第30話 フォーゲルの疑似異能

※前回までのあらすじ


ムクロたちを大聖堂の塔におびき寄せることにしたスヴァルトピレンたち。

罠と知りつつも、マリアンヌを殺すため、シャロン含めムクロたちは塔へ向かった。

各々の戦いを繰り広げるなか、スヴァルトピレンのリーダー、フォーゲルは……。


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 もし塔に向かわなかった者がいた場合、フォーゲルが始末する。

 そういう作戦であったため、当然彼は、ローガが特定した都心部のホテルに到着していた。


 全方位を警戒しながら、四階へ。

 一切足音を立てずに四〇三号室の前に立つ。


 気配を感じる。

 誰かいる。

 闇堕ち聖女か? 魔族の少年か?

 どちらでもない。闇の気配ではない。

 しかし、強大な力を持っている。


 誰だ?


(鍵が空いている……)


 扉を開ける。

 銀色の髪をした小太りの男が、ソファに座っていた。


「勇者くん……」


 マリアンヌの息子にして、神の子と持て囃される少年であった。


「見損なったぜ、フォーゲル」


「は?」


 勇者はスヴァルトピレンのメンバーと面識がある。


「よくも……よくも俺のトリトを!!」


「トリト? 誰だっけ?」


 勇者は立ち上がると、ぐぐっと拳を握ってフォーゲルを睨んだ。


「とぼけんじゃねえ!! 俺のパーティーの大事な仲間だ!! 俺と相思相愛で、時々厳しいところもあるけれど、可愛いくて、一生懸命で……まだ、キスだってしたことなかったのに……うぅ……ぐす、ぐす」


「?????」


 いきなり泣き出して、いよいよフォーゲルは混乱の極みに陥ってしまった。

 勇者パーティーのメンバーは三人。勇者と、スヴァルトピレンのデュード。となるとあと一人、メールー教ベル派のスパイの女か。


 闇堕ち聖女たちと関わりがある女だ。


「さっきトリトから通信があったぜ。フォーゲルに襲われて、しばらく外に出たくないほどショックを受けたってな!!」


「襲ってないけど」


「俺のトリトが嘘をついたってのか!!」


 ついているだろう、元々スパイなのだから。

 ようやくフォーゲルは理解した。

 これは十中八九、闇堕ち聖女たちの策略。


 敵がホテルに来た場合、足止めをするために勇者を利用したのだ。

 勇者の大事な仲間に協力してもらって。


「許さねえ、絶対に許さねえぞ!!」


「君と戦っている暇はないんだけどな」


 部屋に闇堕ち聖女たちがいないのなら、急いで塔に戻らなくてはならない。

 いまならまだ、暗殺者はマリアンヌに会っていないだろう。


 実際このとき、ビムが警備兵たちを塔から遠ざけたばかりであった。

 フォーゲルであれば、数分と掛からず戻ることができる。


 とはいえ、勇者を前にそう簡単には逃げられない。

 彼はバカで精神的に未熟だが、魔王に匹敵しかねないほど手強いのだ。


「面倒だな。しょうがない、戦うか」


「ぶっ飛ばしてやる!!」


「疑似異能、発動」


「うおおおお!!!!」


 勇者がソファを投げつける。

 が、当たらなかった。

 というより、フォーゲルの肉体を通り抜けたのだ。


「あ?」


 剣を抜いて斬りかかるが、またもすり抜ける。


「なんだってんだ!!」


「ふふ、君じゃ傷一つつけられないよ」


「こいつ!!」


 剣を捨て、怒りのままに殴りかかる。

 ハッと、フォーゲルが首を傾げた。

 勇者の拳が、彼の頬をかすめた。


「おぉ、怖い怖い」


 距離を取るように、フォーゲルは斜め後ろへ飛んで、そのまま空中に留まった。


「わかったぞ、お前の疑似異能。霊体化か!!」


「ご明察。さすがだな」


 霊体。文字通り、魂だけの存在へと変わる疑似異能である。

 彼の前では、あらゆる物理攻撃、物理干渉が無力となる。


「本来、俺はダメージとは無縁なんだけど……。つくづく恐ろしいね、勇者というのは。強固な肉体、驚異的なパワー。なによりも厄介なのは、術の無効化。俺の疑似異能すら消してしまうとは」


 以前、選考会でムクロの異能が効かなかったのも、彼の『特異体質』によるものである。

 勇者にかけられた術、触れた術。異能や魔法を含めたすべての『力』が、機能を失うのである。


「まいったな、マリアンヌ嬢の最高傑作なだけのことはある」


「お、俺の秘密を知っているのか?」


「マリアンヌ嬢の異能で、大勢の聖女から集めた聖なる力。そこに彼女の遺伝子を組み合わせて生まれたのが、君だろ?」


「けっ、極秘事項だってのに」


「心配しないでよ。バラすつもりはない。君はあくまで、マリアンヌ嬢が神から授かった、『神の子』だからね」


「ふん!! なんでもいいぜ、二度と喋れなくなるくらいボコボコにしてやるからな!!」


「……そんなに大事だったの? その、トリトちゃんだっけ?」


「あたりめぇだろ!! 俺の恋人なんだから!!」


 と思っているのは勇者だけであるが。


「恋人、か……。いたことがないからわからないな」


「知るかこの童貞野郎!!」


 勇者は跳躍し、フォーゲルに殴りかかった。

 彼の腕力は巨石すら粉砕する。まともに直撃すれば即死であろう。


「おらああ!!」


「うーん、これは長引きそうだ」


 一瞬にしてフォーゲルが勇者の背後に移動する。

 彼が纏う気迫が、増した。


「せっかくだ、お見せしよう。俺の……もう一つの疑似異能」


 本来、異能は一人に一つまで。

 疑似異能とて例外ではない。


 フォーゲルの手に、黒い矢が握られた。




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※あとがき


盛り上げといてなんですが、次回からまたムクロたち視点です。

フォーゲル残念。


ここ最近ずっとしんどいですが、頑張ってます。

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