4 魔法を教わる1
それは昼食を終えた、午後のことだった。
――人は不意打ちに弱い。いきなり声をかけられたら、びっくりするものだ。
ただでさえそうなのだから、
「ねえ」
眼前に超美形の顔がいきなり映りこんだ時の驚きたるや。想像してみてほしい。
いきなり目の前にクラトスが降ってきたー!?
クラトスは施設内ではいつも飛んでいる。上から来られると、足音も気配も読みとれずに、本当に突然なのだ。
あと……個人的な事情もありまして。
彼と目が合って、私はドキドキとしていた。先日のことがあってから、クラトスと顔を合わせるのは気まずい。
だってさ。私、あんなに泣いちゃったし。それに、あの時は必死だったからあまり意識してなかったけど、後から思い出して恥ずかしくなった。
あの時、私、抱きしめられてたよね……!? そういえば、私、誰かにあんな風に抱きしめられたのなんて、初めてだった……。
あれから何度もあのことを思い出して、私は落ち着かない。
それなのに……!
「あとで、書庫に来て」
「え……?」
私の返事を待たずに、クラトスはその場から去った。
相変わらず、クールで、マイペースだな!?
クラトスの態度はいつも通りなんだよね……。もしかして、変に意識しちゃっているのは私だけなのかなあ?
疑問に思いながらも、私は書庫に向かった。
この施設の1階には書庫がある。天窓がついていて、柔らかな日差しが差しこむ室内だ。壁一面には本がぎっしりと収められていて、静謐で、隠れ家のような雰囲気がある。
私が書庫に入ると、空中にクラトスが浮かんでいた。
見えない椅子に座る体勢で、脚を組んでいる。彼の周りには数冊の本が浮かんで、ページを開いていた。クラトスは静かな眼差しで、それらを眺めている。
クラトスは私に気付くと、指を傾けた。何かがふわふわと浮いて、私のところにやって来る。
両手でキャッチ!
指輪だ。瑠璃色の綺麗な宝石がついている。夜の深い空のような色で、角度によっては星のようにキラキラと輝く。
「あげる」
「? ありがとう……?」
クラトスがふわりと床に降りて、私の前に立った。
その時、私は気付いた。
クラトスの右手、同じ見た目の指輪がついてる。
待って、これっておそろいじゃない!?
いったいどういう意味が……!?
「魔法石」
クラトスが静かに言ったので、私は目を白黒させた。
「へ……!?」
「
「ん? ええっと?」
私は指輪を持ったまま、苦笑いで固まった。すると、クラトスは冷静に告げる。
「付け方、知らない?」
急に手を伸ばして、私の手をつかんできた。
な、なに……!?
無駄に心臓がドキドキしてしまう。
私の手から指輪をとると、それを右指にはめた。
――まるで恋人に贈るような、優しくて、繊細な手付き。
どうしてこんな状況に? すごく恥ずかしいんだけど。
クラトスの手が離れると、私は熱の宿った左手を右手で握りしめて、胸元でぎゅっとした。
「肌身離さず、持っていて」
「あ、うん……。でも、どうして?」
「わからない?」
クラトスは私に伝わらないことがむしろ不思議なようだ。
静かな口調でこう続けた。
「――君に魔法を教えてあげる」
何で急に……?
そもそもの疑問として、
「私って、魔法が使えるの?」
「魔法は誰でも使える。魔法石を身につけて、使い方を知っていれば」
あ、そういえばそんな話を聞いたことあるかも。
魔法の発動には魔法石が必要となる。でも、これは貴重なものだ。
魔法石は魔法士ギルドが管理している。石を購入するには、ギルドに魔法士として登録しなければいけない。
登録料はもちろん、年会費の支払いも必要だ。
魔法の知識については一般的には秘匿されている。魔法書はギルドで管理されていて、外に持ち出すことはできないようになっていた。
魔法を習いたい人、使いたい人は、とにかく『ギルドに登録してお金を払ってね!』というわけだ。
あれ? そういえば?
「クラトスって、魔法士ギルドに登録してるの?」
クラトスは無言で目を逸らした。
はい、無資格の魔法士!
違法です!
「私にくれた魔法石って、どこで手に入れたの?」
クラトスは無言で目をつむった。
はい、非正規の品!
もちろん違法です!
「そういえば、この書庫って、魔法書の類がたくさん置いてあるけど」
魔法書は本来、門外不出のはず。
「…………。言っておくけど、石も本も盗んだわけではない」
クラトスは目を細めて、言った。
うーん……彼が言うからには、そうなのだろう。
違法なのに変わりはないんだけどね。
まあ、今はそのへんのことは置いておこう。
「私にも魔法が使えるってことは、魔力があるのかな?」
「人間は誰しも、多かれ少なかれ魔力を有しているよ。まずは君の魔力量から測定する」
クラトスがそう言うと、水晶玉がふわふわとやって来た。私の前で浮遊している。
「それに手をかざして。魔力量に応じて光るから」
私はごくりと息を呑んだ。
これで私の潜在能力が……!?
ドキドキしながら、手をかざす。ふわ……。それくらいの感じで、水晶が光った。
これってどうなの? クラトスの顔を見ると、
「平均的」
あっさりと言われて、私は肩を落とす。
まあ、そうだよね。ここで秘めたる才能が発覚!? みたいに、都合よくはならないよね。
わかっていたけど、もっとさ~……。
私が落ちこんだ様子なのを見て、クラトスは付け加えた。
「魔力量は訓練で伸ばせるから」
「はーい……。あ、そうだ。ね、クラトスもやってみて!」
普通はどれくらい光るのか見てみたい。
私がお願いすると、クラトスは水晶に手をかざしてくれた。
その瞬間。
ぴかあああ! 眩しくて、前が見えません!
しばらく目がチカチカして、痛かった。
いや、何、今の?
私は魔法については詳しくない。でも、そんな私でもわかる。
この人、とんでもないのでは?
「クラトスってギルドに登録したら、Sクラスの魔法士になれるんじゃない?」
「ならないよ。興味もないし」
そっけなく切り捨てて、クラトスは水晶玉をどこかへと飛ばした。
「魔法を使うには、まず魔力を手に集約させるんだ」
「それってどうやるの?」
「説明は難しい。感覚で理解するしかない。手を貸して」
私が手を差し出すと、クラトスが掌を重ねてきた。
ちょっとおお、いつも接触が不意打ちなんですけど!? ちゃんと先に言っておいてほしい。無駄にドキドキしちゃうから。
そんなこちらの気持ちなんてどこ吹く風の様子で、クラトスは説明を続ける。
「僕の手に魔力を集めるよ。この感じ、わかる?」
「う、うん……」
えっと……手を握られていて、集中できないんですけど……。
それでも、ほんのりと“何か”が掌に触れる感覚はわかった。
「次は君の番」
えーっと、魔力、魔力……。
今、感じた“何か”。
それを右手に。
あれ、できた? ほんのりと右手が温かくなった。
クラトスが小さく笑って、私を見る。
「君、才能がある。これならすぐに魔法も使えるようになるよ」
わ、褒められた!
クラトスって、褒める時はいつも直球で褒めてくれるんだよね。事実を口にしているだけって感じもするけど。
でも、私はあまり人に褒められることのない人生だったから。
こうして褒めてもらえるのは素直に嬉しい。
「次に、魔法のイメージを固める。今回は光を灯す魔法にしようか。こんな風に」
クラトスがそう言うと、彼の指先に光が灯る。
「光る感じをイメージして。手に集めた魔力を解放するんだ」
「うん。やってみるね」
光るイメージ。
明かり……魔導灯の光……太陽の光……。
それをイメージして!
「えい!」
しーん。
何も起こらない。
――再チャレンジ!
光るイメージで、魔力を解放する!
何も起こらない。
それから私は何度もやってみたけど、変化は訪れなかった。
クラトスは途中から飽きたのか、空中に浮かび上がって本を読んでいる。
私の様子を見て、ぽつりと言った。
「気長にやろう」
さっきと言ってること変わってるよ!?
すぐできる、って言ってくれてたのに!
タタッ……窓辺で日向ぼっこをしていたスゥちゃんが走ってきた。クラトスへと寄っていく。
クラトスが手を向けると、スゥちゃんが浮かび上がって、彼の掌に乗った。
クラトスはスゥちゃんのほっぺを指でつまむ。両側からぐにぐにと押した。
あれ? スゥちゃんがとっても気持ちよさそう。ふにゃーと垂れている。「あーそこそこぉ~」みたいな感じで、ぐでーんとしていた。
何それ、頬袋マッサージ!?
「クラトス……教えて」
「ん? なに」
「そのマッサージの仕方!」
「……魔法の練習は……?」
クラトスは呆れたように言うけど、そのあとでちゃんと、頬袋マッサージのやり方も教えてくれた。
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