4 裏切りの真相

 男は離れたところから、ディルベルに掌を向ける。

 すると、


「ぐっ……ぐうう……!」


 ディルベルが途端に苦しみ出した。

 同時に、彼の首元に何かの刻印が浮かび上がる。

 あれは、魔法陣……?

 これもエヴァ博士の魔法書に書いてあった。基本は床や物に刻んで、魔法を発動させる方式ということだったけど……。

 どうして、ディルベルの体にこんなものが?

 その疑問に、隻眼の男が答えた。


「【隷属の魔法陣】さ。あの首輪の上位版ってとこだな。利点は首輪とちがって、付けられていることが見た目でわからなくなること。難点は、これを幻獣に刻むことが困難なことだ。竜が相手では、特にな。だが、この愚かな竜は、自ら望んでこの魔法陣を刻ませてくれた。なぜだか、わかるか? 俺たちに捕まった仲間の竜を、代わりに逃がしてやる。そういう交換条件だったのさ」


 薄ら笑いと共に告げられた真相に、私は息を呑む。


「竜といえど、幻獣は馬鹿で扱いやすくて助かる。……俺たちがわざわざ捕まえた獲物を、逃がすはずなどないのに」

「何だと!? だが、俺は確かに見たぜ。あいつが外へ逃げたのを……」

「言ったはずだ。【隷属の魔法陣】は、見た目で付いているとわからないことが利点であると。あの竜にも同じものを刻んだ。もちろん、お前さんと同じ交換条件を突き付けてな」

「てめえ……! それじゃあ、ミュリエルは!? あいつは今、どこにいる!?」

「とっくに売り飛ばしてやったに決まったんだろう? さすがは竜だ。高く売れたよ」


 ディルベルが目を見開く。

 憤怒の感情をありったけこめて、男に吠えた。


「ふざけんなよ……人間……。殺す……殺してやる……ッ!」


 クラトスが冷徹な視線で男を捉え、魔法を放った。

 火炎球だ。

 しかし、男は余裕じみた笑みを崩さない。

 次の瞬間、火炎はディルベルに命中していた。


「ぐっ……ああ……ッ!」


 ディルベルが飛び上がり、男を庇ったのだ。


「はは、この竜の主人は俺だぞ。主人のことは命がけで守らねばなァ?」


 魔法の直撃を受けて、ディルベルが倒れこむ。それを楽しげに男は見下ろしていた。


「ディルベル……さっきの戦いでは、手を抜いていたな? だが、次は許さんぞ。思考が邪魔になるのなら、考えることをやめろ。本来の姿に戻れ。『命令』だ――あいつらを、殺せ」


 彼が隻眼を怪しく光らせる。

 その途端、


「ぐ……あ……あああ……ッ」


 ディルベルが苦しみ始めた。

 全身から闇があふれ、光の輪が弾け飛ぶ。


「ディルベル……?」


 闇が彼の体をまとって、その輪郭をにじませた。

 どくん――鼓動を打つように、ディルベルの全身が震える。

 次の瞬間、彼の体は巨大化していた。

 骨と闇で作られた竜。

 前足が振り下ろされて、辺りが震撼する。しゅううう……と煙が上がるように、体からは闇が立ち上る。

 瞳のように光っていた赤い光からは、理性が消えて、狂気をまとわせていた。

 クラトスが険しい顔で呟く。


「【カロドラコ】本来の姿だ」

「さあ、次の試合のオッズもまた大荒れだろうな……せいぜい楽しませてくれよ」


 男は楽しそうに笑いながら、闘技場を後にする。

 私はディルベルの姿に怖くなった。こんなのは、いつものディルベルじゃない。どうしたら元に戻ってくれるの……?

 ディルベルが天井に向かって、咆哮を上げた。

 次の瞬間、闇の波動が放たれる。

 クラトスが手を前に。防御膜でその闇を阻んだ。


「クラトス……!」

「下がって。エリン」


 クラトスは先ほどよりも緊張をまとわせた態度で、私を庇うように立つ。


「あの魔法陣、どうやったら外してあげられるの?」

「方法がない。マーゴたちを助けることを優先するなら、ここで彼を……」


 そんな……。それって、ディルベルを倒すってこと?

 そんなのってないよ……。

 だって、ディルベルは自分の意志で私たちを裏切ったわけじゃない。魔法陣の効果によって、あの男に逆らえなくなっていただけだ。それも、ディルベルは仲間の竜を助けるために、魔法陣を体に刻ませたのだ。

 彼は何も悪いことはしていない。

 どうして、ディルベルがこんな目にあわなくちゃいけないの?

 クラトスが覚悟を決めた様子で、浮かび上がる。


「待って、クラトス! ダメだよ!」


 私の制止も聞かずに、飛んで行ってしまった。

 先ほどよりも激しい魔法の応酬が始まる。

 2人ともさっきは手を抜いていたのだろうということがわかる。

 今の攻撃は本気だ。

 本気で、互いを傷つけようとしている。

 ディルベルは男の命令に従い、理性をなくしているから。

 そして、クラトスは――マーゴたちを助けるために、仕方なく。


(本当は2人とも戦いたくないはずなのに、どうしてこんなことになっちゃうの?)


 その戦いを見上げながら、私は指を組んで、祈りの姿勢をとっていた。


(お願いです。……助けてください……ペタルーダ様…………)


 その時だった。

 私の祈りに応じるように、祝福の光が宿った。

 ――ディルベルの体に。

 それと同時に、1つの光景が頭で弾ける。

 ディルベルが竜の姿で飛んでいる。彼の傍らには他の竜もいる。彼らは自由を体現するような、のびのびとした飛行で、大空を駆けていた。

 すぐに光景は途切れてしまった。ディルベルが私から離れて、祝福が届かなくなってしまったからだ。


 今のはディルベルの記憶だ。

 これが見えたということは……。


(もしかして、私の祈りが通用するの?)

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