第29話 ルミナ覚醒

※まえがき


今回はずっと三人称です。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 塔の五階、その廊下で、ルミナとヴレーデは睨み合っていた。


「ローガから聞いているぞ。キサマは絶眼の使い手、つまり魔王の一族であると!!」


「王子だぜ? 敬意を払えよ」


 ルミナの挑発に、ヴレーデは血管がちぎれるほどに怒りで顔面を歪めた。


「汚らわしい。空気が淀む!! 気持ち悪い魔族の中でも特に愚鈍な存在だ」


「ははは、いいね。お前みたいな人間は。殺し甲斐があるぜ」


「愚かなり!! 疑似異能発動!!」


 瞬く間に、ヴレーデの周囲に無数の虫が召喚される。

 羽が生えたもの、足が多いもの、針を持つもの。

 一見しただけで悍ましい光景に、さすがのルミナも若干引いた。


「私の虫はすべて私とリンクしている。彼らの瞳は私の目でもあるのだ。どこに隠れても無駄だぞ!!」


「隠れるかよ」


「その余裕、すぐに消してやる。行け、ヤツを殺せ!!」


 無数の虫が一斉にルミナへ接近する。

 と同時に、ルミナの赤い瞳が、紫色に変色した。


「絶眼!!」


 視界に入るすべての虫が吹っ飛んだ。

 絶眼の前に、有象無象の虫けらなど無力に等しいのだ。


 今度はルミナが距離を詰める。

 一瞬にして間合いに入り、手刀を振るう。


「ぬっ!!」


 かわされたが、ルミナの猛攻は止まらない。

 腕を、足を振るい、何度でもヴレーデを追い詰める。


 ルミナの中に浮かんでいた疑問が、確信へと変わる。

 スヴァルトピレンの連中は、聖なる力で身体能力を高めている。

 しかし、自分とそこまで大差がない。


 ローガとの戦いでは、警戒するあまり防戦一方になってしまったが。


「どうしたガリガリ野郎」


「調子に乗るな、魔族小僧!!」


「はんっ、いまさらお前に……」


 ルミナの背中と足に激痛が走る。

 ふっ飛ばしたはずの虫たちが、いつの間にか背後に回り、凶悪な針で突き刺したのだ。


「ぐっ」


「カカカ!! 馬鹿め!! 己の弱点を忘れるとは。虫どもよ、この醜い魔族を毒殺せよ!!」


 虫たちがルミナへと集まる。

 飛びついて、床から這って、ルミナの小さな肉体を真っ黒に染めていく。


「カハハハハッッ!! 死ね死ね死ねえ!! マリアンヌ様、このヴレーデめが、忌々しい魔王の息子を殺しましたぞ!!」


 次第に虫が散っていく。

 体中から毒を注入されたルミナは、床に伏してピクリとも動かなかった。


「やった!! よし、あの女を追うぞ!!」


 と、踵を返した瞬間。


「魔王の血を舐めるなよ」


「!?」


 ゆらりと、ルミナが立ち上がった。


 ありえない。虫の毒は、一滴で人間一〇〇人を殺せるほどの威力があるのだ。

 底辺魔族だって瞬殺できる。

 それを大量に注入したはずなのに……。


 理解できない光景に、ヴレーデは腰を抜かした。


「な、なぜ……」


「言っただろ? 俺は魔族の王子だぜ。生き物としての格が違うんだよ」


「う、うぅ……」


「けど、悪くない毒だったぜ。ローガに殺されかけたときに見えた絶眼の真髄に、また近づけた」


 追い詰められてこそ、魔族は真の力を発揮する。

 ムクロが、怒りの頂点に達すると覚醒するように。


「俺の絶眼は、まだまだ強くなる」


 紫色の瞳が、僅かに光を放つ。


「何度でも毒を送り込んでやる!! 殺れ虫どもよ!! 死に損ないの魔族を……あれ?」


「はは、どうした?」


「虫よ、あいつを……な、なんだ?」


「ふふははは、殺意が消えているぜ、ガリガリ」


 ヴレーデの精神に異変が生じていた。

 ルミナを殺したい。その意志が、続かない。

 大嫌いな魔族に対する敵意が、生まれては薄れていく。


「これが、新たな絶眼の力だ。これまでは『肉体』や『力』にのみ適用されていた効果が、お前の『心』にも影響を与えている。お前が抱いた殺意は、俺の目によってかき消されたのさ」


 一瞬で背後を取られてしまうと、これまでの絶眼では対応できなかった。

 だがいまの絶眼ならば、目の前の相手に闘争心が湧き上がった瞬間に、攻撃の発生を防げるのだ。


 死角からの攻撃をされる前に、それを中断させる。


 ルミナが身につけた、新たな力だ。


「そ、そんな……」


 ゆっくりと、ルミナが近づく。


「ムクロだったら、お前が魔族嫌いになった理由を聞いているだろうが、残念だけど俺はそんなもん聞く気はない」


「くっ……」


「お前は死ぬ。俺によって、問答無用で殺されるのさ。人生が終わり、意志が消え、夢も、望みも、嬉しい過去も悲しい過去もすべて消える。無に帰す。ふふ、ふははははは!!」


「し、死ぬ? この私が、低俗で醜い魔族ごときに? ありえない……私は、私はマリアンヌ様と神に忠誠を誓う神の下僕だぞ!! まだ、マリアンヌ様とお会いしてもいないのに……キサマが如きに!!」


「残念だったなあ。低俗に殺される、低俗以下の無価値な人間さんよ」


「わ、私を殺したところで、すぐに隊長が戻ってくる。そうすれば、キサマら全員終わりだ!! 地獄に落ちろ!!」


「魔族が地獄なんて恐れるかよ。……じゃあな」


 ルミナの手刀が、ヴレーデの首を跳ねた。


「ふぅ」


 戦いを終え、その場に座り込む。


「ちっ、しびれてきやがった」


 余裕そうに振る舞っていたものの、実は既に限界を迎えていた。

 いくらルミナとはいえ、あれほどの毒を食らえばただでは済まないのだ。


「当分、動けねーな。ムクロのやつ、上手くやっているといいが……。シャロンなら、まあ、どうにか……」


 徐々に意識が遠のいて、眠るように、ルミナは気を失った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※あとがき


頑張ってます。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る