3 姉妹の邂逅
「お姉さま?」
その声に私は凍りついた。
よく知る人物が立っている。
それは私が会いたくないと思っていた人だった。
「ミレーナ……」
妹のミレーナだ。
彼女は私に声をかけたくせに、私を見ていなかった。クラトスをじっと見つめていた。その視線をなぜだか不快に感じて、遮るように私は立つ。
「こんなところで何をしているの。今日は教会に行く日のはずでしょ」
自分で思っていたよりも、ずっと冷静な声が出た。
「そんなことより、その方は誰?」
「ミレーナ」
「あ、よく見たら、そっちの猫のお面をつけている方も! すごくかっこいいじゃない! 何でお姉さまが、そんな素敵な人たちと一緒にいるの?」
「話をそらさないで。聖女の務めは、大切なことでしょう? 教会が今、どうなっているかわかっているの? 皆、あなたのせいで困っているんだよ」
「そんなの知らないわよ! 私に大量の仕事を押し付けてくる方が悪いんじゃない! ねえ、それより、そっちのあなた!」
ミレーナはクラトスに声をかける。
「お姉さまと一緒にいても、つまらないでしょう? 私と街を歩きましょうよ。この辺り、案内してあげるわ」
クラトスはうんざりとした様子で視線を逸らす。
そして、私に尋ねた。
「エリンの妹?」
「うん……」
「そう。似てないね」
「そうなの! 全然、似てないってよく言われるんですぅ~! お姉さまったら昔から、女の子らしくなかったから! お父さまから贈られたドレスが気に入らないからって、破って捨てたりしてたんですよ! そういうのがいくら自分に似合わないからって……」
嫌な思い出が頭を駆け巡って、私は俯いた。
あの時、お父様もお母様もミレーナのことを信じて、私のことを責めたんだ……。
どうしよう、泣きそうになってる。私……。
その時、
「君、醜いね」
底冷えのするほどの声でクラトスは言った。
冷淡な視線でミレーナを射貫いている。
その態度にミレーナはもちろん、私もびっくりしていた。
え、クラトス……いつもと雰囲気がちがわない?
こんなに冷たい視線、初めて会った頃は私も向けられたことがあるけど。そういえば、あの時だけだった。
あれ以降はこんなに敵意を煮詰めたような視線を、向けられたことはない。
「僕は醜い嘘が嫌いだ。これ以上、口を開かないで。不快だ」
「え? わ、私……嘘をついたりしてないですよ……?」
「エリンは人から贈られた物を捨てたりしない」
心がきゅっと切なくなって、私は胸元で拳を握る。
ああ、また泣きそうになっている……。でも、それは苦しい感情ではなくて、嬉しかったからだ。
ミレーナは屈辱で顔を赤く染めた。
助けを求めるように視線を漂わせる。ディルベルと目が合うと、おもねるように笑った。
「……あ、そっちのあなた……」
「あんた、聖女様なんだろ?」
「へ?」
ディルベルはにっと笑うと、声を張り上げた。
「おーい、聖女様がここにいたぞー!」
「え? 聖女様? どこ?」
「教会でずっと並んでいたけど、今日は無理だと思って諦めたんだ。だけど、聖女様がいるなら助かった! 祝福をください!」
あっという間に人が集まってくる。
ミレーナが顔を蒼白にして、後ずさった。
「やめて! 来ないで! 私は……そう、お仕事はもう終わったのよ! 勤務時間外なんだから、寄って来ないでよ!」
「お願いです! 前の聖女様は頼んだら、すぐに祝福をくれましたよ」
「ああ……。やっぱり前の聖女様の方がよかったよなあ。彼女は偽物だったって教会は言ってるけど、本当なのか?」
「こら、教会を疑うようなことは言うもんじゃない。異教徒だと思われたら、ペタルーダ様の祝福をもらえなくなるぞ」
「でもねえ。やっぱり前の聖女様の方が」
皆が口々にそんなことを言い出す。
すると、ミレーナはプライドが傷つけられたように、こめかみをぴくぴくと震わせる。
そして、駄々をこねる口調で喚いた。
「何よ! どうして、皆、そうやって、私とお姉さまを比べるの!? そんなにお姉さまの方がいいなら、お姉さまに祈ってもらえばいいじゃない! そこにいるわよ!」
あろうことか、私のことを指さしてきた。
皆の視線がこちらに集まる。
「まさか、エリン様なの!?」
しまった! まだ正体はバレたくなかったのに。
クラトスが私を庇うように前に立つ。そして、魔法を放った。
辺りに霧が立ちこめる。視界が閉ざされて、混乱の声が上がった。
クラトスが私の手を握って、走り出す。私は慌ててそれに続いた。
裏路地に逃げこんでから、クラトスはディルベルを睨みつける。
「余計な騒ぎを起こすな」
「悪ぃ……! まさかこんなことになるとは」
後ろからはまだ、私を探している声が聞こえる。
「本当にエリン様が戻って来たのか?」
「やめろよ。彼女は偽物だって教会が……教会の言うことには逆らうな」
「偽物だって構うもんか! 病気を治してもらえるなら、何だって構わない!」
どうしよう……。見つかったら面倒なことになりそうだ。
私たちが逃げ道を探していると、近くの家の扉が開いた。
「こっちだ。早く中へ!」
え? フードをかぶっていて、顔が見えない。
何だか怪しい感じだけど……。
「あっちの方から声がしたぞ!」
背後から声が迫っている。
迷っている暇はない! 私たちはその家の中に駆けこんだ。
そこは空き家のようだった。中は古ぼけて、がらんどうとしている。
フードの人が扉を閉める。外を人が駆けていく音が聞こえて、それは通り過ぎていった。
ふう。とりあえず、助かったのかなあ?
私は謎の人物に頭を下げる。
「ありがとうございます。おかげで助かりました。あの、ところであなたは……?」
「私だ」
その人はフードをとって答える。
私は驚愕した。
「レオルド様!」
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