第2章 保護施設の人たち

1 骨が美形になった

 リスのような幻獣の【スキュフラート】は私に懐いたらしく、ずっと離れなかった。肩の上に乗って、せっせと尻尾を毛づくろいしている。

 ふわふわもふもふの尻尾が、私の頬をかすめて気持ちいい。可愛すぎる……!

 私はクラトスに呼ばれて、治療室の外へと出ていた。


「君がなぜあんな森に1人でいたのか、理由を聞きたいところだけど。僕はやることがある」


 クラトスはそう言うと、宙へと浮かんだ。

 やっぱり昨日の飛行は、体調不良で安定していなかったみたい。今日の飛び方はゆったりとしていて、優雅だ。

 宙で脚を組み、座るような姿勢をとっている。その姿にも余裕と優美さが漂っている。貴人のような風格があるのだ。私は思わず見とれてしまった。


「ディル」


 クラトスが呼ぶと、私の目の前で闇が展開した。

 そろそろ見慣れてきた、空間転移の前触れだ。

 その中から現れたのは……骨じゃない!?

 長身の男性だった。

 いや、誰!?


 この国では珍しい風体の男性だった。歳はクラトスと同じくらいに見える。

 褐色の肌。たくましい体付き。怪しく光る赤色の目。

 頭の上には角が2本、生えている。背中には翼……実体があるわけではなく、翼のように見える闇が浮かんでいる。

 どう見ても、人間じゃないし。

 少し長めの黒髪が、目元とうなじにかかっている。

 それをうっとうしげに払って、男はクラトスを見上げた。


「おう、呼んだか?」


 この軽薄そうな喋り方。そして、声。

 もしかして、この人……。

 私が唖然としていると、彼はこちらを向いて、にやり。野性的な笑みだった。

 うわ、何だか危険な匂いがぷんぷんとする人だ。美形なのは間違いないけど、自信に満ちあふれていて、鼻につくような雰囲気だ。


「おいおい。誰だって顔してやがるな? もう俺のことを忘れちまったのか?」

「ええー……まさか、ディルベル、なの?」


 クラトスが空中に浮かんだまま、頬杖をつく。そして、説明してくれた。


「幻獣の中でも、【竜系統】は特別な存在だ。様々な特殊能力を持ち、中には人型に変身できる種族もいる。【カロドラコ】もそのうちの1つ」


 ディルベルは目を細めて、にやりと笑う。


「見惚れたか?」

「ディルベルって【竜】だったんだ」

「そこからかよ!?」


 いや、だって、骨だったし。でも、確かに造形は竜だったもんね。


「ディル、その子を頼む」


 クラトスはそう言うと、更に高度を上げる。階段の上へと消えていった。

 私はディルベルと顔を見合わせた。


「ねえ、クラトスって人間じゃないの? 彼も幻獣が変身した姿だったりする?」

「さあな。あいつとはしばらく一緒にいるが……あいつが何者なのか、どうして幻獣を助けることをしているのか。俺は知らねえ」

「そうなんだ」


 ディルベルは、ふ、と優しげな笑みを見せる。私を気遣うように言った。


「ま、とりあえずは飯にしようぜ。あんたも腹減ってるだろ?」

「うん。そうだね」


 廊下を歩きながら、ディルベルはこの施設の構造を簡単に説明してくれた。

 ここでは幻獣の保護を行っているらしい。

 中央にある塔が展望台。それをドーナツ型に囲うように建物がある。元は研究所のような施設だったらしい。

 2階建てで、1階には治療室や幻獣の保護部屋、調理室などがある。2階はこの施設で暮らす人たちの個室になっているんだって。


「え、ここって、クラトスの他にも誰かが住んでるの?」

「まあな。俺みたいに、あいつの手伝いをしている幻獣がいる。すぐに会えると思うぜ」


 上から見ると丸い建物だから、廊下もゆるくカーブを描いている。そこをディルベルと並んで歩きながら、私は気になっていたことを尋ねた。


「ディルベルはどうして体がバラバラになってたの? あなたもハンターに襲われて……?」

「いや。俺のは事故に遭ったようなもんだ。外を飛んでいたら、たまたま凶暴な幻獣の縄張りに入りこんじまってな。そいつに襲われて、あのざまよ」


 おかしいな。

 私が治療した時に見えた光景では、ディルベルは人間に襲われていたみたいなのに。それで男たちに追いつめられて、何かをするように強要されていた。

 ディルベルの顔を窺うと、彼はさっきと変わらない笑みを浮かべている。強気で、挑発的な笑みだ。その様子からは、嘘をついているようには見えなかった。


 ――私の過去視の能力は、特殊なものだ。


 他の神官や、歴代の聖女にそんな力はなかったという。司祭様にも確認をとったから、確かだと思う。

 何でこんな力が私にあるのか、私にもわからない。

 この能力はある日、突然、芽生えたから。

 過去を覗ける時間は、祝福をかける大きさに比例する。つまり、相手が重傷だとたくさん覗くことができるし、軽傷の場合は一瞬しか見えない。

 司祭様にはこう言われた。


『このことは誰にも話してはいけませんよ。エリン』


 司祭様は私のことを裏切ったし、彼に言われたことを守らなければいけない道理はない。

 でも、私はこの力のことを誰にも話すつもりはなかった。

 だって、私はディルベルを治療して、記憶を覗いてしまった。いくら不可抗力とはいえ、それを知ったら誰だって不快に思うはず。


「ん? どうした?」

「あ、ううん。何でもないよ。そうだったんだ。大変だったね」

「おう。だから、エリンが治してくれて助かったぜ」


 にっと笑った顔は、愛嬌があって憎めない。


「クラトスもよっぽどあんたを気に入ったみたいだな。普通なら、ここには招き入れてもらえないぜ」

「ええ……でも、それは私が幻獣を治療できるからじゃないの?」

「いーや。それだけじゃねえと俺は見たね」


 本当かなあ?

 だったらもう少し、私の前で笑顔を見せてくれてもいいと思うけど。

 昨日、少しだけ見たクラトスの笑顔。本当に幻のように一瞬だったけど! すごく優しげで綺麗だった。あんな顔をまた見たいな。

 その時、近くの部屋から陽気な歌声が響いてきた。


「にゃむにゃむにゃあ~♪ ご飯の時間にゃのにゃん♪」


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