2 裏切りの理由
私はまたクラトスに抱えられて、空を飛んでいた。そうしながら思い出していた。
ディルベルに祈った時、私は彼の記憶を覗いた。
そこでディルベルは人間の男たちと話していた。
『それで? やるのか?』
男はディルベルに威圧的な態度で、そう聞いていた。
ディルベルは初めは拒否していた。
だけど、彼らが何かの箱を持って来て、その中身を見せる。私が見た記憶はそこで途切れていたけど、最後にディルベルの思いが強く流れこんできた。
それは驚愕と、諦めの感情だった。
ディルベルが話していた男たち……それは施設を襲撃したハンターたちと同じだった。
つまり、こう考えられないかな?
「ディルベルはたぶん、ハンターに脅されているんだと思うの。たとえば、何か大事なものやヒトを人質にとられているとか」
クラトスは私の顔をちらりと見て、平然と言った。
「それは、君が過去視で知った情報?」
「えっ!? わ……私が過去視できるってこと、知ってたの?」
「わかるよ。君が誰かに祝福をかける時、いつも見ていたから」
そんな……。
隠していたつもりなのに、知られていたなんて。
恥ずかしい気持ちと、申し訳なさに私は身を縮める。
「ごめんね……」
「なにが?」
「私……クラトスに祝福をかけた時も、見ちゃった……」
「……そう」
「そんなの、嫌だよね……。初めに説明するべきだったのに、私……」
私がしたのは許可のない覗き見だ。
普通は嫌だと思う……。
クラトスは何でもないことのように言った。
「この先、僕が怪我をする場面があったとして、君に迷わず治してもらうよ」
「え……嫌じゃないの?」
「過去視は祝福における副次効果のようなものなんだろ。だったら、そういうものだと受け入れる。君が好きで見ているわけでもないんだから、それを責めたり、嫌悪感を抱いたりすることはない」
当然のように言われて、少しだけ泣きそうになった。
この力があるって知られたら、嫌われちゃうかもしれないって思っていた。
「あのね……。ちょっとホッとした」
泣きそうになったのを誤魔化すために、私は自分の腕に額をくっつける。
私……もしかして、自分で思っていた以上に、クラトスに嫌われてしまうかもしれないってことが怖かったのかな……。
「それに、君の力は使いようによってはとても有用だ。多くの幻獣は話すことができないけど、その気持ちを君は理解することができる」
「……うん」
「君が見た、ディルベルの記憶を教えて。エリン」
気持ちが楽になって、私は目元をこする。
そして、知っていることを話した。
聞き終わると、クラトスは難しい表情で考えこんでいる。
「君の言う通り、ディルベルには何か事情があるのかもしれない。だけど、彼はマーゴたちのことを売った。そのことに変わりはない」
「うん、それはわかってる。ねえ、クラトス……。もし、ディルベルがハンター側に立ったら……その時はどうするの?」
クラトスは目を伏せて、考えこんだ。
いつでも直球な物言いをする彼にしては珍しく、間を開けてから、
「……マーゴたちを助けることを優先する」
それ以降、私は口をつぐんだ。
風が耳元でバタバタと音を立てていた。
プーリ地方は山が多い地方だ。
私たちがたどり着いたのも山のふもとだった。
ディルベルの記憶では、彼がハンターと話していた場所は洞窟の中のようなところだった。この山のどこかにその入口があるんだと思う。
クラトスもだいたいの位置までしかわからないみたい。
私たちは辺りを調べ始める。すると、森の中を歩く人を見つけた。見覚えのある顔だ! スゥちゃんの記憶の中にいた。
「クラトス、いた! あの人、ハンターだよ」
クラトスは高度を下げて、迷わず魔法を放つ。
その人は何が起きたのかを把握する間もなく、電撃によって意識を失った。
私は彼の隣に降り立つ。
そして、祝福をかけた。
お願い……マーゴたちをどこに連れて行ったのか、教えて!
彼の記憶から、ハンターのアジトへの行き方がわかった。
入り口は山の岸壁にあった。パッと見はどこにあるのかわからない。合言葉で扉で開閉する仕組みになっている。
その合言葉も、記憶で見たからわかる。
「アエストは、ここに」
私がその言葉を口にすると、振動が起こる。
扉が上へと開いていく。その先は階段となっていて、地下に続いていた。
「魔導式の自動扉だ。この形式の場合、見つけるのも無理やりこじ開けるのも難しい」
クラトスは冷静に言って、私を見る。
「君が一緒に来てくれてよかった。その力は、とても役に立つ」
「うん」
そう言ってもらえると救われるよ……ありがとう。
階段を覗きこむ。先が真っ暗で、闇に呑みこまれていくみたいだ。
「エリン。君のことは必ず僕が守る。そばを離れないで」
私たちはその闇の中に、足を踏み入れた。
◇
「にゃーん! ここから出してにゃー」
マーゴは、牢の中で喚いていた。
シルクは魔導灯に乗って、じっとしている。後ろでは施設で保護されていた幻獣たちが固まって、震えている。
皆、首輪をつけられている。
鉄格子を握りしめて、マーゴは騒いでいる。
「ここにはマーゴの好きな暖炉がないのにゃん……寒いのにゃ……」
その言葉にとり合わず、ハンターたちは檻の前で満足げだった。
「すげーな、大当たりだぜ! これだけの数の幻獣……こりゃ、とんでもなく高く売れるぜ」
彼らの傍らには、ディルベルの姿もある。彼は何も言わなかった。
冷然とした目で、事態を見守っている。
そんなディルベルに、マーゴが檻の中から噛みついた。
「ディルベル! ひどいにゃあ! どうしてマーゴたちを裏切ったのにゃ?」
「黙れ、猫」
冷ややかな声が告げる。
彼の表情からは温度や感情が失われている。
「裏切っただと? それはちがうぜ。俺はな、初めからテメーらの仲間になったつもりはねえ」
彼は背を向けると告げた。
「――せいぜい、優しい飼い主に買ってもらえることを祈るんだな」
ハンターのアジトは地下にあった。
本来は監獄として作られた施設なのだろう。中には多くの牢屋が設置されていて、その奥には守衛の詰所がある。
その部屋に、ハンターたちはそろっていた。
奥の椅子に1人の男が座っている。
眼帯をつけ、屈強そうな体つきをした男だ。隙のある体勢でくつろいでいるが、そうしているだけでも威圧感を放っている。
「よくやったな、ディルベル。お前さんのおかげで、今回は大儲けだ。お前さんにはたんまりと、とり分を弾んでやるからな。はは」
男が声をかけると、ディルベルは何でもないことのように肩をすくめてみせた。
「あいつらは、俺を信用しきっていたからな。楽なもんだったぜ」
それを聞いて、男はにやりと笑う。
その時、扉が開いて、1人の男が駆けこんできた。
「ボス、大変です! 侵入者が……! 男の魔法士1人と、女が1人! それも、魔法士の方はとんでもなく強くて、歯が立ちません!」
その言葉に、下っ端たちが顔をしかめる。
穿つような視線をディルベルへと向けた。
「あの施設の人間じゃねえか? なぜこの場所がわかった? まさか、こいつが?」
ディルベルが答える前に、声を上げる者がいた。
「おいおいおい! てめーら、やめろ。仲間を疑うもんじゃない」
ボスと呼ばれた男だ。彼はおどけたように言った。
手下たちは納得のいかない顔をしている。
「けど、ボス、こいつは信用できねえよ。何せ、奴らと一緒に暮らしていたくらいだ。本当は俺たちを裏切って、あいつら側についたのかもしれねえ」
「そんなことはな、絶対にありえねえんだよ。――なあ、ディルベル?」
「ああ。7神に誓ってもいいぜ」
「なっ?」
隻眼の男は手下たちを言い含めるように視線を配る。誰も彼に逆らえないらしく、皆は口をつぐんだ。
男は満足そうに笑って、ディルベルの方を向いた。
「ディルベル。侵入者の始末は、お前に任せる」
「魔法士と女だな。必ず追い払う」
「おいおいおい! 甘ぇことを言ってんじゃねえよ」
男は片方だけしかない瞳を、怪しく光らせた。
「侵入者の始末方法は1つだけだ。――殺せ」
「……。わかった」
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