2 猫とパンケーキ
中を覗くと、そこは調理室だった。
棚には調味料の瓶が並び、窓際には燻製肉や草花が吊り下げられている。部屋の隅には箱が積み重なっていた。中には果物とか、野菜が詰めこまれている。適度な生活感と、オレンジ色の床タイルで、温かみのある空間だ。
調理台のそばに、小型の幻獣がふわふわと浮いている。
見た目は猫!
四足歩行ではなく、立ち上がった姿勢で空中に浮かんでいる。毛色は朱色……まるでカーネリアンのような、温かみのある色合いだ。
ぴんと立った三角の耳、もふもふの尻尾、柔らかそうなお腹。
普通の猫とちがうのは、背中から黒い翼が生えているところだ。それがパタパタと忙しなく羽ばたいて、飛行している。
猫ちゃんは「にゃん♪ にゃん♪」と上機嫌に歌っていた。両手にはカゴを持っている。
ディルベルが声をかける。
「マーゴ。今日はこの子の分も頼む」
「うにゃ?」
猫ちゃんは黄緑色の瞳をこちらに向ける。猫特有の瞳孔が細い目だ。
そして、嬉しそうに私に飛びついてきた。か、可愛い!
と思いきや、私の服を手でつかみ、
「任せてにゃー! 人間の調理は初めてだけど、きっとマーゴなら美味しくお料理できるにゃん」
「ちげえよ!」
「私、美味しくないよ!?」
「うにゃ? 新しい食材じゃないのにゃん?」
「いいか、マーゴ。この子はお客様だ」
「うにゃー!? クラトスが人間を招くなんて、どうかしちゃったのかにゃ? 最近、ちゃんとご飯を食べてないのにゃー。そのせいで錯乱しちゃった?」
「はは! あいつは普段から変わってるからな。錯乱している方が、むしろまともになるのかもしれねえ」
ディルベルは笑い飛ばしてから、私に向き直り、
「エリン。こいつはマーゴ。種族は【ガネライト】だ。うちの調理担当をしている」
「エリンです。よろしくね、マーゴさん」
「マーゴは親しみを持って、マーゴって呼ばれたいのにゃん」
パタパタと飛びながら、マーゴは左右に揺れる。
「エリンお客様に、朝食のご用意をするにゃん。お肉♪ お肉♪ どんなお肉が好き?」
カゴから食材をとり出して、机に並べていく。
何とすべて、生肉だった……。
「お魚、豚、牛、鳥があるにゃん。マーゴのオススメは、お魚のお肉にゃん♪」
「朝ごはんって、お肉とお魚だけ?」
「お魚はお肉なのにゃん! 好きなお肉を選んでにゃー」
「ここでは、皆、お肉を食べるの?」
「当然にゃん! お肉がナンバーワン。猫だけど、ワンなのにゃん!」
ディルベルの方を見ると、『もちろん』という風に肩をすくめた。
そういえば、竜だもんね。
「それってクラトスも?」
「クラトスはマーゴのご飯、食べてくれないのにゃん。シリアルしか食べないのにゃー」
「どうして!? あ、そっか、動物のお肉が可愛そうだから食べられないっていう……」
「いや。単に食べるのが面倒くさい、栄養がとれればそれでいいって言ってたな」
究極の効率屋なの!?
「エリンはどのお肉にするのかにゃ?」
「私は朝からお肉は食べないかなぁ……。あ、そうだ。よかったら、マーゴのお手伝いさせてもらってもいい? それで自分の分を作ってもいいかな?」
「よいのにゃー。一緒にお肉を作るのにゃあ♪」
「あー。だが、食材は幻獣用の物か、シリアルくらいしか置いてねえぞ?」
「ちょっと見せてもらうね」
棚の上や箱にある食材。それを見ていくと、
「あ、小麦粉。卵にミルク。メープルシロップもある」
「シロップは、虫か花の幻獣が食べるからな」
「これなら、あれが作れそう」
修道院では、食事の用意も自分たちでやっていたから。
これでも簡単なものなら作れるんだよねー。
というわけで、私はマーゴと並んで調理台に立った。
【スキュフラート】は危ないので、肩から下ろして、机に乗せる。すると、テーブルを両手でかりかりと引っかき出した。何してるんだろう。穴掘り? ま、いいや。
マーゴのお肉を切るのを手伝っていると、
「うにゃー! エリン、お料理がお上手にゃん。ちゃんと切れてるにゃー」
マーゴがいっぱい褒めてくれるから、恥ずかしかった。
別に料理上手な方でもないから、普通にお肉を切ってるだけなんだけどね。
マーゴは切ったお肉をお鍋に投入し、スープを作り始めた。おたまを両手で持って、自分ごとぐるぐると回って、中身をかき混ぜている。すごくいい匂いがしてる。
「にゃむにゃむ♪ にゃあ♪」
陽気な歌を聞きながら、私は自分用の朝食にとりかかることにした。
ボウルに牛乳と小麦粉、卵、砂糖をいれて、混ぜる。それをバターで焼いて、パンケーキの完成だ。
「一応、クラトスの分も焼いてみようかな」
「やめておけ。あいつ、すげー偏食だぞ」
「そうにゃん。クラトスは変わり者なのにゃん」
うーん。
ま、一応、多めに作っておこう。クラトスに「いらない」って言われたら、自分で食べればいいしね!
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