート。スヴァルトピレンのメンバーである。


「ママ、俺頑張って魔王を倒すよ」


「えぇ、あなたならきっとできるわ。魔族をすべて滅ぼし、世界に平和をもたらすのよ」


「うん!!」


「魔族なんて、いるだけで空気を汚すんだから。醜く愚かな生き物未満の存在」


 徹底的な魔族差別。

 罪なき魔族すら根絶やしにしたい願望。


 まさにメールー教ロンド派の象徴。


「そうだね、ママ」


「もう、この世には万死に値する魔族しか、いないのだから」


 マリアンヌが目を細める。


「ママ?」


「さあレクフルヘート、みなさんを宿まで送って差し上げて」


 その名を耳にした途端、シャロンは眉をひそめた。

 知っている。殺すべき人間の名前の一人だ。

 となれば、他にも数名、この街にいるかもしれない。


 虐殺を実行した連中が。


 ボサボサ髪のレクフルヘートが首を横に振る。


「俺はあなたの護衛ですので、そんなめんどくせぇこと……じゃなくて、この場から離れるわけにはいきません」


「そうですか。なら誰か、誰かいないの?」


 他の従者に案内され、シャロンたちは塔を出た。


 一回しか、マリアンヌはシャロンと目を合わせていない。

 それでも構わない。

 最期にはまた、自分を見ざるを得ないだろう。


 慎重に機会を伺うつもりだったが、もう我慢できない。

 何人かスヴァルトピレンも来ているのなら、彼らも含めてやってやる。

 今夜、絶対に、マリアンヌを殺す。

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