7 ガーレの人知れぬ献身7

 私は我に返った。

 チコは衰弱していた。だから、たくさんの記憶が見えた。


 ――そうか。


 チコは、あの子たちの母親だったんだ。


 ……誰も理解できなかったとしても。

 ……私だけは理解できる。


 このコも愛情も、献身も、温かな思いとなって、私の胸に宿った。

 うまく息ができない。苦しい。感情がはち切れそうなほどに膨れ上がって、私を呑みこもうとしていた。


 ああ、ダメだ。

 泣いちゃダメだ……!


 一番悲しくて、苦しいのはチコなんだから。それを覗き見しただけの私が、泣く資格なんてない。


 ――そうだよ。


 こんな時こそ、笑わないと。


「……へへ……」


 私は地面に座りこんだまま、下を向いた。


「エリン……?」


 クラトスが怪訝そうに私を見ている。

 チコが体を起こして、こちらを見上げている。元気になったみたいだ。私は彼女にほほ笑みかけた。


「よかった……チコ……。治ってよかったね」


 すると、チコは私にゆっくりと寄ってきた。感謝するように掌に頭を押し付けてきた。

 そんな姿を見ていると、心が温かくなっていく。


「ねえ、チコ。花冠……お花の輪っか。大事な物なんでしょう? 一緒にとりに行こうか」


 チコはきょとんとした顔で私を見上げた。


 ◇


 村の民家にて――。


「チコ!」

「チコ~! チコはどこ!」


 ミーナの家に保護された子供たちは、朝から大泣きしていた。

 化け物が退治されたことで、ルディウスとフィリスの疑いは晴れた。2人は森で迷っていただけなのだろうと村人たちは納得した。


 ――それにしては2人が『健康すぎる』ことに、疑問を抱く者もいたが。


 ミーナが子供たちを引きとりたいと申し出たことで、2人は彼女の家へとやって来た。その日は疲れていたのかぐっすりと寝ていた。

 そして、次の日の朝。

 目を覚ますなり、子供たちは泣き始めたのだ。

 彼らが言う『チコ』が何を指すのか。ミーナにはわからず、困り果てていた。


「なあ、母ちゃん! 外にこんな物が落ちてたけど」

「あら? 何かしら……」


 ミーナの息子が何かを手に、部屋に入ってくる。

 花冠だ。2つある。

 それを目にして、子供たちは息を呑んだ。


「それ!」

「フィーが作ったやつ!」


 子供たちは花冠を受けとると、大事そうに抱えこんだ。


「おじさん! これ、どこにあったの!?」

「家の前だけど……」


 子供たちは急いで外に出ていく。

 辺りを見渡して、チコの姿を探した。どこにもいない。しかし、どこかから見守ってくれているような……そんな温かな気配が残っていた。

 子供たちは花冠を頭に載せる。


「チコ……ずっと忘れないから……」

「おそろいだからね……チコ……」


 チコとの思い出が、2人の頭を駆け巡る。

 森の中でずっと寄り添ってくれた、小さな幻獣。一緒に身を寄せあって寒さをしのいで、一緒に眠った。

 チコといると楽しかった。

 チコは小さな体で、毎日のように食べ物を引きずって持ってきてくれた。

 チコのおかげで森の中でも生きられた。両親がいなくても、寂しくなかった。

 チコのことを想うと、涙があふれてくる。2人は泣きながら叫んだ。


「チコ、ありがとう!」

「ありがとう~!」


 ◇


 子供たちの声が響いてくる。

 私たちはミーナの家を森の中から見守っていた。チコは後ろ足で背伸びするようにして、子供たちのことを眺めている。

 ミーナが家から出てきて、子供たちを室内へ入れる。彼らの姿が見えなくなると、チコはすとんと前足を下ろして、四足になった。


「ねえ、チコ。あなたに、これをかけてあげてもいい?」


 私は花冠を手に尋ねる。

 チコはじっと動かない。許されたみたい。

 私はチコに花冠をかけてあげた。頭よりも大きなサイズだから、通り抜けて、首に引っかかる。


「”子供たち”と、おそろいだね」


 チコは両手を伸ばして、私の手をとった。私の掌に額を押し付ける。そして、目をつぶった。

 懐かれたのかな?


「へへ……。あったかいね」


 私は笑いながら、傍らにいるクラトスとマーゴを見る。

 すると、2人はじっと私のことを見つめていた。

 え、何!? 何でそんなに見つめてくるんですか?


「そっちの方がいい」


 クラトスが言う。


「にゃー!」


 マーゴがうんうんと頷いた。

 何が……!?


 チコはゆっくりと私から離れる。そして、森の奥へと駆けていく。

 いつかチコがまた、子供たちと会える日が来るといいな。

 そんなことを願いながら、私は「小さなお母さん」の背中を見送っていた。


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