4 妹と私

 私が5歳の時、太陽神ペタルーダの加護が宿った。

 それは異例の若さということで、周りも驚いたそうだ。

 この国では太陽神を信仰していて、たまに神様からの加護を受ける人間が現れる。そういう人は、治療する力を授かれるのだ。


 太陽神の加護を受けた人は、平民も貴族も関係なく、修道院に入り、神官となる。

 普通、加護を授かるのは12、3歳になってからのことが多いそうなんだけど。

 私の場合は、とにかく早かったのだ。

 まだ親離れもしていないうちから、両親と引き離されて、修道院に行くことになった。

 この頃はまだ、両親も私との別れを惜しんでいた。


 修道院では司祭様を始めとして、他の神官たちも皆、私に優しくしてくれた。だから寂しくはなかったけれど、私は早く元のお家に戻りたいなと考えていた。

 その念願が叶ったのは、10歳になってからだ。

 私は修業を終えて、正式にペタルーダ教の神官となった。

 そして、家に帰ることが許された。


 久しぶりの実家は懐かしかったけれど、疎外感があったのも事実だ。

 お父さんもお母さんも妹も、すごく仲がよさそうだった。家に戻った時、妹のミレーナがまるで余所者を見るような目で私を見ていたのが、印象に残っている。

 いや、きっと、ミレーナにとってはそうだったのだろう。ミレーナは私の1つ年下。幼い頃に家を出て行った姉の記憶なんて、ほとんど残っていなかったにちがいない。

 仲のいい家族に、突然挟まれた邪魔者――それが私だったのだ。


「ねえねえ、お母さま! 今日は髪を、編みこみにしてくださる?」


 ミレーナの髪はお人形のように綺麗で、背中まで長く伸ばしていた。その髪をお母さまが楽しそうに毎日結んでいた。


「お父さま! この服はもう飽きちゃったの。新しいのを買って!」


 ミレーナの服は貴族の娘としてふさわしい、華美なものが多かった。お父さまは張り切って、何着でも買っていた。

 お母さまもお父さまも、とても貴族らしい貴族だった。華やかなものが好きで、綺麗なものを愛でるのが好きだ。

 そして、ミレーナは侯爵家の娘としてふさわしく、愛らしく育った。

 彼女は両親の自慢だったのだろう。


 一方、私は修道院での生活で邪魔になるからと、髪を常に短くしていた。

 質素な格好に慣れてしまったので、動きづらいドレスや、ひらひらとした飾りは苦手だった。

 地味で、質素な姿の娘――私は確かに、侯爵家の中で浮いた存在だった。

 やがて、ミレーナは私に見下したような目を向けてくることが増えた。


「お母さま。お姉さまったら、お母さまの用意した髪飾りが気に入らないみたいなの! こんなに大きな飾りを頭に付けるなんて、馬鹿みたいですって」


 お母さまは驚いた顔で私を見る。

 ……待って。ちがうよ。

 私は、そんなこと言っていない。


「お父さま! お姉さまったら、お父様が用意したドレスなんて着られないって。見て。こんな袋につめて、捨てようとしていたのよ」


 お父さまは不快そうにそれを見ている。

 私は、そんなことしてないのに……。

 お父さまに叱られている私を、ミレーナは勝ち誇った顔で眺めていた。

 それ以降、両親はあからさまにミレーナと私の扱いを区別するようになった。

 ミレーナとは一緒に食事をとって、彼女の話を聞きたがり、彼女が欲しいと言ったものは何でも買い与えた。

 一方、私はいない者として扱われた。侯爵家に長女なんて初めからいなかったかのように……空気のような存在になった。

 それからの実家での生活は、あまり思い出したくない。


 12歳になった時、私は家を出た。

 ペタルーダ教の教会へと戻ったのだ。

 元々、教会に戻ることは決まっていたしね。私の場合、若すぎることが異例だったので、特別に家に戻っていいということになっていたのだ。

 通常は12歳で修道院に入って、神官になれるのは15歳以上だ。

 司祭様は私の境遇を知って、とても同情してくれた。


 そして、規定よりは若い年齢ではあったけれど、特別に神官として仕えることを認めてくれたのだ。

 私が授かった神様からの加護は絶大なものだったらしい。何かにつけて、司祭様は私のことを褒めてくれた。

 私は『太陽神の寵愛児』と呼ばれるようになり、周囲からも特別扱いされていた。

 実家よりも教会の方が居心地はよかった。

 それすらも奪われてしまったのは、15歳の時だった。


 ――妹のミレーナにも、太陽神の加護が宿った。

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