第40話 出港

 私たちが乗る船は大きな遊覧船。

 これで海を渡り、別の大陸へ向かうのだ。


 世界で六つある大陸のうち、もっとも大きなズーランパ大陸。

 魔族が盛んに暴れまわっている地だ。強い魔族と戦う機会も増えるだろう。


「うおお、海、海だねえ。でっかいよビム!!」


「海岸で散々見たじゃないか」


 甲板に出て広大な海を眺める。

 波に揺れながら日光を反射した海面。

 飛び回る海鳥。


 どこまでも続く青色。


「ビム、私さ、海になりたい」


「お?」


「海みたいな人間になりたい」


「……なら俺は、空、かな」


「いいね〜!! 私は海、ビムは空!!」


「水平線の向こうで、一つになっちゃうのかな」


「ロマンティックだね!!」


「えへへ」


「あはは」


「「ハハハハ」」


 なんて大笑いしていると、シャロンとルミナもやってきた。

 荷物を部屋に置いてきたようだ。


「私たち以外にも結構お客さんがいるようですね」


 海を背にしながら他の客たちを見やる。

 カップルとか子供連れ家族とか、若い男たちとか。老夫婦とか。

 みんな自分たちの旅行に夢中になって、わいわい楽しそうに笑っている。

 けれど何故だろう。不思議と胸がザワつく。

 鳥肌が立つのだ。


「ムクロさん、改めて確認しますけど、私たちの目標は魔王退治で良いんですね?」


「うん。宝玉の力もこっちのもんだし、私たちならきっと勝てるよ。さっさと浄化して、家に帰って普通の聖女に戻る」


「普通の聖女に戻りたいんですか?」


「だってお母さんや妹に心配かけさせたくないもん」


「なるほど……ですがムクロさん……」


 え、なに。

 急に深刻な顔をして。


「一度闇堕ちした聖女は、浄化されたあと、死んでしまうのです」


「え!? あ、わかった。嘘だね。シャロンの嘘だ。さすがに今回は騙されないよ」


「……えぇ、嘘です。嘘であると思っておいたほうが、幸せですしね。……忘れてくださいこの話は」


「なにその言い方!! マジなの!?」


「……」


「そんなああ!!」


「ふふ、本当に嘘です」


「ムキーッ!! スーパーローキック!!」


「いたた、ふふ、ごめんなさい」


 許さん。許さんぞ。

 連続ローキックだ。


 私がシャロンにお仕置きしていると、ビムがルミナに問いかけた。


「魔王、ルミナのお父さんはどのくらい強いんだ? 精鋭の騎士たちでさえ、傷一つつけられなかったと聞いたことあるが」


「親父の強さ? そうだな、以前の俺なら手も足もでなかった。けど、『強いときのムクロ』と『絶眼が進化した今の俺』、『疑似聖女状態のシャロン』が揃えば、おそらく可能性はあるかもしれないな」


「俺は!?」


「戦力外だ。せめてケフィシアの力を完璧に使いこなせ」


「うぅ……」


 私たちが挑んでも、勝てる保証はないんだ。

 じゃあいざ戦うときは、勇者にも協力してもらおう。

 あいつ強いし。スヴァルトピレンのリーダーのフォーゲルだって、逃げるのがやっととか言ってたし。


 懐にある通信神具が振動した。

 誰かからの通信だ。

 たぶん、コンコン司祭だろう。


「もしもし」


『ムクロ・キューリス』


「どうしたの?」


『本当に、宝玉を持っていないんだな』


「う、うん。まだ見つかってない」


 すでに剣に変えちゃったけど。

 素直に司祭に渡そうかとも考えたけどさ、なーんか怪しんだよね、コンコン司祭って。

 裏がありそうな感じ。


『ムクロよ』


「はい?」


『ワシを侮るなよ』


「……」


 いつものコンコン司祭じゃない。

 低く、張った声じゃないけど、怒気を含んでいる。


『ワシがお前らを信じると思うか?』


「で、でも、本当に……」


『最後の警告だ。船に乗っているワシの部下に、宝玉を渡せ。でなければ、お前が守ろうとしている家族の命は保証できんぞ』


 船に、コンコン司祭の部下がいるのか。


 緊張感がビムたちにも伝わった。

 この人、やっぱり眉唾物だ。

 私の命じゃなくて、罪もない私の家族を人質にしてきた。


 そりゃ、嘘をついた私が悪いけど。


「必死だね。なんでそんなに宝玉が欲しいの?」


『お前たちは危険分子だからじゃ』


「そ、そっか」


 たしかに。

 そりゃそうか。

 半分闇堕ち聖女と魔族のパーティーだもんね。


「でもコンコン司祭さ、魔王を退治するなら絶対に宝玉の力は必要だよ。魔王を倒して、私が浄化されて、暴れん坊の魔族たちも大人しくなったら、ちゃんと返すよ」


『語るに落ちたな』


「うっ……」


『キサマの魔王退治など二の次じゃ!! 最優先で宝玉を渡せ!! 誰がキサマを救ってやったと思っておる!!』


 ムカッ!!


「じゃあ、いま海の上だから、重しをつけて海に投げるよ!! そうすれば誰の手にも渡らないでしょ? 不安なら、その部下とやらも立ち会っていいよ」


 せっかくビムにプレゼントしたけど、しょうがない。


『いいや、いますぐにこちらに渡せ。その玉は、ワシのものじゃ』


「……嫌だと言ったら?」


『全員殺す』


 通話が切れた。

 コンコン司祭が切ったんだ。


 瞬間、ルミナが叫んだ。


「伏せろ!!」


 突然、私たちに無数の矢が飛んできた。


「うわっ」


 伏せて矢を回避したあと、顔を上げれば、甲板にいたカップルが私たちを睨んでいた。


 家族連れや老夫婦が、驚いてブリッジに戻っていく。


「あんたら? コンコン司祭の部下ってのは」


 女が答える。


「私たち、だけじゃないわよ。この船には司祭様直属の精鋭騎士が乗っている。お前たちを殺すためにね」

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