8 破局(王宮視点)
「ミレーナとの婚約は認められません」
「母上! なぜですか! 母上は聖女と婚約しろと言っていたではないですか! ミレーナは聖女なんですよ!」
「彼女と会うのはもうやめなさい。話は以上です」
第一王子ロイスダールは愕然としていた。
邪魔者のエリンを追い払って、聖女の座に愛しいミレーナがついた。これであとは、ミレーナと婚約するだけ。この先はバラ色の未来が待っている。そう信じてやまなかったのに。
なぜか母はミレーナのことを認めてくれない。
国王である父もそうだ。ミレーナとは婚約するな、と2人そろって言うのだ。
(なぜだ! なぜミレーナではいけないんだ!?)
ロイスダールは、ぎり、と奥歯を噛み締めた。
父もエリンを追放することには同意したはずなのに。その後釜であるミレーナのことは気に入っていない……それどころか、彼女の話題になると失望したような目付きになるのだ。
(確かにミレーナはまだ仕事に不慣れだ。しかし、彼女の真の力はあんなものではないはず……。そうだ、彼女が早くエリンよりも優れた聖女になってくれれば! そうすれば、父も母もミレーナのことを認めてくれる)
ロイスダールは王宮の回廊を歩いていた。
そして、視線の先にその姿を見つけて、ぎょっとした。
中庭にあるガゼボ――そこでミレーナがくつろいでいたのだ。
なぜこの時間にこんなところで、お茶を飲んでいるのか? 今の時間、彼女は騎士の治療に当たっているはずなのだが……。
「ミレーナ?」
ロイスダールがおずおずと声をかけると、ミレーナは笑顔になった。
「あ、ロイ様! お茶を一緒に飲みましょうよ」
機嫌よく誘われて、ロイスダールは彼女の対面に座る。
「その……。仕事はどうしたんだ?」
「休憩してるの! だって、騎士の人たちって皆、意地悪なんだもの! ロイ様、聞いてくれる? 私、1日に3人に祝福を与えたら、もうへとへとになっちゃうのに、あの人たちったら」
「えっ?」
ロイスダールは唖然とした。
1日に3人で疲れる? そんなはずがない。
だって、エリンはもっとたくさんの人を癒していた。それなのにいつ見ても、へらへらと笑って、元気そうにしていたのだから。
(さぼりたいから、嘘をついているのか?)
ロイスダールはそう思って、眉をひそめた。
そのことに気付かず、ミレーナはぺらぺらと喋っている。
「もっとちゃんと癒せとか、ちゃんと仕事して欲しいとか、ひどいことばっか言うのよ! 私、嫌になって逃げてきちゃった!」
「――ミレーナ」
ロイスダールはいつもより厳しい声で、彼女の名前を呼ぶ。
「お祈りの時なんだが、もっと集中してやってはくれないか?」
そう言うと、ミレーナは目を見張った。
「ほら、君の場合、少し祈る時間が長すぎるというか……もっと集中して祈ったら、時間も短縮できるし、一度に複数の人に祝福を与えることだってできるはずだろう?」
「何それ……」
次の瞬間、ミレーナは机を叩いて、立ち上がった。
「私が真面目にやってないと、ロイ様は思ってるの!?」
想像していたよりもミレーナの反応は過激だった。眉間に皺を寄せて、相手を上から抑えこむように糾弾する。
そんな彼女の様子にロイスダールは焦った。
「いや、そうじゃない! 僕はもう少し、効率よく君が務めを果たせたらと思って……」
「それって私がちゃんとできてないって言いたいんでしょ!?」
「ちがう、そういう意味じゃないんだ! 君が一生懸命やっていることは僕も知っているよ」
「さっきと言ってることがちがうわ! さっきは、ちゃんとできてない、って言ったじゃない!」
彼女があまりに激しく喚きたてるので、ロイスダールはカッとなった。
「事実、その通りじゃないか! 前の聖女は君のように長々とお祈りをしたりしていなかった! 一度に複数への祝福だってできていたし、彼女は一日に何人も治療できていたんだぞ!?」
「何よ、それ!」
ミレーナの瞳に火花が散る。
「私とお姉さまを比べないで! ロイ様だって、お姉さまよりも私がいいって言っていたじゃない!」
「それは……!」
(君の方がエリンより可愛いと思ったから……!)
ロイスダールは彼女の顔を見る。
ミレーナは憤怒のあまり、顔を醜く歪めている。その顔は、お世辞にも可愛いとも、健気だとも言えなくなっていた。
そうすると途端に彼女のことが憎らしく思えてきた。ロイスダールは吐き捨てるように言った。
「君が前聖女の代わりを務められると思っていたからだ! しかし、現実はどうだ!? まさか君がここまで前聖女に劣っているとは、思ってもみなかった!」
次の瞬間、ロイスダールは平手打ちを食らっていた。
「何よ! 皆して、お姉さま、お姉さまって……! そればっかり! ロイ様もお姉さまの方がいいのね!? もう知らないわ!」
彼女は憤慨しながら、その場を去る。
その姿を見ながら、ロイスダールは呆然としていた。次第にふつふつと怒りが湧き上がってくる。
(何て女だ! 前はしおらしくしていたから、可愛げがあると思っていたのに! 僕は騙されたんだ!)
ミレーナを聖女にしたのは間違いだったのかもしれない。
彼はそう思い始めていた。
その後、臣下からある知らせが寄せられた。
その内容にロイスダールは青ざめた。
「殿下。レオルド殿下が、こちらにお戻りになるとのことです」
「何だと……!?」
第二王子のレオルド・エヴァ・エザフォス。彼はエリンを気に入っていた。
だからこそ、エリンの追放はレオルドが不在の時に行ったのだ。
ロイスダールの計画では、彼がいない間にミレーナが聖女として立派に務められるようにしておくはずだった。そうすれば、レオルドが戻ってきても、聖女交代に異を唱えることはできないと思っていたのだ。
レオルドは少なくとも、あと数週間は帰還しない予定だった。
「予定より早くないか!?」
「はい。留学先で聖女交代の話を聞いたらしく……それで王都への帰還を決めたご様子です」
その話を聞いて、ロイスダールは胃がねじれるような激情を抱いた。
――つまり、僕に抗議するために戻ってくるつもりなのか、アイツは!!
どこまで腹立たしい存在なんだ!
自分よりも3つ下――17歳で、まだ学生の身分でありながら!
――第一王子は僕の方だぞ! その僕に意見するつもりでいるなんて、何て奴だ!
帰ってきたレオルドの反応を予測すれば、更に苛立ちは強くなる。
彼は間違いなく、ロイスダールの行いを責めるだろう。
――なぜエリンを追放したのか!? と。
後任のミレーナは、お世辞にもちゃんとできているとは言えない。そのせいでここ最近は、騎士からの苦情が相次いでいるのだ。
聖女交代によって生じた不都合を、彼は余さずに追求してくることだろう。
そうなればロイスダールの立場はなくなる。
その前に手を打たなくてはならない。
(ああ、そうだ。エリンを呼び戻そう)
自分はミレーナに騙されていただけだ。
被害者なのだ。
だから、何も悪いことはしていない。
(僕と婚約して、聖女の立場にも戻してやる。そう言えば、エリンだって喜んで戻って来るはず)
エリンのような女と結婚するなんて、不本意だが……自分の地位を守るためには仕方がない。立場上の妻ということにして、好みの女は側室で囲えばいいのだ。
エリンは今、困っているにちがいない。森の中で途方に暮れているはずだ。そこを助けてやれば、彼女は自分に感謝してくれるだろう。
それに、第一王子と婚約できるのだ。これで喜ばない女はいない。
(そうと決まれば、さっそく司祭に相談しよう)
彼はその足で、司祭の下へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます