3 対立

 階段を降りて、通路を歩いて、私たちは進んだ。

 見張りのハンターは、クラトスが片っ端から無力化していく。

 道は彼らの記憶が教えてくれた。

 その記憶を覗いたことで、私は知った。マーゴたちは今、牢の中にいる。皆、つらそうな表情を浮かべていた。

 その姿に私の胸は、ぎゅっと苦しくなる。


 ……早く助けてあげないと。


「クラトス。マーゴたちがいるの、あの扉の向こうだよ」


 私は通路の奥を指さした。

 扉を開けると、広い空間に出た。

 今まで通ってきた通路とは、構造が異なっている。

 天井は高くて、広大な部屋だ。左右にそれぞれ扉があるのと、その上に覗き穴のような物が作られていた。

 ここ、何の部屋?


「闘技場だ。ずいぶんと古いもののようだけど」


 監獄みたいな場所だと思っていたけど。もしかして、囚人同士を戦わせるような施設だったのかな。

 私がそう考えていた時、


「はっ……。ずいぶんと早いじゃねえか。どうして、ここがわかったんだ?」


 響いた声に、私たちは身を固くした。

 上の穴から、1匹の竜が入ってくる。

 骨で作られた竜――【カロドラコ】。

 彼は部屋の中央に降り立つと同時に、人へと姿を変えた。

 クラトスが感情のこもらない目で彼を見据える。


「転移装置の魔力を辿れば、どこに転移したのかわかるってこと……君、知らなかったみたいだね」

「あー……嫌になるぜ。本当にな。クラトス、お前はすげー奴だよ」


 ディルベルは皮肉げに笑う。

 その瞳から、すっと感情の色が消滅した。途端に酷薄な目付きに変わって、私たちを見据える。


「すげーシャクに触る奴だ」


 底冷えのするほどの声で、彼は吐き捨てた。


「ディルベル! マーゴたちはどこ? あの子たちが売られたら、どんな目に遭うかわかってるの?」

「知るかよ。あいつらがどんな目に遭おうとな」


 ディルベルは床を蹴り上げて、宙へと浮かぶ。彼の足元から闇が生まれて、包みこむように漂った。


「ここは通さねえぜ」


 クラトスが険しい顔で、ディルベルの対面に浮遊した。


「待って、クラトス! ディルベルと戦う気?」

「マーゴたちを助けるには、それしかない」

「でも……!」


 私は2人の姿を見比べる。


「ディルベル、何か事情があるんだよね? それを話してくれないかな……?」

「はっ……。まだ、わかってねえのかよ」


 ディルベルは薄ら笑いを浮かべた。


「あの場所で、てめーらと馴れ合うの……本当は反吐が出そうだったぜ。お前らが知っている俺は、本当の俺じゃねえ。てめーらの信用を得るために振舞っていた、俺だ」


 彼は私とクラトスの顔を見る。そして、見下すような目付きになった。


「俺は最初から、ハンターの一味だったんだよ。騙された気分はどうだ? なぁ? 王子に無様に捨てられたエセ聖女と、幻獣を助けて悦に浸る偽善者の魔法士」


 クラトスは目を細めて、感情の色を消し去った。

 互いに冷酷な視線を交え合う。

 次の瞬間、2人は弾かれたように動いた。

 って、ちょっとちょっと! もう戦いが始まってるの!?

 もっとちゃんと話し合おうよ!?


 空を飛べない私は、ハラハラしながら魔法の応酬を見上げるしかない。

 ディルベルの属性は闇だ。彼の周囲に闇が集まって、形を作っていく。それが死霊の群れとなって、クラトスへとなだれこんだ。

 対するクラトスは、氷。

 彼が手を前に出すと、氷の槍が無数に放たれる。それが死霊の体を串刺しにした。ディルベルが更に魔法を使う。巨大なドクロが氷を噛み砕いた! 氷が割れて、きらめく破片となって降り落ちる。

 そのきらめきの中を飛び回り、更に魔法をぶつけ合う2人。


 えー……すごい。

 目の前で起こっていることがすごすぎて、現実感がなくなってきた。

 って、呆けている場合じゃないよね! こんなこと、やめさせないと……!

 でも、どうやって?

 私が迷っていると、頭上から2人の声が降ってくる。


「てめえは偽善者だよ、クラトス! どんな理由があるのか知らねえが、幻獣を助けるだと? そんなのは、ただの思い上がりじゃねえか! じゃあ何で、ハンターたちはいなくならねえ? 奴らに捕まる幻獣がいる?」


 クラトスは無言で、魔法を放つ。

 今度は火だ。

 ディルベルの闇を、赤々とした炎が薙ぎ払った。


「助けられねえ幻獣は平気で見捨てておいて、自分の手の届く範囲にいる奴だけを助けて、満足してやがる! 俺はな、てめえのそんな姿を見る度に、胸糞悪くて仕方なかったぜ」


 彼の声は憎悪に満ちている。

 でも、何だろう。まるで、これじゃあ……。

 クラトスは冷徹な態度で、魔法を放った。

 炎と闇が空中で衝突して、弾かれ、辺りに飛び散っていく。


「施設にあるクリスタルは、すべての幻獣の声を拾えるわけじゃない。……僕の手が届かない幻獣がいるのも確かだ」

「それを知っていながら、てめえは……!」


 嫌悪で煮詰まった声。

 相手を糾弾する苛烈さ。

 その裏に見えるのは……。


(そんなの……本当は、助けてほしかった、って言ってるみたいじゃない……)


 私の胸は、きゅっと苦しくなった。

 やっぱり、こんなのやめさせないとダメだよ……。

 そう思った直後。

 空中での応酬は、新たな展開を迎えていた。


 クラトスが一か所に留まったまま、魔法の詠唱を始める。あ、何かすごい魔法を使おうとしている。

 ちょこっとだけ魔法を習ったから、私にもわかる。

 火を出したり、光を灯したり。“何か”を生成するだけなら、詠唱はいらない。頭でイメージして、魔力を解放するだけで、それは現実世界に顕現する。

 だけど、それより複雑な魔法――“何か”を組み上げて『構築する』には、詠唱が必要となる。

 エヴァ博士の魔法書によると、それにも様々な制約や魔法理論があるらしいんだけど。難解すぎて、私には理解できなかった。


 とはいえ、理論はちんぷんかんぷんの私でも、1つだけわかることがある。

 魔法の詠唱中は、無防備になるってことだ。


「はっ、大技でも撃つつもりか!? だが、隙だらけだぜ!」


 それをディルベルが見逃すはずもなく。

 彼は闇の波動を放った。それがクラトスの体を呑みこもうとする。

 ――その寸前で!

 闇が跡形もなく消滅した。

 これって、私が唯一使える、対抗魔法じゃない? 相手の魔法を消し去るってやつだ。

 でも、クラトスが今、詠唱している魔法とは別なんだよね? ということは……。


「二重詠唱だと!?」


 ディルベルが驚愕に目を見開く。

 その瞬間、詠唱は完了――魔法は発動した。

 ディルベルの周囲で、光が弾けた。それが彼の周りに集約する。

 ばちん……!

 光の輪がディルベルを捕らえ、彼は落下した。

 あ、人化も解けている。

 ディルベルは骨竜の姿になって、床の上でもがく。しかし、光の拘束を外すことはできない。

 クラトスが彼の眼前に着地する。そして、冷静な声で言った。


「君の言うことも理解できる。……不平等な助けにどれだけの意味があるのか……。それでも僕は、今後も幻獣を助けるよ」

「くそっ……てめえ!」


 ディルベルは吠えているけど、動くことができないみたいだ。

 終わったのかな?

 よかった。

 やっぱりクラトスには、ディルベルを傷付けるつもりなんてなかったんだね。

 とにかく、これで皆を助けに行ける。ディルベルの事情も、後でゆっくりと聞けたらいいな。

 ――その時。


「【竜系統】は7つある幻獣の系統の中でも、最強と言われている。期待していたのに、まさか人間の魔法士に破れるとは。この試合は大穴的中で、さぞ観客たちが荒れただろうな」


 誰かの声が響いた。

 扉が開いて、眼帯をつけた男が立っている。彼は楽しそうにこちらを眺めていた。

 この人……! 顔を知っている。

 スゥちゃんの記憶にも、ハンターたちの記憶にも登場していた。偉そうな様子でハンターたちを指揮していたから、彼らのボスにちがいない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る