2 癒しの力を幻獣に

 辺りを見渡すと、視界に入るのは、木、木、木――。

 森だ。それも普通の森じゃない。「ただの森の方がマシだった」と思う。

 私がいるのはどう考えても、人が立ち入っていい場所じゃない。


 だって、光ってるし!


 葉の隙間から見える空は、宝石のように輝く紺碧色。夜なのに、たゆたう雲がはっきりと見える。それは、森全体が明るいせいだった。


 夜なのにね!


 どこから光が差しているのかなんてわからない。

 だって、地面も、草も、木も。うっすらと光っているんだもん。

 その上、空中には光の玉のような物がふらふらと浮かんでいる。まるで迷い人を森の奥へと誘いこもうとでもしているかのような、怪しい動きで。

 そんな森を1人でさ迷って、私はとっても心細かった。


 何でこんなことになっちゃったんだろうね……?

 いや、原因はわかっている。ロイスダール様と妹のミレーナのせいなんだけど……。まさか常識人である司祭様までを、懐柔しているとは予想外だったけれど。

 私はびくびくと怯えながら、うっすらと輝く草を踏みしめて、森を歩いた。


 その時。


「きゅぅ……」


 やたらとかわいい声が聞こえてきた。

 私が警戒しなかったのは、その声がかわいかったのと、弱ったような声に聞こえたからだ。


「きゅ~……」


 うん、間違いない。この声は弱っている。

 怪我をしているのかもしれない。小動物が縮こまって、震えている姿を思い浮かべる。

 そう思ったら、見てみぬふりなんてできるわけがない。

 私はそちらへ歩み寄って、草をかきわける。

 そこには……。


「きゅぅ……」


 弱った姿の……。


「――ライム!?」


 私は思わず、大きな声を上げてしまった。

 そこにはライムがいた。

 柑橘類。緑色で丸い。果物。

 そう、果物――。


「きゅぃ~……」


 果物の、ライムが、鳴いてる。

 そこにいたのは、私の知っているライムとは少しちがった。まず、大きい。普通のライムの3倍くらいのサイズ。

 目と口らしきものがついている。

 一応、顔がある?


 あと、翼のようなものが生えている。これがまた、まるで天使の羽のようにふわふわで、純白で、すっごく綺麗だった。

 そんな生き物が、地面の上でぐったりと倒れていた。


「え、何これ……ナニコレ……?」


 こんなの、初めて見る。

 この世界には『幻獣』と呼ばれる生き物が存在する。

 野生にも生息しているし、中にはお金持ちがペットとして飼うこともあるらしい。

 私は幻獣が好きだ。子供の時から、おじいさまに幻獣の話をしてもらうのが好きだった。

 でも、ライムみたいな鳥(天使?)なんて、私は見たことも聞いたこともない。


「きゅぅ……」


 か細い声が聞こえてきて、私は我に返った。

 《ライムどり(私命名)》に目を向けてみると、翼に赤いものが付着している。

 果汁じゃないとすれば、あれは血だ。

 私は《ライムどり》に手を伸ばす。

 すると、《ライムどり》がこちらを向いた。小さな目をめいいっぱい開いて、小さな口も三角に開いて、


「フーッ!」


 あ、《ライムどり》ちゃん……威嚇とかするのね。

 やっぱり本当に生き物なんだ。

 って、今はそんなこと考えている場合じゃない。


「大丈夫。……大丈夫だからね」


 私は安心させるように笑いかけ、《ライムどり》の頭上に掌をかざす。

 そして、神様への祈りをささげた。


「《ペタルーダ様の祝福を》」


 掌から光が零れて、《ライムどり》の傷を癒していく。

 同時に私の頭に、1つの光景が流れこんできた。


 ◆ ◇ ◆


「この、待ちやがれ!」


 後ろから怒号が聞こえてくる。

 怖くて、振り向くことはできなかった。


 ――逃げて!


 ボクは自分にそう言い聞かせていた。

 あのこわいヒトから、少しでも離れるんだ!

 ずきずき。いたい。飛べない。

 さっき斬られた羽が、うまく動かせない。

 僕は地面に倒れた。

 たすけて。かみさま……。


 ――おと。


 誰かが草むらを踏みしめるおとが、聞こえる。

 ボクは、見た。


「――ライム!!?」


 にんげんだ。銀髪の、女の子だ。

 短くて、裾がふわっとなっている髪が、肩にかかっている。

 髪の片側、一房がくるんくるん。結ばれている。

 女の子は、ボクを見て、青い目を丸くした――。


 ◆ ◇ ◆


 私はハッとして、顔を上げる。

 すると、頭に流れこんできた光景が消え去る。

 視界が元に戻って、目の前に広がるのは森と、《ライムどり》の顔。

 そうか。私は理解した。この子は逃げてきたんだ。

『こわいヒト』って誰のことだろう? 羽の傷もそいつにつけられたのかな?


「怖かったね。もう、大丈夫だよ」


 私は《ライムどり》を抱き上げる。《ライムどり》はすっかり落ち着いた様子で、私を見上げている。

 私の胸元に頬をすりつけてきた。


「きゅう……」


 可愛い。

 私は《ライムどり》をぎゅっと抱きしめた。ほんのりとライムの匂いがした。

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