5 魔法を教わる2

 それからというもの、私は魔法の練習に暮れるようになった。

 暇な時には、書庫で練習! ひたすら練習!

 その結果――。


「だめだぁ……。全然できないよ……」


 何も起こりません!

 ここまで進歩がないと、心が折れそう……。

 クラトスは不思議そうに顎に手を当てている。


「おかしいな。初心者はまず、魔力を掌に集める段階でつまづく。そこさえクリアできれば、後はどんな形であれ、魔法を発動させることはできるはずなんだけど」


 ちょっと休憩しよっと。

 私は壁に背を預けて、腰を下ろした。

 近くの本棚から本をとり出して、広げてみる。


 魔法書だった。

 こうして魔法を習うようになってから、私も魔法書を読むようになった。

 エヴァ博士の本だ。

 この世に魔法を生み出した、古代の大天才である。

 世界に存在する魔法書が、ほとんどこの人の著書だというから本当にすごい。千年前に魔法の技術が確立されて以来、博士の魔法理論を超える学者は現れなかったということだ。

 博士の本名は不明で、著書に必ず「エヴァ」とサインされていたことから、「エヴァ博士」と呼ばれるようになった。


 うーん……それにしても、魔法書の内容は相変わらず難しい。

 読んでると、頭から煙が出そう。

 クラトスの方を見上げる。彼はいつものように空中に浮かんで、本を読んでいた。


「ねえ。そういえば、どうして私に魔法を教えてくれる気になったの?」

「自衛手段だよ。先日のようなハンター絡みの依頼では、危険が伴うこともある」

「うん」


 なるほど、確かに。クラトスがいてくれたから危険はなかったけど、いつも一緒にいてくれるわけではないもんね。

 なんて思っていると、


「ああいった状況では君から離れないようにするし、何かあれば僕が絶対に守るけど」

「う、うん……?」


 あれ?

 私、今……すごいことを言われてません?

 クラトスの態度があまりに淡々としているから、判断しづらい……! それって、どういう意味で言ってるのかなあ?

 私が混乱しているのを尻目に、クラトスは話を続ける。


「万が一と言うこともありえる。だから、君には自衛手段を持っていてほしい。……エリン? 聞いてる?」

「ぅえ!? は、はい……っ」


 う、うわああ、何だか頬が熱いよ……!

 クラトスの顔を見れない。私は不自然なほどに明るく言った。


「自衛、自衛手段ね! オッケー! それじゃあ、がんばらないとね!」


 立ち上がって、拳を握ってみせる。そわそわして、体を動かしていないと落ち着かないよ!

 私は再度、魔法の練習を開始した。

 えい! 空振り!


「何でうまくいかないんだろう。他の魔法も試してみようか」


 クラトスはそう言って、私の前まで降りてきた。


「火はどう?」


 彼の周りに火の球が、ぼう……と、いくつも浮かび上がる。

 神秘的で綺麗だ。

 それをしっかりと目に焼き付けて、私は脳内でイメージしてみる。

 火……調理の時の火……暖炉の火。

 よし、イメージできた! これならいけるはず!


「えいっ」


 何にも、起こりません!

 どうして……? 私って、才能ないの?

 クラトスも考えこんじゃっているし。


「魔法が失敗する場合、想定とは異なる現象が起こる。けど、君のように何も起きないのは変だ。何かに阻害されている? いや、でも、その原因として考えられるのは……」


 思考に没頭しているせいか、魔法の制御が甘くなっている。クラトスの周囲に浮かんだ火が、ゆらゆらと揺れた。

 あ、本にぶつかっちゃう!


「わー! クラトス! 火! 火~! 本が燃えちゃう!」


 私があたふたとしていると、火が消滅した。

 ふー、よかった。

 その瞬間、クラトスが目を見開いて、私を凝視する。


「君、今……僕の魔法を消した!?」

「へっ……? あれ? 今のって、クラトスが自分で消したんじゃないの?」

「僕は何もしてない。エリン!」


 クラトスは掌に氷を作り出す。


「これ、消せる?」

「え……?」


 そんなこと、できるかなあ?

 訝しみながらも氷を睨みつける。

 さて。さっきは、どうやったんだろう。『消せなきゃ!』って思ったんだ。

 消す……消す……。

 あ、そうだ。魔力を集めて、イメージする……氷、消えろ!

 次の瞬間、氷が消滅した。

 え、できた?

 私以上に、クラトスが驚いている。


「対抗魔法!? それも理論を理解していないのに、感覚だけでできるのか……!?」

「これって、すごいことなの?」

「普通は、火を消すなら火の魔法の熟練、氷が相手なら氷魔法の熟練が必要となる。だけど、君は魔法の発動は一切できないのに、対抗魔法が使えている」


 クラトスは純粋な賞賛のこもった目で、私を見つめる。


「エリン。君は優秀だよ。優秀な『魔法士相手特化』の魔法士になれる」


 今まで褒められた中でも、一番実感がこもった言われ方……!

 嬉しいけど、恥ずかしい。褒められるのってけっこう恥ずかしんだな……。

 私はたじたじになって、自分の手をいじった。


「けど、問題があるとすれば、魔法士が相手じゃないと意味がないことだ」

「あ……そうだね。攻撃手段がないことに変わりはないわけだから」


 相手の魔法を消せるってだけだもんなー。

 タタッ……スゥちゃんがまたクラトスへと駆けていく。クラトスはスゥちゃんを掌に乗せた。

 頬袋マッサージをしてあげながら、何気なく告げる。


「――君のことは僕が守るから、心配はないけどね」


 だからー!

 そういうことを不意打ちで言うの、やめてくれません!?




 私はその後、練習を重ねて、消せる魔法もどんどんと大きくなっていった。

 すると、クラトスが――。


「次は、攻撃魔法を消す練習をしよう」


 とか言い出した。

 えー……攻撃魔法って、私に向かって撃つってこと? それって失敗したら、痛い目にあいそうじゃない?

 いくら自分の祝福で治せるといっても、練習で怪我をするのは嫌だなあ。

 私が不安に思っていると、


「大丈夫。僕が君を傷つけるはずがないだろ。失敗したら、すぐに魔法は解除するから」


 本当に、この人はそういうことを当然のように言うよね。

 まあ、そんなわけで攻撃魔法を消す練習だ。

 始めは中庭でやろうとしたんだけど、ディルベルに「危ねえだろ!」と怒られた。

 ごもっともです……。

 ディルベルが「ゲート通してやるから、他のとこでやれ」と言うので、私たちは草原へとやって来ていた。


「今の君なら、これくらいいけると思う」


 クラトスが手の中に火炎球を生み出す。拳大くらいの大きさだけど。

 それが私に向かって飛んできたら、怖い!

 わー、ちっちゃくても、攻撃魔法はやっぱり怖いよ!

 私は咄嗟に手を前に。


 お願い、消えて! そう祈りながら、魔力を集める。

 すると――眼前で、火の魔法は消滅した。

 わ、本当にできちゃったよ。


「で、できた!」


 私は目を輝かせて、クラトスを見た。


「できたよ、クラトス!」

「うん。よかったよ」


 嬉しい。高揚感が体を巡って、ふわふわとしている。

 お祈りする以外にも自分にできることがあったなんて、嬉しいな。

 その後も何度か練習して、簡単な攻撃魔法なら、問題なく無効化できるようになった。

 浮足立った気分で、私は帰ろうとした。


 クラトスが空中で停止している。

 あれ、珍しい。何だか呆気にとられたような顔をしている。


「どうしたの?」


 クラトスは宙を手で探るような動作をしている。

 そこには何もない。でも、それはおかしい。

 だって、その辺りには転移ゲートがあったはずなのに……。


「ディルベルのゲートが閉じている」

「それって……」

「施設で何かあったのかもしれない」


 嫌な胸騒ぎに、私は拳を握った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る