3 賑やかな食卓
食堂は調理室の隣にあった。
他の部屋より広くて、開放感のある室内だ。2階まで吹き抜けとなっている。外側の壁が全面ガラスとなっていて、陽光が室内にたっぷりと入りこむ。
いいお天気! 日の光をいっぱい浴びると、気分がよくなる。
外は木ばっかりだ。この施設は、森の中にあるのかな?
料理を運んでいると、吹き抜けの2階から何かが降ってきた。
え? 白い? 風船……?
それは私の腕にとまる。
あ、小鳥だ……! 不思議な見た目の鳥だった。
色は真っ白。ふわふわの毛に覆われている。お腹が膨らんでいて、風船みたい。風船に翼とくちばしをつけたみたいな姿だ。
飛び方も「ぱたぱた」ではなく、「ふわふわ」。降りてくる時も風船が下りる時のように、ゆらゆらと揺れていた。
黒い目がつぶらで可愛い。私の顔を覗きこんで、ちょこんと首を傾げている。可愛すぎる!
「そいつは【バロープ】っていう種族だ」
ディルベルがスープを運びながら、説明してくれる。
すると、【バロープ】はくちばしを開いた。
「ふあふうう……」
あくびのような音が漏れる。すると、お腹が更に膨張してから、ぷしゅうと少しだけしぼんだ。
何これ、深呼吸!? ますます可愛い! そのお腹をつんとつついてみる。ふわふわなのに、ぽんぽんだ! 毛はもふもふとしていて、その内側は弾力がありそうな皮。この感触、くせになりそう……!
「初めまして。私はエリン。あなたのお名前は?」
「【バロープ】!」
甲高い声が答えた。
おお、この子も喋れるんだ!
「それって種族名でしょ? あなた自身のお名前は?」
「私はエリン! 【バロープ】っていう種族だ!」
小鳥ちゃんがもう一度答えた。
私は【バロープ】じゃないよ!?
あれ?
ディルベルがおかしそうに噴き出している。
「【バロープ】はな、喋れないが声真似が得意なんだよ」
あ、なるほど。そういうことか。
この子、さっきの私とディルベルの台詞を真似して、くり返しているだけなのね。
「そいつの名前はシルクだ」
「シルク? そっか、よろしくね」
その時、頭上に影がかかった。2階からクラトスが下りてくる。
席に着くとパンケーキに気付いて、
「それ、何?」
「普通のパンケーキだけど……。え、見たことない?」
クラトスは何も言わずに、パンケーキを見つめている。
さすがにパンケーキが初見って、そんなはずないよね?
他の人たちもそれぞれ食卓についた。
ディルベルが「ここで暮らしているのは、これで全員だ」と教えてくれる。
私は改めて、皆の姿を見渡した。
全部で4人(匹?)だ。
竜の【カロドラコ】ディルベル。
猫の【ガネライト】マーゴ。
小鳥の【バロープ】シルク。
そして、謎めいた人――クラトス。
彼の見た目は完全に人間だけど、正体はよくわからない。
こうして一風変わったメンバーと共に、私は朝食をとることになった。
シルク(小鳥)と【スキュフラート(リス)】は果物を食べるらしい。私はみかんを剥いて、小皿に載せた。シルクは頭ごとお皿につっこんで(お腹が大きいので、食べづらそう)食べ始める。
【スキュフラート】は両手でみかんを持って、ほっぺにつめこんでいた。あ、たくわえてる! ほっぺがぷっくりとしてきても、なおも口につめこもうとしている。
マーゴとディルベルは、スープのお肉を豪快に噛みちぎっている。こっちは完全に肉食って感じ。
さて、問題はクラトスがどんな反応をしてくれるのかだけど……。
クラトスはナイフとフォークで、パンケーキを切り分けている。姿勢もよく、音もたてず、マナーが完璧だ。
やっぱりこうしていると、気品がある。「実は爵位を持っている」と言われても納得できる。まあ、そんな高貴な人がこんな場所で暮らしているわけがないから、ちがうんだろうけど。
クラトスが初めの一口を食べる様子を、私はドキドキと見つめていた。
顔色がまったく変わらない。だから、何を考えているのかわからない。
それなのに、
「クラトスがシリアル以外のもの食ってるとこ、初めて見たぜ……」
――って、何で皆、びっくりしてるの?
そんなに珍しいことなの?
クラトスは黙々とパンケーキを食べている。意外と気に入ってくれたのかな?
私もパンケーキを一口、食べる。うん、今日は焦がさなかったし上出来! 甘くて美味しい!
食べながら、クラトスに話しかけた。
「ねえ、クラトスは幻獣を助けてあげたり、保護してあげたりしてるんだよね」
「それがなに」
「どうしてそういうことをしているのかなって」
「君には言えない」
だんだん慣れてきたけど、そっけないなあ……。
とはいえ、私も悪かったかも。人には誰だって聞かれたくないこともあるものだし。
「えっと……聞かれたくないことだったら、ごめんなさい」
そう言うと、クラトスは手を止めて、私をじっと見た。
この視線はちょっと苦手だ。
無表情でも綺麗すぎるのだ、この人は。
それに、敵意をなくしたクラトスの視線は何というか。純粋に相手を探ろうとでもするかのような……研究者気質って言うのかな? 観察されている、そんな感じである。
「君は?」
「え?」
「何であんな場所にいた?」
「あ、それは確かに。昨日の私、あんな森を1人でさ迷ってたもんね。私の方が怪しかったね?」
「君が女神から受けた加護は、卓越している。聖女としてふさわしいどころか、その枠にすら収まりきれないほどの力だ。そんな君が、なぜ【幻光の樹海】にいた?」
待って、待って、唐突に褒め殺さないで!?
クラトスの発言は淡々としていて、事実を羅列しているだけという感じだ。たぶん、当人も褒めているという自覚はなさそう。
だからこそ、事実を突きつけられているみたいで、余計に恥ずかしい。
「なぜって言われると……」
私は昨日のことを思い出した。
途端に褒められた高揚感が消え失せて、胸が苦しくなる。
そうか、私……。妹に聖女の立場を奪われて、ロイスダール様にはフラれた(いや、そもそも、恋人でも片想いでもなかったけど)。
優しかった司祭様にまで裏切られて……。
もう私は、彼らには必要とされていないんだ。帰る場所もない。私にはどこにも居場所がない。
鼻の奥がつんとなる。泣きそうになったのを私は堪えた。
こんなところで泣いたら、皆に気を遣わせちゃうしね。
だから、泣く代わりに私は笑う。なるべく軽く聞こえるように答えた。
「私、追放されたの」
「……そう」
視線で続きを促してくるので、私はどこから話したものか、と頭を悩ませる。
私は侯爵位アズナヴェール家の長女として、生まれた。
幼い頃は、普通の家族だったと思う。両親は多忙だから私とあまり関わりがなかったけど、でも、意地悪をされることはなかった。その頃のミレーナも同じだ。
何かが少しずつ変わっていってしまったのは……私が5歳の頃だ。
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