第33話 大事なもの

 ビムと一緒に休んでいると、塔からルミナがやってきた。

 だいぶフラフラで、いまにも倒れてしまいそうであった。


「だ、大丈夫?」


「あぁ、殺してやったぜ。スヴァルトピレン」


 ニヤリと、いつものしたり顔を浮かべる。

 逃げてきたわけじゃないんだ。やるじゃんルミナ。

 さすが私が見込んだだけのことはある。


「お前も、力のコントロールができたみたいだな。一人で二人も倒すなんてさ」


「うーん、そうでもないかも。なんか気づいたら倒してたんだよね」


「……ったく、わけわかんねーやつ」


 座り込んだルミナに、ビムが鉄製の水筒を渡した。

 シャロンはどうしたんだろう。別行動していたのかな。

 疑問をぶつけようとしたとき、


「ム、ムクロ、あれ……」


 ビムが私の後ろを指差した。

 なんだろうと振り返ってみれば、


「うげっ」


 敵のリーダー、フォーゲルがこちらに向かって歩いてきていた。

 勇者に足止めさせていたはずなのに。


 くっそー、戦うしかないか。

 こうなったら最後までやってやる。


 ビムが剣を抜き、ルミナも立ち上がる。


「驚いたよ。まさか勇者を利用するとは」


「倒したの? あいつ」


「いや、逃げるので精一杯だった。それにしても……」


 気絶しているローガや、氷漬けになったエルヴを見やった。


「想定外だな。てっきり、君ら全員を殺し終えているだろうと思っていたのに」


「舐めんなってことよ」


「そうだね。生きてる? 二人とも」


「うん」


「エルヴの氷、溶かしてくれないか?」


「溶かしたら二人で攻撃してくるじゃん」


「しないよ、任務は終わりだ」


「へ?」


「マリアンヌ嬢の部屋に通信具を設置してあるんだ。中の様子は全部筒抜け」


「じゃあ……」


「俺たちの負けだ。報酬がきちんと支払われる保証がない以上、無駄に戦う理由はない」


 シャロン、やったんだ。

 積年の想いを晴らしたんだ。

 なんだろう、私まで感極まってる。


「頼むよ、俺たちはもう帰る」


「本当にいいの? だってそっちのメンバー殺してるんだよ、こっちは」


「散々人を殺してきたんだ。仲間を殺されて恨んだりはしないよ。それに、金にならない殺しはしない」


「冷たいね」


「自分でもそう思う」


「わかった、いいよ」


 エルヴの周囲を温めてあげる。

 一気に熱したら危ないもんね。


 私が異能を発動すると、ビムが耳打ちしてきた。


「い、いいのかムクロ。信じるのかよ」


「微妙なとこだけど、ぶっちゃけさっさといなくなってほしいんだもん」


「なんで?」


「シャロン、きっとすごく疲れてるはずでしょ? こいつらの顔見たら、まだ戦おうとするかもしれないじゃん」


「う、うーん」


 あそうだ。

 肝心なこと忘れてた。


「ねえリーダーくん」


「ん?」


「私がスヴァルトピレンに依頼することってできるの?」


「できるよ」


「じゃあさ、私たちのこと、誰にも話さないって依頼、できる?」


「いいよ、報酬は?」


「そうだな〜、今度ご飯奢るってのはどうかな」


「……ふふ、わかったそれでいい」


 いいんだ。

 ラッキー。


「そんな依頼ばっかりだったら、いいのにな」


 フォーゲルが目を細めた。

 視線を逸らして、黄昏れるように遠くを見つめている。


「マリアンヌ嬢とシャロンなる女の会話を聞いて、つくづく羨ましいと思ったよ」


「なんで?」


「大事なものがあるんだろう。お前たちだって、利益もないのにシャロンを手助けしている」


「うん」


「勇者にも好きな女がいるようだ。……なのに俺には、なにもない。好きなものも、趣味もなくて、誰かを愛したり、人を恨むことすらできない。ただ漠然と生きているだけ、求められているから隊長をやっているだけ。エルヴたちを救ってほしいのだって、今後の仕事のことを考えてのこと。そんなつまらない人間、空っぽな男だって、改めて認識した」


 だから、こいつがよくわかんなかったんだ。

 フォーゲルには中身がない。

 心とか、感情とか、あるように振る舞っているだけなんだ。


「悲しいヤツ」


「本当にね」


「イケメンなんだから、女遊びを趣味にしてみたら?」


「悪くないかも。でも女遊びってなんだろう……女をコマに見立ててチェスをするとか?」


「お〜、ネジが飛んでる」


 フォーゲルがローガを叩き起こす。

 エルヴの氷も溶けた。


「わ、私はいったい……」


「帰ろう。ヴレーデもやられた」


「た、隊長」


「何年振りかな、任務が失敗したのは。してやられたな」


「も、申し訳ございません。役に立てず」


「気にするなよ。こういうときもある。……じゃあね、半分闇堕ち聖女ちゃん」


 最後に、ニコリと私に笑みを浮かべて、フォーゲルは仲間たちと去っていった。

 とことん不思議な男だった。


 ちょっぴり、仲間にしたいかも。


「ムクロ、来たぞ!!」


 ビムの声に反応し、塔に視線を戻す。

 誰かが歩いてくる。


 銀髪で、目の赤い魔族。


「シャロンだっ!!」


 考える間もなく私は走りだした。

 全速力でダッシュして、そのままハグ!!

 よかった、無事だったんだ。


「なんかイメチェンしたね!!」


「え? あ、はい。擬似聖女の姿です」


「おぉー、カッコいい!!」


「カッコいいですか? 醜いものだと」


「カッコいいよ。さすがシャロンだね」


 手を引いて、ビムとルミナがいる方へ歩く。

 全員死ぬことなく、目的を達成したのだ。

 よかった。本当によかった。

 心がポカポカする。


「ムクロさん」


「ん?」


 不安そうに、シャロンが問いかけてきた。


「なにも、聞かないんですか? 私がマリアンヌをどうしたのか」


「聞くまでもないよ」


「え?」


「だって友達だもん」


 答えになってねーよ、とルミナにツッコまれた。

 そうかな。充分だと思うけど。

 シャロンがどんな嘘をついたって、信じ続けるよ。



 ていうか、殺さないでってのは私の我がままだしね。


「行こう、シャロン」


 シャロンは一歩も動かない。

 下を向いて、涙を流して、そして、


「はい。これからも、よろしくお願いします」


 はじめて、心からの笑顔を見せてくれた。




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※あとがき


第二章終わりです。

数日休んでから、新章に入ります。


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