2 隷属の首輪2

 私たちは、幻獣たちを施設へ連れ帰った。幻獣たちはしばらく施設で過ごしてもらって、住処へと帰してあげるんだって。

 幻獣たちにご飯をあげてから、私は廊下を歩いていた。

 傷は治ったけど、心の傷は治るのに時間がかかるもんね。あの子たちが早く元気になってくれるといいな。


 ……さっき見た光景が頭から離れない。心がぎゅっとつかまれたように苦しい。


「エリン」


 すると、後ろから声をかけられた。クラトスだ。


「大丈夫?」

「え? 何が?」


 私は笑顔を浮かべて、振り返った。

 彼と顔を合わせて、私は息を呑む。クラトスは珍しくクールな面持ちを崩して、私を心配するような表情をしていた。


 え、何なの、その視線……?

 そんな目で見られても、困っちゃうよ。

 だって、私は平気。いつもみたいに笑っていられる。

 心配されるようなことは、何もないんだから……。


「……君を連れていくべきじゃなかった。嫌な光景を見せた」

「何言ってるの!?」


 私は驚いて、大きな声を上げる。


「私がいたからあの子たち、すぐに治してあげられたでしょ? これでも元聖女ですから! これからも依頼があったら、連れて行ってよね」


 私が話せば話すほど、クラトスは思いつめたような表情をする。

 そして、ふと手を伸ばしてきた。

 私の頬に触れる手……冷たいようで、なぜか温かさも感じるような手付きだ。


「泣きそうだ」


 どきりと大きく心臓が跳ねた。

 私はたじろいで、慌てて言葉を継いだ。


「泣いてないよ……。私、強いんだ。だから、泣いたりしないんだよ……へへ……」

「先日のチコの時もそうだった。君はそんな顔で笑う。でも……本当は泣きたいんだろ」

「私……、ちが……」


 やめてよ。

 これ以上、そんな目で見ないでほしい。

 そんなに優しい言葉をかけないでほしい。

 そんな……。

 優しい手付きで、頭を抱えこまれたら……。


「泣きたい時は無理しなくていい」


 ……こんなのは……ダメだよ……。

 私……これ以上、我慢できなくなる。


「うっ……、ぁ……」


 つらい時こそ、苦しい時こそ、笑ってみせるのが私の信条だったのにな……。

 幻獣たちの苦しんだ光景が、過去視ではっきりと見えた。その悲惨さに胸が押しつぶされそうだ。

 泣き崩れた私をクラトスが優しく抱きしめてくる。その胸の中の温かさに、余計に心が苦しくなった。


 始めは幻獣たちのために泣いていたはずなのに、そのうちいろいろな記憶が混ざった。これまでのつらかったこととかを思い出して、私は涙が止まらなくなった。

 実家で両親につらく当たられたこと。いつもミレーナと区別されてきたこと。そして、聖女の立場も奪われて、王宮を追い出されたこと。


 ――こんな風に泣いたのって、いつぶりだったろう。


 思い出せない……。

 どんなことがあったって、私は笑顔で受け流してきた。

 そのせいで、お母さまにも妹にも、「へらへらしていて気味が悪い」なんて言われるようになっていた。

 だって、ミレーナとちがって、私は誰にも愛されなかった……。

 だから、せめて周りを困らせないように。気まずくさせないように。

 いつも笑っていようと決めていたはずなのに。


 胸の中に溜まっていたものをすべて吐き出すように、たくさん泣いた。そしたら、心がふわっと軽くなってきた。

 泣いている間、クラトスは私のことを静かに抱きしめていた。そのことに気付いて、私は途端に恥ずかしくなった。

 そわそわとしながら、彼から離れた。


「クラトスって、人嫌いだって聞いてたけど……」


 思っていたよりも優しいね……。幻獣にはあれだけ優しいんだもん、当然か。本当はそんなに人嫌いってわけでもなくて、誰にでも優しくできたりして。

 私がそう考えていると、クラトスは小さく笑った。どこか含みのある笑顔で言う。


「――基本的にはね」

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