第25話 作戦会議・表 ムクロパーティーの絆

「じゃあ、本当にシャロンが殺したんだね、レクフルへートを」


 お互い別れてからなにをしていたのか、なにを知ったのか、私たちは語り合った。

 話を聞いて、本当にシャロンは凄いと驚嘆してしまった。


 疑似聖女になれるんだもん。


 けど、それもこれも、すべては復讐のために身につけた力。


「はい。そちらも、スヴァルトピレンと戦ったようで」


「うん。リーダーにも会ったよ」


「どんな方でした?」


「なんか、よくわかんないヤツだった。明るくてイケメンなお兄さんっぽいけど、真ん中にポカンと穴が空いている感じだった」


「穴、ですか」


「生きた人形……違うな、まるでそこにいるのにいないみたいな、不気味なヤツ」


 それが、リーダーのフォーゲルから感じた印象。


「なるほど」


「にしても、本当によかったよ、シャロンが無事で」


 ビムがシャロンに問いかける。


「お父さんはカフノーチ族だけど、お母さんが聖女だから、聖引魔法で疑似聖女になれるってことっすよね? 魔族と結婚する聖女なんて珍しいっすね。どこの誰です?」


 数秒、シャロンが黙った。


「そうですね。ムクロさんたちには話してもいいでしょう。いえ、話します。私を、まだ仲間だと言ってくれるから……。私の母は聖女です。メールー教ロンド派の顔。聖女の中の聖女として、信者から絶大な支持を得る方」


「それって……」


「聖女マリアンヌです」


 シャロンの告白に、私は何秒か頭が真っ白になった。


「え?」


「二〇年前、家出をしたマリアンヌはカフノーチ族に助けられ、そこで私の父と恋に落ちました。やがて私が産まれて、六年後。彼女は突如としてカフノーチ族の虐殺を命じたのです」


「な、なんで!?」


「権力に目が眩んだのでしょう。実際、そのあと彼女は実家に戻り、カフノーチ族を滅ぼした功績で確固たる地位を築きました。……そのころ、ちょっとした事件があって、ロンド派はカフノーチ族を心底憎んでいましたから」


「で、でもシャロンは生きてる!!」


「えぇ、運良く逃げられました」


 そこから始まったんだ。シャロンの復讐に取り憑かれた人生が。


 マリアンヌがシャロンの母親。

 つまりシャロンは、自分のお母さんを殺そうとしているんだ。


「昔から、ヤバい人だったの? マリアンヌは」


「……いいえ」


「普通のお母さんだったんだ」


「あの頃のことは、いまでも鮮明に覚えています。忘れられるわけがありません。父はいつも私にいろんなことを教えてくれました。魔法のこと、世界のこと。そして母は……いつも私に優しくて、甘くて……」


 なのに、最終的には権力を選んで虐殺を引き起こした。

 いったい、マリアンヌに何があったんだろう。

 あれ? 待てよ……。


「もしかして、シャロン」


「はい?」


「勇者って……」


「あ、はい。一応弟です」


「えええええ!?!!?? あのクソムカつくデブがああああ!?」


「な、なんで母の正体を明かしたときより驚いているんですか」


 だ、だって、あまりにも似てないから。

 ていうかショック!! あんなのがシャロンの弟なんて大ショック!!


「選考会で彼に胸を揉まれそうになったとき、心底ゾッとしましたよ。……ん?」


 シャロンの通信具が振動した。

 誰かからの通信が届いたのだ。


「はい、もしもし」


 相手は誰だろう。

 シャロンはしばらく相槌を打つと、眉をひそめて通話を切った。


「どうしたの?」


「勇者パーティーにいる、コンコン司祭のスパイからの連絡でした」


「なんて?」


「マリアンヌは今夜までこの街、聖堂付近の塔に泊まるそうです」


「え!? だって祭りは終わったんでしょ? それに、警戒してホテルに宿泊してるはずじゃなかったの?」


「わかりません。ただ、勇者パーティーのもう一人のメンバーがスヴァルトピレンなんですけど、彼女がリーダーのフォーゲルと、そんな通話をしていたらしいのです」


 そうなんだ。


「けれど問題はこの先。いま、この街にいるスヴァルトピレン全員が、このホテルに向かっています」


「居場所がバレたの!?」


「おそらく。どうやったのかは不明ですけど」


 ビムが叫んだ。


「いますぐ街から出るっす!!」


「私は嫌です」


「な、ならせめて、別の宿に……。そうだ、人が大勢いてごちゃごちゃしているような、安い民宿に移動するっす!!」


「そんなところ、『問題に巻き込まれたくない人間』より、『問題に巻き込まれてでも金が欲しい人間』がウヨウヨしています。誰かに見られたら、金で情報を渡されますよ」


「なら……」


「これはチャンスです。ヤツらが全員で来るなら、塔に大した警備はいない」


 マリアンヌを殺すなら、いま。

 すると、


「罠だろ、どう考えても」


 眠っていたはずのルミナが、そう言い放った。


「起きてたの?」


「シャロン、お前だってわかっているはずだぜ。『お前に都合が良すぎる情報』と、『俺たちに都合の悪い情報』がいっぺんに来た。こちらの動きを操作するための罠だぜ」


 たしかに、ルミナの言う通りかも。

 でも、スヴァルトピレンはレクフルヘートを殺してマリアンヌを狙う人物と、私たちが仲間だって知らないんじゃないのかな。


 シャロンは顔を伏せたまま、苦しそうに歯を食いしばった。


「かもしれません。ですが、違うかもしれない。もう、チャンスは残されていないんです。わずかな可能性に賭けるしかない」


「珍しく焦ってるな。まあ、お前がやるっていうなら俺も手伝うさ。傷の借りを返してやりたいからな」


「一人で充分です」


「無理だね。お前が疑似聖女になったときの異能、決まれば勝ちだけど、万能じゃないんだろ? たぶん、ほぼ一対一専用の力だ」


 躊躇いがちに、シャロンは頷いた。


「さすがですね。確かに、同時に数人を洗脳することは可能ですが、実際に洗脳し、指示を出すのは一人ずつでなくてはいけません。その間のタイムラグを突かれたら、負けます」


「多くても相手にできるのは二人だな」


「えぇ」


「なら一人じゃ無理じゃん。スヴァルトピレンは確認しただけでも四人以上いる。全員に囲まれたら、一人洗脳した直後に他のやつに殺されるぜ。遠慮すんなよ」


「……どうも」


 シャロンが私を見つめてきた。

 まるで名残惜しむような、悲しい表情だった。


「ムクロさんとビムくんは、一刻も早く街から出てください」


「やだ。シャロンを放っておけないもん」


「危険です」


「危険だからこそ、シャロンとルミナだけにしたくないの。私だって、それなりに戦えるんだから」


 シャロンの目つきが変わった。

 攻撃的な、叱るときのような眼差し。


「だから、パーティーを抜けると言いたくなかったのです。ムクロさんなら、絶対に着いてきてしまうから」


「でももう、知っちゃった。シャロンを放っといて旅を続けるくらいなら、シャロンのために死んだ方がマシ!!」


「……」


 ポン、とビムが私の肩を叩いた。


「ムクロ」


「忘れてないよ、さっきの話し」


 復讐を辞めさせるべきだって話し。

 わかる。わかってる。正直少しだけ、迷ってる。


 マリアンヌとの関係を聞いたら、尚更。

 だけど。


「シャロン、一つ約束して」


「はい?」


「もし、もしもマリアンヌを殺す以外で納得できる方法があるなら、そっちをしてほしい」


「……」


「土下座させるとか、半殺しにするまで殴るとか」


「なぜ、ですか」


「だって……なんか嫌なんだよ、シャロンが親を殺すの。綺麗事だし、マリアンヌは酷いヤツだけど、シャロンには、最悪な殺しなんてしてほしくない」


 それに、たぶんだけど、確証はないけれど、マリアンヌにはカフノーチ族を殺さざるを得ないような事情があったんだと思う。

 だって恋をして、子供を産んで、シャロンを可愛がっていたお母さんだったんでしょ?


 本当に、確証はないどさ。


「最悪な殺しですか」


「きっと最悪だよ、親を殺すのは。シャロンの胸の中で、永遠に残り続ける。……シャロンは案外繊細だから、絶対に引きずる」


「……結果がどうなるか知りたくないなら、やはり街を出たほうがいいです」


「それも嫌だ!!」


「えぇ……」


 クククと、ルミナが喉を鳴らした。

 ビムまで苦笑している。


 そして、シャロンも。


「ふふっ、本当に、ムクロさんは真っ直ぐというか、融通がきかないというか、一方通行というか、正直すぎるというか」


「ごめん」


「怒っていません。そういうところに惹かれましたから。……嘘ばかりついてきた私とは、まるで正反対なところに」


「強制はしないよ。もし可能ならって話し。実際会ってみて、判断してほしい」


「えぇ、善処します」


 よかった。

 あとは。


「ビム、ビムの気持ちもちゃんとわかってる。けどやっぱり、私はシャロンに協力するよ。万が一マリアンヌが死んじゃって、私たちや家族が世界中を敵に回したらさ……そんときは、私が責任を持って歯向かうヤツら全員ぶっ飛ばす!! 完全に闇堕ちしても、守り抜く!! それじゃダメかな?」


 ビムは小さくため息をつくと、笑った。


「こうなったムクロは絶対に譲らないからなあ……わかったよ。そしたら俺も騎士を辞めて、闇堕ち人間としてメールー教と戦う。家族も守る」


「ありがとう。…………てかビムはどうするの? 一緒に塔に行くの?」


「当たり前だろ。もしものとき、誰がムクロを助けるんだ!!」


「おぉ〜、かっこいいね!!」


「ふっふっふ」


「よーし、みんなでシャロンの復讐を成功させよう!!」


 これで全員の答えは決まった。

 スヴァルトピレンがなんだってんだ。

 見せてやろう、私たちの底力。


「みなさん……」


 シャロンさんの肩が震えだす。

 ギュッと拳を握って、鼻水をすすっている。


 シャロンさんの白くて綺麗な頬を、涙が伝った。


「ありがとうございます。大好きです」


 へへへ。私だってシャロンのことが大好きだよ。

 ルミナがぼそっと呟いた。


「急いだ方がいいんじゃない?」


「そうだった」


「ムクロ、お前はここに残れよ」


「はあ!? なによいまさら」


「おそらく、スヴァルトピレンは塔でシャロンを待っている。けど、何人かはこっちに来るはずだぜ。潜伏先が割れたんだ。確認しないわけがない。戦力が分かれるわけだが、もし誰もいなかったら、塔に戻っちまう」


「つまり、足止めしろってこと?」


「そういうこと。向こうも塔とこっちで戦力をわけるんだ、合流させたくはない」


「えぇ〜」


 シャロンと一緒にいたいよ〜。

 だいたい、じっと待っているなんて無理。


 なら、とシャロンが手を上げた。


「その場合の保険をかけておきます」


「保険?」


「はい。ですので、ムクロさんは残らなくて平気ですよ」


 なんだろう、保険って。

 ホテルに来たスヴァルトピレンを足止めする罠かな。


 えっちな本を置いておくとか?




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※あとがき

次回は同時刻のスヴァルトピレンたちです。

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