5 誰にも愛されなかった私

 そして、彼女は修道院へとやって来た。

 私は初め、そのことをあまり考えないようにしていた。

 ミレーナを見ると、痛感してしまうことになるから。


 ――私は愛されなったのだという事実を。


 今までずっと目を背けてきた。

 私が両親に愛されなかったのは事情があったからであって、仕方のないことだって、私は思いたかった。

 だって、私は小さい頃に修道院に入ることになって、両親から引きはがされたのだから。そこでの暮らしのせいで、貴族らしい価値観を身に着けることができなかったというだけなのだから。

 だから、両親に疎まれるのも仕方がないんだ。

 そう思いたかった。


 ――それなのに。


 私はミレーナを見る度に、思い知ることになった。


 ――どうして彼女の下には、毎週のように両親が会いにやって来るのだろう。


「お父さまも、お母さまも、私のことが心配でたまらないのですって!」


 私の時は、一度も来てくれなかった。


 ――どうして、ミレーナは修道院の中でも、髪を長くしたままで許されるのだろう。服装だって貴族の暮らしと変わらない、華美なドレスで許されるのだろう。


 本来、修道院では髪を短くして、修道服を着るのが規則だ。


「だって、髪を短くするなんて、みっともなくてたまらないんですもの。あんなださい服だって絶対に嫌! 私がそう言ったら、お父さまが司祭様に抗議してくださったの!」


 私の時は、そんなことはしてくれなかった。

 ミレーナの部屋は両親からの山のようなプレゼントであふれていた。

 服も、小物も、アクセサリーも。

 一方、私の部屋には何もない。

 空っぽの部屋で、鏡に映るのは髪を短く切った、地味な姿の女の子。


 ……そうか。

 私はやっと理解した。

 私が両親に愛されなかったのは、幼い頃に修道院に入ったからじゃない。

 あの人たちは初めから、私に興味がなかったんだ。

 私は虚しくなって、笑った。鏡の中の女の子も、寂しそうに笑った。


 ミレーナは私にないものをたくさん持っている。

 それなのに、彼女は時折、妬ましそうに私のことを睨みつけた。


『どうして、お姉さまなの?』


 その目にはそう書かれていた。


 ――なぜ、あんなみすぼらしい女が、司祭様に褒められているの?

 ――あんな女よりも私の方が優れていて、愛されるべきなのに!


 16の時。

 私は司祭様の推薦で聖女になった。

 聖女とはこの国で重要な役割を持つ立場だ。

 この国で聖女の立場を与えられるのは1人だけ。もっとも力が優れている神官が聖女となる。

 私が聖女に選ばれた時もミレーナは不満そうだった。

 その頃、よく教会に第一王子のロイスダール様が出入りするようになっていて、私は気になっていた。彼がミレーナと親しくしている様子も見かけるようになった。


 そして、17歳。

 運命のあの日。

 私はロイスダール様に呼び出された。

 場所は教会の転移装置が置かれている部屋だ。

 そこで私はいわれのない罪を糾弾された。


 ――エリン・アズナヴェールは偽物の聖女である。

 ――今まで彼女が起こしていた奇跡は、すべてまやかしだった。

 ――エリンは追放し、今後はミレーナを聖女とする。


 そして、私は転移装置を使って、あの森へと飛ばされた。

 ミレーナが私のことを妬んでいたことも、ロイスダール様が彼女に惚れこんだことも、理解できる。

 わからないのは、司祭様のことだった。

 ずっと私の味方をしてくれていると思っていた。

 それなのに、あの人までが私を裏切った。

 どうしてこうなったのか、わからない――。




 これが私の追放された経緯だ。

 いろいろと思い出したくないことまで回想しちゃった。

 でも、わざわざ自分の不幸ぶりを、皆にアピールしても仕方ないし。

 だから、私はかいつまんでこれまでのことを話した。

 つい先日まで聖女であったこと、突然、偽物扱いされて追放されたこと。妹が私の代わりに、聖女となったこと。

 ディルベルが険しい顔で吐き捨てた。


「何だ、その腐った王族とクソ司祭は! 滅びちまえ」


 猫のマーゴが明るい声で言った。


「エリンはお肉も切れて、とても素晴らしい人にゃん。元気を出すにゃー」


【スキュフラート(リス)】と、シルク(小鳥)は何も理解できていないのか、マイペースにご飯を食べていた……。ちょっと和んだ。

 クラトスは怪訝そうな顔で考えこんでいる。


「偽物? でも、君の力はどう見ても」


 何かを呟いていたけど、私はうまく聞きとれなかった。

 悲しさで胸が詰まって、呼吸するのもつらくなっていたから。

 あ、だめだめ。

 私は思い直す。こういう時、つらい顔をしちゃいけないんだった。

 ……辛気臭い態度でいたら、迷惑をかける。

 だから、私は笑う。


「へへ……これで私の身の上話はおしまい」


 クラトスの感想は一言だった。


「よく喋るね、君」


 いや、それだけかい!

 ――と思わなくともないけど、変に同情的だったり、気を遣われたりするより、私はずっと楽だった。

 辛気臭い雰囲気になると、目の奥が、じん、となるから。そういう感覚は苦手だ。

 だから、私はへらへらと笑って、「まあねー」なんて言って、受け流した。

 クラトスは続けて言った。


「君、行くとこないんだろ。しばらくは、ここにいてもいいよ」


 それはとても助かるけど……。

 本当にいいのかな?

 クラトスの態度が淡々としすぎていて、よくわからない。

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