第4章 異変

1 隷属の首輪1

「スゥちゃん。またお花を凍らせてきたの?」


 最近、スゥちゃんは朝になると、中庭に出て行く。花びらを頬袋にしまって戻ってくる。

 出窓にうんしょと登って、頬袋の中身をとり出した。

 花が氷の結晶に閉じこめられていた。

 これ、【スキュフラート】の習性なんだって。【スキュフラート】は雪山を生息地としていて、氷の術を使うのが得意だ。そして、こうやって食べ物を凍らせて保存するらしい。


 スゥちゃんから預かった氷を、私は窓辺の瓶につめる。

 今日の花は、黄色のフリージアだった。氷の中で、きらきらと輝いている。

 次々と花びらを凍らせて持ってくるので、瓶の中は半分ほど埋まっていた。

 色とりどりのお花の結晶。いつまでも溶けない、氷のオブジェ。

 今日も綺麗だ。

 もしかして、私への贈り物だったりして。

 ――そうだったら、嬉しいな。




 シルクが騒ぎ出したのは、その日の朝のことだった。


「依頼! 依頼! 依頼だよ!」


 私は中庭で洗濯を干していた。シーツをぱんぱんと引っ張っていると、シルクの声が降ってきた。


「幻獣ハンターに捕まった幻獣たちを助けて!」

「幻獣ハンター……」


 それって、私が前に森で襲われた、幻獣をお金儲けの道具にしている人たちのことだよね。

 クラトスが展望台に向かって飛んで行くのが見える。


「ねえ、クラトス!」


 私が声をかけると、こちらへとやって来た。


「君は今日は留守番していた方がいい。ハンターが絡んでいるなら危険だ」

「だったら、なおさら私も行くよ。誰か怪我をしている子がいたら、治してあげられるから。それに、クラトスって強いんでしょ? それなら安心じゃない」


 クラトスはじっと私の顔を見る。

 そして、


「いいよ。おいで」


 私に手を差し伸べた。


「展望台まで飛んでいく」


 それって、私も一緒に連れて行ってくれるってことだよね。

 手を握るのは恥ずかしいけど……。

 その感情を呑みこんで、私は彼の手を握る。




 ディルベルに転移ゲートを通してもらって、ハンターの根城へと乗りこむ。

 崖の上に建てられた、いかにもな感じの建物だ。

 結果から言うと、危ないことは何にもなかった。

 本当はアジトに入る時、ちょっと怖かったりもしたんだけど……クラトスが強すぎて、ハンターたちはあっさりと倒されていく。

 中には魔法士っぽい人もいたけど、クラトスの魔法の方がすごくて、勝負にすらなっていなかった。

 はい、ハンターの一味は壊滅! 何て呆気ないんだ。


 私たちは地下室へと向かっていた。そこに幻獣たちがいるらしい。クラトスが倒したハンターから聞き出した。

 薄暗い地下。牢屋の中に、幻獣たちは捕らえられていた。【植物系統】の幻獣ばかりだ。

 大きなお花の幻獣は、ツルを力なく床に這わせている。小さなキノコの幻獣たちが身を寄せ合って、震えていた。

 皆、怪我をしていた。鞭で叩かれたような跡もある。

 どの子も首輪のようなものを巻き付けられている。


「【隷属の首輪】だ。魔導具の一種だよ。幻獣を支配下に置くことができる。首輪をはめられた幻獣は、主人として登録した人間に逆らうことができなくなる」


 クラトスは吐き捨てるように言った。

 そんな非情な代物が、この世に存在するの……?

 すると、クラトスが思いつめたように目を伏せた。


「……こんな魔導具があるせいで……」


 切なそうに見えたのは一瞬のことだった。彼はすぐにいつものクールな面持ちに戻ると、手を振るう。魔法で幻獣たちの首輪を破壊した。

 私はすぐに皆に祈りを捧げる。


◆ ◇ ◆


「こいつら、植物だろ? 痛みとかあるのか?」

「見ろ! 震えてやがるぜ。はは、おもしれーな」


◆ ◇ ◆


 いろんな幻獣たちの記憶が、頭の中で弾けた。胸が苦しくなる光景だった。

 どうして、こんなひどいことができるんだろう……。

 目頭が熱くなる。私は肩を震わせて、俯いた。


 だめだ……だめ!


 私が苦しい顔をしたら、だめだ。怖い思いをしたのは、この子たちなんだから。


 ……だから、私は笑わないと……。

 もう大丈夫だよ、って教えてあげないと……。


「怖かったね……もう大丈夫だよ」


 私がほほ笑みかけると、幻獣たちが恐る恐る、近寄ってくる。

 お花の幻獣さんがツルを伸ばして、お辞儀をするような仕草をした。キノコちゃんたちもゆっくりと頭を下げる。でも、皆、疲れきった様子で、元気がない。

 その様子に私は、余計に胸が詰まった。


 横を向くと、クラトスが私を見つめていた。

 え、何……? その真剣な眼差しは。

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