6 真の聖女(王宮視点)

 クィシラ大陸には四季がある。

 7神の1柱であるドルラコスは、四季を司っている。今でこそ人間に直接の加護を与えてくれるのは太陽神ペタルーダのみとなっているが、大陸全土は依然として7神の恵みを受けている。


 四季神ドルラコスによる四季の恵みも、そのうちの1つだ。

 王宮内の庭園は冬の寒さを越え、春の訪れを告げていた。木々の蕾が膨らみ、開花の時を待っている。

 エザフォス王国第一王子、ロイスダール・エヴァ・エザフォスは庭園を眺めながら、回廊を歩いていた。

 春を目前にした日差しや、微風が心地いい。

 最近のロイスダールは、いたって上機嫌であった。

 偽物聖女を追放してやった。そのことで司祭には誉めそやされた。


 ――そして、美しい娘・ミレーナのことも手に入れたのだ!


(やはり結婚するならば、ミレーナの方がいいに決まっている)


 ロイスダールはそう考えていた。

 ミレーナの姉・エリンが聖女として就任したのは、今から1年前のことだった。


『いいですか、ロイスダール。聖女エリンと婚約なさい』


 母はそう言った。

 それはロイスダールの立場を固めるためであった。

 ロイスダールの母は、正妃ではない。

 正妃には長らく子が生まれなかった。

 そのため、側室の子であったロイスダールが第一王子として、大事に扱われてきたのだ。

 だが、ロイスダールが生まれた3年後……正妃が男の子を生んだ。

 その時からロイスダールの人生には歪みが生じるようになった。


 義弟は幼い頃より、非常に優秀だった。

 勉学も、剣術も、更には人格も――。何においても、ロイスダールは彼に敵わなかった。3つも歳が離れているにも関わらず!

 その頃から、母は自分の子に何としてでも王位を継がせよう、第二王子を打ち負かそうと躍起になっていた。

 そして、母は考えた。

 エリンは稀代の聖女であると噂だった。その彼女をロイスダールの婚約者にすれば、ペタルーダ教の信者からの支持も得られる。

 だが、ロイスダールはそれが面白くなかった。

 エリンは幼い頃より、女神から多大な加護を受けていた。

 天性の奇才――それが第二王子の姿に重なって、ロイスダールは彼女を疎ましく思った。

 第二王子レオルドがエリンを気に入っていることも、嫌悪に拍車をかけた。


 そんな時――ロイスダールは彼女の妹・ミレーナに出会ったのだ。

 彼女もまた、ペタルーダから加護を受けた神官の1人だった。しかし、ミレーナはエリンとは何もかも異なっていた。

 美しい銀髪と、幼く見える碧眼。才能が多少劣っていようとも、努力しようとするいじましい姿。

 そして、ミレーナは自分のことを頼りにしてくれた。聖女として、すべてをそつなくこなすエリンとちがっていて、ミレーナの頼りない姿が愛らしく映った。


『私も毎日お祈りを頑張っているのに……皆はお姉さまのことばかり、持ち上げるの』


 すねたように唇を尖らせる様に、ロイスダールは胸を熱くした。


 ――婚約するのなら、可愛さの欠片もないエリンではなく、ミレーナがいい!


 だが、それを母が許可してくれるわけがない。


 ――エリンではなく、ミレーナが聖女になればいいのに。そうしたら母も彼女との婚約を認めてくれるはず。


 ロイスダールがそう考えていた時、転機が訪れた。

 第二王子レオルドが、レピニア諸島に留学に行くことになったのだ。レピニアはエザフォス王国下ではあるのだが、王都からは離れていて、独自の文化形態が残っている地域だ。

 海を越えた地にあるので、行き来は不便であった。

 レオルドが王都を去った数日後。ペタルーダ教の司祭がロイスダールに接触して、ある提案をしてきた。


『聖女エリンは偽物です。真の聖女はミレーナ様の方なのです。殿下、王宮から偽物を追い出しましょう!』


 その話にロイスダールは飛びついた。

 かくして、エリンは偽物の聖女であると糾弾され、追放された。

 ミレーナこそが真の聖女として扱われるようになったのだ。


(ああ、何という幸運だろう! ようやく僕にもツキが回ってきた)


 これまでずっと、自分はレオルドより劣っていると思われて、不当な扱いを受けていた。それを挽回できる時が来たのだ!

 ミレーナは美しい娘だし、国民だって彼女のことを気に入るはず。

 そんな彼女が自分の婚約者となるのだ。

 ロイスダールは国民の支持を得て、次期国王となる!

 ここから自分の人生は巻き返すのだ。


 ロイスダールは気分よく回廊を歩き、騎士団の訓練所へと向かっていた。

 この時間、聖女は騎士たちの治療のため、訓練所を訪れる。ミレーナに早く会いたいとロイスダールは思った。

 彼女の愛らしい姿を見て、心を和ませたかった。


 ――その時。


 通路の奥から、ざわめきの声が聞こえた。

 騎士たちが行列を作っている。その先は治療室へと続いていた。皆、訓練で怪我を負っていて、不満げな様子で立ち尽くしている。


(何事だ? この行列はいったい!?)


 ロイスダールは怪訝に思いながら、治療室を覗きこんだ。

 ミレーナが奥の椅子に座っている。一心に祈りを捧げていた。


「主よ。あなたの光を私たちにお恵みとしてお与えください。私をお使い、奇跡の力をお与えください。憎しみには愛を。暗闇には光を、絶望には希望を……」


 長い。

 ロイスダールはそう思った。


 ――祈りの言葉とは、こんなに長いものだったのか!?


 ミレーナは一生懸命祈っているが、奇跡が起きる気配はない。

 騎士たちも、待ちくたびれた顔になっている。


「あの、聖女様……。あと、どれくらいかかるでしょうか?」


 耐えきれない様子で男が口を挟むと、ミレーナは激昂した。


「もう! 途中で話しかけないでよ! 集中が切れちゃったじゃない! また初めからやり直しよ!」


 ――初めから? またあの長い文言をくり返すつもりなのか?


「それに、今治療している人以外は邪魔だから出て行って! 気が散るわ!」

「え……複数人同時に祝福をかけるのではないのですか?」

「何よそれ! 1人ずつよ!」


 彼女の言葉で、その場にいた者たちが一斉に落胆する様子が見えた。

 ロイスダールが唖然としていると、ミレーナがこちらに気付いた。


「ロイ様ぁ~! ここの人たちが私に意地悪ばかり言うの。私は頑張って、ちゃんとお祈りしてるのにっ」


 ふてくされた顔で駆け寄って来る。

 ロイスダールは呆然としながら、彼女を抱きしめた。「あ、ああ……」と歯切れの悪い返答をする。

 彼は必死で自分に言い聞かせていた。


(だ、大丈夫だ……。ミレーナはまだ慣れていないだけだ。1年間聖女を務めていたエリンと、経験の差があるのは仕方のないことではないか! その差は些細なもので、すぐに埋められるはず……!)


 それに司祭の話では、エリンは他の神官の加護を横取りしていたのだという。

 エリンがいなくなった今、徐々にその力は元に戻って、ミレーナも真の力をとり戻すだろう。

 後でミレーナには、もう少し真面目に聖女の務めを果たすようにと忠告しておこう。自分の言うことであれば、彼女も真摯に受けとめてくれるにちがいない。

 ミレーナはきっと、新しい聖女として立派にやっていけるはずなのだ。


(僕の地位だって盤石だ……! ミレーナと結婚し、僕は次期国王となるのだ!)

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