3 第二王子の帰還(王宮視点)

 第二王子レオルド・エヴァ・エザフォスは、怒りに燃えていた。


(聖女エリンを追放しただと!?)


 その知らせを聞いた時、彼は衝撃のあまり卒倒しかけたほどだった。

 自分が王宮を離れていた間に、なぜそんなことになっているのか……!

 ペタルーダ教の教会は、エリンが偽物の聖女であったと公表している。

 レオルドは信じられなかった。

 エリンの能力については、誰よりも自分が把握している。彼女が神より授かった加護は、歴代聖女の中でも群を抜いている。


 ――稀代の聖女だ。


 それは能力だけの話ではなく、彼女の人柄においても、だ。

 レオルドは数カ月前のことを思い出していた。

 王宮内の訓練所で魔法の研鑽をしていた時のこと。魔法が暴走してしまい、レオルドは怪我を負ったのだ。

 すぐにエリンがやって来て、治してくれた。


『殿下、もしかして寝不足ですか? そのせいで魔法がうまくいかなかったんですね』


 彼女にそう言われて、レオルドは驚いた。

 その頃、レオルドは魔法の研鑽に余念がなく、夜寝るのが遅くなっていた。

 そのことは隠すようにしていたから、臣下にも指摘されたことはなかった。


 ――それなのに彼女はなぜ、自分の不調をすぐに見抜いたのだろうか?


 それからというもの、レオルドはエリンのことが気になって、密かに観察を続けた。

 彼女はとても優秀だった。王宮内でもひっぱりだこにされていた。

 そして、レオルドは気付いた。

 エリンは一度も疲れた様子を見せなかった。

 誰が相手でも、どんなに忙しくても、いつでも明るい笑顔を振りまいていた。

 鬱屈としたものをすべて吹き飛ばすような、明るい笑顔だった。

 やがて、エリンの笑顔が脳裏に焼き付いて、離れなくなった。


 レピニア諸島に留学することが決まった時、レオルドは決めていたことがある。

 この留学から帰ったら――エリンに婚約を申しこもう。

 そう思っていた矢先に、エリンの追放を知った。


(なぜだ! エリンは稀代の聖女だぞ!? 彼女を追放するなど……!)


 レオルドは即座に王宮に戻ることを決めた。臣下が止めるのを振り払い、その日のうちに船を手配して、港から王都までは早馬をかけた。

 王宮に着くと、彼は怒りのあまり肩を揺らしながら突き進んだ。


 まず、父である国王の下に向かった。なぜエリンを追放したのかと問いただす。

 王は一貫して、「聖女交代は、教会側からの要請である」としか言わなかった。

 この国は太陽神ペタルーダの加護と共に発展してきた。ペタルーダ教会の権力は、王家に匹敵するほどなのである。

 教会からの要請を拒否することは、国王であっても困難だ。


 そこで、レオルドは司祭の下へと向かった。

 司祭マルセル・アベール。彼は現在、聖女と共に王宮に勤めている。

 マルセルを訪れると、兄のロイスダールがいた。彼らは揉めている様子だった。


「だから、エリンを聖女に戻してやってもいいと、僕は言っているのだぞ!?」

「なりません。殿下。彼女は女神様からの加護を騙ったのですよ。誠に不敬虔な異教徒でございます」


 レオルドは顔をしかめて、彼らの間に入った。


「それはどういうことだ、マルセル」

「これはこれは、レオルド殿下。レピニア諸島にご留学されていたはずでは?」

「エリンの件を聞いて、戻ってきたのだ。あれほど優秀だった彼女を追放するなんて、教会は何を考えている!?」

「偽物の甘言に惑わされてはなりません。彼女が起こしていた奇跡はすべて、まやかしだったのです」

「何だと!? 誰がそんなことを言っているのだ!」

「はい。すべては、ペタルーダ様からのご啓示でございます」

「なっ……!?」


 レオルドは絶句した。

 マルセルの言葉だけでなく、彼がまとう異様な雰囲気に気圧されていた。

 マルセルは表面上はへりくだり、頭を下げている。慇懃とした態度を保ったまま――彼は薄笑いを浮かべていた。


「女神様よりご神託を授かりました。前聖女が偽物であるとおっしゃっているのは、他でもない女神様なのです」

「な……なぜなんだ?」

「さあ。私どもには、女神様のご意思をすべて理解することはできません。しかし、女神様のお言葉は絶対であります。まさか殿下ほどご賢明なお方が、女神様のご意思に背くような、罪深きことはなさりませんよね?」


 マルセルに鋭い視線を向けられて、ロイスダールはうろたえている。


「その通りであるぞ! 僕が前聖女を追放したのは、女神様のご意向だったのだ! つまり、僕は何も悪くない!」


 一方、レオルドは呆気にとられていた。


(何を……言っているんだ……)


 そもそもエリンが優秀なのは、太陽神からの加護を強く受けているからだ。彼女は神から愛されている。

 そんな彼女を、太陽神が排除しようとするはずがない。

 だが、神からの言葉――それはこの国においては、絶対の力を持っていた。

 どれだけ理論が破綻していようが、教会がそう主張している限り、レオルドは異を唱えることができない。

 レオルドは悔しさのあまり、ぎり……、と歯噛みした。


「前聖女を追放した理由については承知した。それでは、エリンは今、どこにいる?」

「はい。彼女は【幻光の樹海】へと追放いたしました」

「なっ……あんな場所に!?」


 そこは多くの凶暴な幻獣が住み着く、“魔の森”であった。

 彼は顔を青くさせると、すぐに身を翻した。


(この国で何が起こっている!? いや……それよりも、まずはエリンのことだ)


 しかし、どうやって【幻光の樹海】に向かえばいいものか。

 エリンは転移装置でそこまで飛ばされたのだという。

 転移装置は最近になって、魔法士ギルドが教会に「寄付」したものであった。まだ試作品の段階とのことで、一般には出回っていない。

 王都に唯一存在する、転移装置――それは教会の管轄下にある。

 マルセルの様子を見る限り、レオルドに使わせてくれるとは思えない。


(それでも、どうにかして方法を考えなくては……。エリン、それまで無事でいてくれ)

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