旅のはじまり編

第1話 ムクロちゃん、さっそく裁判?

 森で騎士たちに取り囲まれた私は、異能の発動を封じる特殊なロープで体を縛られ、馬車に乗せられた。

 メールー教の支部まで連行されるらしい。


 たぶん、殺人罪。

 朝、目が覚めた時、私は森の中にいた。

 散らばった肉片に囲まれて。


 あまりに突然の出来事の連続。

 そりゃ突然なのは当たり前。だって記憶がないのだから。


 あの肉片は、私がやったのだろうか。

 わからない。騎士たちは、そう決めつけているみたいだけど。





 私の名前はムクロ・キューリス。

 一四歳。母と妹がいて、同居はしていない。


 好きな色は赤。

 嫌いな天気は曇り。


 選ばれし聖女であり、温度を操る異能を持つ。

 メールー教第一九六九号の聖女。


 うん、覚えてる。最低限の情報は覚えてる。

 確か田舎町の教会に派遣されることになったのだ。

 孤児の面倒を見たり、迷える人々に神書の教えを説いたりする仕事。


 それで、到着して、それから……。


 思い出せない。

 私はいったい、なにをしていたんだろう。


「ついたぞ」


 メールー教の東北支部によって建設された神聖都市、キウイス。

 私の地元だ。


 街の外れにある裁判所で、私は馬車から降ろされた。


 数日は裁判所内にある留置所で待機させられるらしい。


 どうしよう。このままだと死刑になりかねない。

 聖女が死刑だなんて恥もいいとこだ。


 でも、弁護士なんて雇うお金もないし、私は無実だって確証も根拠もない。


 もんもんとした気持ちを抱えながら数日、ついに法廷が開かれた。


 弁護士はいない。

 検事側にはメールー教直属の騎士団『スピリッツ』の法務課の人間が立っている。


 中央には、あごひげが特徴的な中年の男性。

 裁判長、というか、司祭様だ。

 たしか名前は……カンカン。いやキンキンだったか。


「静寂に、それではこれより、被告ムクロ・キューリスへの教会裁判を執り行う。判決を言い渡すのはワシ、コンコン司祭が務めよう」


 コンコンだった。

 それから騎士側から捜査状況と私が犯したであろう罪をつらつらと述べた。


 どうやら、私が過ごしていた宿舎で火災があったらしい。

 しかも、引き取られていた孤児たちは刺殺されたうえ焼かれてしまったのだとか。


 犯人と思しき神父ミガーが、仲間の騎士と共に大量の金銀財宝を持って馬車で逃走。

 おそらくそこで、私に殺された。


 え、話を聞く限りだと私そんなに悪くなくない?


 コンコン司祭が口を開いた。


「なるほど。しかし殺人か……となると、擁護のしようがないな」


「ま、待ってくださいよ。神父は殺したかもしれないけど、子供たちはそいつらがやったんでしょ? むしろ私は、罪人を罰した英雄ですよ」


「発言は認められていないぞ」


「だいたい、私にあんな芸当できませんって。あ、でも、時間をかけたらできるのかな。刃物とか使って。いやいや!! してません!! してませんよ!!」


「……口の減らない聖女だ。いや、元聖女か」


「はい?」


「確かに証拠はない。この殺人事件はまだまだ捜査が足りないじゃろうな」


「え、じゃあ、なんのためにこんな……」


「今回法廷を開いたのは、別件じゃよ」


 といいますと?


「ムクロよ、闇堕ちしているじゃろ」


「…………え!?」


「それすら覚えてないのか」


「そ、そんなわけ……」


「自分の顔をよく見てみたまえ」


 警備隊が鏡を出してくれた。

 私の顔、なにか変かな。

 なにも変じゃ……あっ!!


「目が、赤い」


「魔族になった証拠じゃ。まったく、聖女が魔族に屈するなど、前代未聞じゃ」


「な、なんで!?」


「おそらく、神父による孤児殺害が関係しているのだろう」


「え、じゃあもう私、聖女じゃないんですか!? ていうか闇堕ちってバリバリ重犯罪じゃないですか。 あ!! だからこの裁判やってるのね!!」


「精神もすっかり毒されているようだ。資料によると、君は実に『お淑やか』で『礼儀正しく』、『言葉遣いにも品がある』と記載されている。なのに、実際会ってみたら……」


 そうだったっけ?

 昔の自分なんてぼんやりしていて思い出せないよ。


「普通なら死刑だろう。だが君は、普通の闇堕ちとは少し違う」


「なにがですか?」


「凶暴性が感じられないのじゃ。闇堕ちし、魔族になった人間は、力の限り暴れ回る。己の欲のまま暴走するのじゃ。しかし今の君は、混乱こそしているが、人間のように振る舞っておる。嘘もつかんしな。……おそらく、記憶障害のせいで闇堕ちのキッカケとなった怒り、憎悪、疑念といったマイナスの感情が消し飛んだせいじゃろう」


「んーと?」


「つまり、半分闇堕ち状態じゃ」


 闇堕ちに半分とかあるんだ。


「じゃあ、セーフ?」


「アウトじゃ。モロアウト。いずれ凶暴性を取り戻し、完全な魔族となるだろう。そうなれば、処刑は免れん。それに、君の家族もただでは済まん」


「なんで!?」


「闇堕ちした者の近親者も、魔族に目をつけられやすくなる確率が高いからじゃ。第二、第三の闇堕ち人間誕生の連鎖が発生してしまう。……最低でも軟禁はしなければな」


「そうなの!? やややや、ヤバいじゃん!!」


「嘆かわしい。これが聖女の成れの果てとは」


 大きなお世話だ。


「なにも、ワシは君の敵というわけではない。悲惨な事件を見る限り、闇堕ちにも情状酌量の余地がある。だから、浄化作業を命じる」


「浄化? つまり、良いことをたくさんして、私に宿った闇の力を取り除くってこと?」


「その通り」


「具体的には、どうやって?」


「そんなもん、あらゆる闇の元凶、魔王を倒すしかあるまい」


「え、ま、魔王って、魔族の王様の?」


「他にないじゃろ。『いま』の魔王は比較的大人しいが、それでも着実に領土を広げておる。まあ、この大陸はまだ平穏じゃが」


「私一人で倒すの?」


「んなわけあるかい。勇者パーティーに入るのじゃ。もうすぐメンバー選考がはじまる。勇者と共に力を合わせ、魔王を倒すしかお前に道はない」


 勇者。

 勇者ってなんだろう。


 聞いたことないな。

 騎士の身分の一つなのかな。


「よくわからないですけど、やってみます」


 処刑されたくないし。


「いいか。ワシらは君を救おうとしている。困難な道ではあろうが、正しき道へ戻るチャンスなのじゃ。絶対に勇者パーティーに入るのじゃぞ」


 なーんでそんなに押し付けてくるんだろう。

 怪しいなあ、コンコン司祭。

 だって、魔王を倒すだけでいいなら、別に私がパーティーに入らなくてもいいわけなじゃない?


「あ、発言いいですか?」


「いまさら許可を求めるのか。いいじゃろう」


「ミガー神父は金銀財宝を持って馬車で逃げたんですよね? その途中で、たぶん私に殺された。でも、私が目を覚ましたとき、馬車なんてありませんでした。馬がビビって逃げたんでしょうか? その財宝は、回収できたんですか?」


「……」


「あれ?」


 まずいこと聞いちゃったかな。


「それはまた別件。お前が気にすることではない」


「……」


「こちらからも最後に一つ尋ねる」


「はい?」


「本当に、覚えていないのだな」


「はい」


「……ならいい」





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※あとがき


応援よろしくお願いしますっ!!


↓↓

ムクロちゃんのキャラ紹介ページです。

イラスト付きです。

https://kakuyomu.jp/users/ikuiku-kaiou/news/16818023212710356021

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