第5章 骨竜ディルベル

1 襲撃

 私たちが魔法の練習をしている間に、ゲートが閉じてしまった。

 ゲートがなければ転移できない。

 私たちは空を飛んで、施設へと向かっていた。

 私はクラトスに横向きに抱きかかえられている。この体勢、けっこう恥ずかしいけど……でも、それを気にしている余裕も今はない。

 それよりも、不安でいっぱいだった。


 転移ゲートはどうして閉じてしまったのだろう。まさか、ディルベルの身に何かあった?

 他の子たちは無事かな。

 今日はスゥちゃんもお留守番している。

 ディルベル、マーゴ、シルク、スゥちゃん……。それに、先日、ハンターから保護した幻獣たち。

 皆、無事でいて。


「どうしよう……。もしあの場所が、幻獣ハンターに襲われたとかだったら……」

「あそこに普通の人間が入ることはできない」

「え?」

「そうか。君、あの施設がどこに建てられているのか、知らないんだね」

「森の中じゃないの?」

「その森がどこにあると思う?」

「ん?」

「そろそろ見えてくるよ」


 クラトスがどんどんと高度を上げていく。

 あれ、地面に降りないのかな?

 そう思っていると、雲を突き抜けて、蒼穹が広がった。

 私は息を呑む。

 島が浮いていた。大きなコマのような形の島だ。

 外周はまるで城壁のような山に囲まれている。あ、そうか、だから展望台の頂上から見た時、ここが空の上にあることがわからなかったんだ。

 島の中心部には森が広がっていて、展望台も見えてきた。


「浮島?」

「そう。あの施設は、空に浮いた島の上に建てられているんだ。だから、普通の人間は出入りできない」


 そっか。私、今まで空を飛ぶ魔法士なんて見たことがないもん。クラトスが特別であって、普通はできないことなんだよね。

 ということは、ハンターに襲われた可能性はないと思っていいのかな?

 ちょっとホッとした。


「あ、それなら。ディルベルが寝ちゃってるとか……私たちのことを忘れて、間違えてゲートを閉じちゃったとかかな?」

「その可能性は低いと思うけど」


 クラトスは釈然としない様子で、施設へと向かった。

 建物の中に入って、私は愕然とした。室内は誰かに荒らされた形跡があったのだ。

 そして、異様なほどに静まり返っている。


「ディルベル! マーゴ! シルク! スゥちゃん!」


 心臓がうるさいくらいに鳴っている。

 どうしよう……どうしよう……!

 クラトスが険しい顔で、私を守るように立つ。2人で施設の中を回っていった。

 誰も見つからない……。マーゴたちはもちろん、保護していた幻獣たちもいなくなっていた。

 私の部屋に着く。泥棒に入られた後のように、荒らされていた。

 血の気が一気に引いていく。

 ふらつきそうになったのを、クラトスが支えてくれた。


「でも、誰が? どうやってここに入って来た」


 クラトスが険しい面差しで呟く。

 その時、私は気付いた。

 窓辺に置いた瓶! そこにはスゥちゃんからもらったお花の氷を入れていた。日に当たって、氷がキラキラと輝いている。


 ――記憶の中のものよりも、大きな氷が。


 私はすぐに瓶へと駆け寄る。

 中身をとり出すと、それは拳大の氷だった。中には、丸いものが入っている。

 この水色って……!?


「クラトス、スゥちゃんがいた!」


 クラトスがハッとして、氷に手をかざす。

 氷が一瞬で溶けていく。

 その中からスゥちゃんが、ころんと現れた。体を丸くした状態で氷結したみたいだ。

 スゥちゃんは私の掌の上で、ぐったりとしていた。


「すぐに治してあげるからね」


 私は祈った――。


 ◆ ◇ ◆


 エリン、エリン。

 まだかなー。

 僕は部屋の窓から外を眺めていた。

 ぐるぐる。

 ちらっ。

 耳をくしくし。

 ちらっ。

 窓からは展望台の入口が見える。


 あ、ドアが開いた! エリンかな! やった!

 ……あれ? エリンじゃない。

 知らない人たちだ。

 ディルベルも一緒にいる。彼らは何かを話していた。

 ディルベルが肩をすくめて、何かを言う。

 すると、知らないおじさんたちが動き始めた。


 あ、マーゴが飛んできた。

 おじさんが何かを投げる。首輪みたいだ。それがマーゴの首に巻きつくと、マーゴはぐったりとして地面に落ちた。

 騒ぎを聞きつけて、シルクが出てくる。

 おじさんが首輪を投げる!

 シルクが倒れた。


 その様子を見て、ディルベルは知らんぷりしている。

 そんな……ディルベルって、悪い人だったのか!

 ゆるさない! 僕がやっつけてやる!

 足音が聞こえて、僕は飛び上がった。 

 やっぱり怖い……無理。


 どうしよう……。

 足音が近づいてくる。

 見つかったら、つかまっちゃう!

 僕は瓶の中に入って、氷の術を使った。

 全身が凍りついていく――その瞬間、扉が乱暴に開かれる音が聞こえた。


 ◆ ◇ ◆


 私は呆然としていた。

 今、見た光景が信じられない……。


「クラトス……。ハンターをここに連れてきたの……ディルベルだった……」


 クラトスが目を見張って、私を見る。

 あ、しまった! 思わず、口走っちゃったけど。


「あ、そのね……どうしてそれがわかったかっていうと、詳しくは言えないけど、私にはわかるの……」

「信じるよ。君の言うことなら」


 クラトスは真摯な様子で告げる。

 それ以上のことは聞いてこなかった。


「展望台に行こう。ディルベルがどこにゲートを通したのか探る」


 私たちは展望台に向かった。

 クラトスが転移装置に手を当てて、意識を集中させている。


「クラトスには、この転移ゲートは使えないんだよね?」

「魔法では空間転移はできない。このゲートを使うには、必ず幻獣の力が必要となる。でも、魔力の痕跡を探れば、ディルベルがどこにゲートをつなげたのかはわかる」


 クラトスは手を離すと、


「プーリ地方。あの辺りか」


 静かに呟いて、出入口へと向かった。


「僕はディルベルとハンターの行方を追う。君はここで待っていて」

「私も一緒に行く」

「危険だよ」

「でも……! 私、ここでじっと待っていることなんてできないよ!」


 今こうしているだけでも、不安に押しつぶされそうだ。

 ハンターは捕まえたマーゴたちをどうするのだろう。彼らが今、どうしているのか……考えただけでも、怖くてたまらない。


「私、皆を助けたい。マーゴ、シルク、他の幻獣たち……」


 せっかく仲良くなれたんだもんね。

 それに……。


「……それに、ディルベルのことも」

「どういうこと?」


 クラトスは怪訝そうな顔をする。

 どうして、ディルベルがハンターに皆を売ってしまったのか。

 私には1つだけ思い当たることがあった。

 初めてこの施設に来た時、ディルベルの体はバラバラだった。私は彼を治療した。その時、見えた光景がある。

 そこにヒントはあった。

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